『アラビアのロレンス』

この週末は、ブルーレイで『アラビアのロレンス』を見た。

1962年のイギリス映画。
監督はデヴィッド・リーン
彼にとっては、『戦場にかける橋』と並んでアカデミー監督賞を受賞した大作である。
主演は、つい先日亡くなったピーター・オトゥール
本作で主役に抜擢されて、大スターとなる。
共演はアレック・ギネス
『戦場にかける橋』に続いてのデヴィッド・リーン作品出演である(彼はデヴィッド・リーン作品の常連だ)。
それにしても、『マダムと泥棒』とか、『ローマ帝国の滅亡』とか、作品毎に全く違った役柄を演じ分けるのは素晴らしい。
本作では、イギリス人なのにアラブの王子を演じている。
更に、アンソニー・クイン
彼は何と言っても、フェリーニの『道』でのザンパノが印象的であった。
本作でも、粗野なアラブの族長を演じている(彼はメキシコ人だ)。
それから、オマー・シャリフ
彼はアラブ人である。
言うまでもなく、本作が大出世作
後に、同じデヴィッド・リーン監督の『ドクトル・ジバゴ』では主役を演じている。
他に、ジャック・ホーキンス。
『戦場にかける橋』や『ベン・ハー』にも重要な役どころで出ていた。
ハゲていたので、気付かなかった。
アンソニー・クエイルは、ローレンス・オリヴィエの『ハムレット』にマーセラス役で出ていたようだ。
音楽はモーリス・ジャール
彼もデヴィッド・リーン作品の常連である。
それ以外にも、『史上最大の作戦』『グラン・プリ』『ブリキの太鼓』などが有名。
さて、僕が中学の時の英語担当のA先生は映画が大好きで、「『アラビアのロレンス』を見なさい」が口癖であった。
本作は、今更言うまでもないが、映画史に残る大作である。
スピルバーグは本作を自身のベスト・ワンに挙げていて、「今撮ったら、300億円は掛かるだろう」と言ったらしい。
そんなCGまみれの『アラビアのロレンス』なんか、誰も見たくないだろうが。
スペクタクル映画が大好きだった僕の母は、『ベン・ハー』を常に絶賛していたが、本作について言及しているのを聞いた記憶はない。
それでも、先のA先生の言葉がずっと僕の脳裏にあって、学生の頃、四畳半風呂なし・トイレ共同のアパートに住んでいる身分でレーザーディスク・プレーヤーなんぞを買った時、他の何本かの有名な大作映画(『ベン・ハー』『スパルタカス』『2001年宇宙の旅』『ゴッドファーザー』等)と一緒に本作のソフトを買った。
しかしながら、貧乏学生の悲しさで、給料日前にはカネがなくなり、未だ見ていないのに中古屋に売りに行く羽目に。
と言う訳で、ちゃんと見たのは社会人になってからである。
ただ、その時は、本作の良さがよく分からなかった。
今回、改めてブルーレイで見返してみて、その素晴らしい画質と共に、何故この作品がこんなに評価されているのかが分かった気がする。
大体、70ミリで撮られた超大作を、ブラウン管なんかで見てはいけない。
本当は映画館で観るべきなのだろうが。
DVDの粗い画質と小さなブラウン管では、本作の有名な、地平線の果てから一頭のラクダが現れて少しずつ近付いて来るシーンや、砂漠の砂の質感なんかは到底再現出来ないだろう。
いつも思うことだが、技術の進歩が早過ぎて、VHS→レーザー・ディスク→DVD→ブルーレイとハードが切り替わる度に、せっかく集めたソフトが無駄になる。
ブルーレイだって、早くも「4Kマスター版」なんてのが出ている。
だが、これは映画ファンの宿命であろう。
もしも本作のDVDを既に持っていて、ブルーレイを買うべきか迷っている人がいたら、「是非買うべきだ」と言いたい。
幸いにして、ブルーレイのソフトも廉価になった。
最初は序曲。
この時代の大作映画は、序曲→前半→休憩→後半→終曲という構成になっていることが多い。
