『ローズマリーの赤ちゃん』

この週末は、ブルーレイで『ローズマリーの赤ちゃん』を見た。

ローズマリーの赤ちゃん リストア版 [Blu-ray]

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本作を見るのは2回目。
1968年のアメリカ映画。
ホラー映画史上に残る傑作である。
監督はロマン・ポランスキー
彼の代表作の一つだろう。
主演はミア・ファロー
可愛らしいが、華奢で、今にも折れそうで、少し頭が弱い女性を好演している。
彼女の夫役を演じるのはジョン・カサヴェテス
彼は、役者であると共に、高名な映画監督でもある。
僕が学生時代、池袋かどこかの名画座で「カサヴェテス・コレクション」という特集上映があった。
当時、少しだけ顔を出していた大学の映画研究会の先輩に「カサヴェテスって有名なんですか?」と聞いたら、「有名だよ」と即答された。
当時の僕は今一つ食指が動かず、結局劇場には行かなかったが、今にして思えば、1本くらい観ておけば良かったと思う。
さて、オープニングの哀愁漂う音楽から本作は始まる。
若きウッドハウス夫妻が、ニューヨークの古いアパートに引っ越して来た。
これがまた趣のある洋館だ。
二人の初老の友人ハッチによると、この洋館は以前から不吉な噂が絶えないという。
だが、二人は浮き浮きと部屋の模様替えにいそしむ。
ローズマリーミア・ファロー)の夫ガイ(ジョン・カサヴェテス)は役者だが、未だこれといった役に恵まれない。
隣の老夫婦カスタベット夫妻は、老人にありがちな、ちょっとうざった過ぎるほどのおせっかい焼きである。
特に、妻ミニー(ルース・ゴードン)は、田中真紀子のような外見に、派手な化粧で、いつも頭にはカールを巻き、大きな声でがなり立てる。
ルース・ゴードンは、この強烈なキャラクターを演じて、アカデミー賞助演女優賞を獲得した。
ローズマリーは、こういうタイプは苦手なようで、ちょっとノイローゼ気味だ。
ある日、彼女は地下の洗濯場で、この老夫婦の養女と知り合う。
彼女は、首から異様な匂いを発するタニス草のペンダントを下げている。
せっかく仲良くなったのに、彼女はある夜、アパートから飛び降りて謎の自殺をはかる。
ここから、ローズマリーは不可解な出来事に巻き込まれて行く。
翌日、カスタベット夫妻はローズマリーたちを食事に招く。
ガイは、夫のローマン・カスタベットと演劇論で盛り上がり、意気投合。
ミニーはローズマリーに、例のタニス草の入ったペンダントをプレゼントする。
この頃から、ガイの仕事にも変化が起こる。
彼のライバルだった役者が、突然目が見えなくなって降板し、主役の座がガイに回って来る。
さらに、ガイはなぜか急に赤ちゃんを作ろうと言い出す。
その夜、ミニーがデザートを持って来る。
ローズマリーはまずくて食べられなかったが、ガイが無理矢理食べさせる。
すると、彼女は意識を失って倒れてしまう。
ここまで、若い女性の自殺を除いて、ちょっと変だが、誰の身にも起こるような日常が淡々と描かれる。
これが、この物語に強いリアリティーを生んでいる。
ホラー映画にありがちなハッタリもこけおどしも一切ない。
この夜、ローズマリーは悪夢を見る。
悪魔に犯される夢だ。
ここでも、敢えて悪魔の姿ははっきりと写さない。
当時の技術ではうまく描けなかったのかも知れないが、かえって深い怖さがにじみ出て来る。
昨今のCG乱用映画は、このポランスキーの演出をぜひ見習って欲しい。
目が覚めると、ローズマリーの体中に引っかき傷が出来ている。
ガイは、彼女が寝ている間に引っかいたのだと言う。
そして、ローズマリーは妊娠した。
それから、カスタベット夫妻のおせっかいはますますエスカレートする。
これまでローズマリーが通っていた産婦人科医を急に変えるように迫る。
その医者は、育児書を読んだり、他の出産経験者の話を聞くことを一切禁じる。
ミニーは毎日謎の栄養ドリンクを持って来る。
不味くて飲めない。
それから日が経つにつれ、ローズマリーの体調はどんどん悪化して行った。
とても妊婦とは思えないほどやせ細り、目の下にはクマが出来、脂汗が吹き出る。
腹にはずっと鋭い痛みがあるが、医者は「すぐ直るから心配要らない」としか言わない。
ハッチが訪ねて来て、彼女のことを心配する。
少し頭が弱く、人のいいローズマリーも、さすがに不安になって来た。
ハッチはローズマリーに、「大事な話があるので、会って話したい」と電話をしてくる。
だが、約束の日、彼は急病で倒れて来られなくなり、数ヵ月後、帰らぬ人になってしまう。
亡くなったハッチの形見として、ローズマリーに1冊の本が手渡される。
それは、悪魔について書かれた本だった。
その本を読んで、ローズマリーは確信する。
カスタベット夫妻は悪魔の一味だ。
ガイは、彼女の読みふけっていた本を取り上げ、燃やしてしまう。
何と、夫も仲間になってしまったのか。
彼女の恐怖心は募る一方だが、周囲は誰もまともに取り合ってくれない。
そりゃそうだろう。
錯乱状態で悪魔の話を延々とする妊婦がいたら、誰だって頭がおかしくなったと思うもの。
本作が素晴らしいのは、『エクソシスト』『オーメン』『シャイニング』など、他のホラー映画の傑作と同様、見事な心理ドラマになっているところだ。
つまり、悪魔が実際に存在しているかどうかは問題ではない。
主人公がそう思い込むことによって、周りの何もかもが疑わしく見え始め、それが恐怖を生むのである。
もしかしたら、悪魔でも何でもなくて、全て単なる偶然が重なっただけかも知れない。
妊娠の不安から来る妄想かも知れない。
ローズマリーが生肉を頬張るシーンなんかコワイけどね。
僕は完全な無神論者なので、神も悪魔も信じないが、そんな僕でも、本作は1本の映画として楽しむことが出来る。
結末がどうなるかはネタバレになるので書かないが、その結末でさえ、見る者に解釈の余地を残していると思う。
B級C級Z級作品が目白押しのホラー映画の中で、一般映画と同格に扱われて映画史上に残っているのは、本作も含め、わずか数本しかない。