テーマ曲は有名である。
本編は、バイクに乗るロレンス(ピーター・オトゥール)から始まる。
猛スピードで飛ばし、事故を起こして、死ぬ。
ロレンスの葬式。
参列者の彼に対す評価は様々である。
そこから、生前のロレンスへと回想。
ここまで、とんとんと進む。
舞台は1916年のイギリス陸軍。
本作では、詳しい時代背景等はほとんど説明されない。
世界史の偏差値が29だった僕には厳しいが、見ていれば大体分かるようにはなっている。
ロレンスは陸軍少尉だが、学者風情の変人で、軍人とはソリが合わない。
彼はアラビアに派遣されることになった。
砂漠の地平線からの日の出が美しい。
広大な自然の撮影は大変だったことだろう。
案内役のベドウィン族との交流。
ロレンスは、ラクダに乗るのが慣れなくて難しい。
だが、彼は相手の心をうまくつかむ。
これが、後々の伏線にもなっている。
砂漠は地の果てまで真っ白である。
二人は井戸で水を飲む。
地平線の向こうから、かすかな砂煙。
点のようなものが少しずつこちらへ近付いて来て、ラクダに乗った人だと分かる。
長いカットだが、砂漠の広大さを表現する見事なシーンである。
これなどは、DVDでは判別し辛いだろう。
案内役のベドウィンは、この近付いて来た男に突然、殺される。
この男は井戸の持ち主であった。
砂漠では、他人の井戸を使うと殺される。
井戸の持ち主は、アリ(オマー・シャリフ)というアラブの族長であった。
彼が、ロレンスを目的のアラブ人基地まで案内する。
現地に到着してみると、貧しい難民キャンプのような基地は、トルコ軍の空襲を受けていた。
ロレンスは、彼らを率いるファイサル王子(アレック・ギネス)に引き合わされる。
アレック・ギネスはイギリス人なのに、肌を黒っぽく塗って、見事にアラブ人に化けている。
ここから、砂漠の中の民族大移動が始まる。
砂の一粒一粒の質感まで再現されている。
これは、高画質のブルーレイならではであろう。
王子はロレンスの意見を聞く。
ロレンスは戦略を立てる。
50人のアラブの勇者を引き連れて、トルコが占拠している港湾都市アカバを奪おうというのだ。
無謀な作戦だが、ロレンスは押し切る。
広大な砂漠の行軍。
ラクダもアリンコのように見える。
砂漠の砂嵐が大きくなって、竜巻になる。
こんな自然現象を、よくぞ捉えたものだ。
途中で仲間の一人がラクダから落ちて、行方不明になった。
砂漠では、これは「死」を意味する。
ロレンスは、アリが止めるのも聞かず、助けに戻る。
困難の末、ロレンスは彼を救出して帰って来る。
ここは盛り上げどころだ。
音楽も大きくなる。
ロレンスはヒーローだ。
彼は、アラブの仲間達に認められ、衣装をもらう。
今度は、別のアラブ族と遭遇する。
またも水を巡って対立。
砂漠では、如何に水が大切かが分かる。
相手の族長はアウダ(アンソニー・クイン)。
ようやく対立が解け、ロレンスは大勢の部下と共に彼を味方に付ける。
当時のアラブは、部族同士の対立が絶えなかった。
どうでもいいが、何故アラブ人がみんな英語を話すのだろう。
二つの部族の間で、人殺しが起きる。
犯人は、ロレンスが命懸けで助けた男だった。
このままでは、作戦を遂行出来ない。
ロレンスは、泣く泣く彼を処刑する。
馬とラクダが騎馬民族のように走り、アカバに到着する。
アラブの荒くれ男達は大暴れして、町を占領する。
けれども、アウダが望んだ金貨はない。
ロレンスは、シナイ半島(『十戒』に出て来る)を渡ってカイロのイギリス軍の元へ行き、応援を頼むという。
わずか二人の召使いだけを連れた無茶な旅。
猛烈な砂嵐が彼らを襲う。
これもスゴイ映像だ。
ロレンスは、大事なコンパスを落としてしまう。
更に、召使いの一人が砂地獄にはまり、犠牲になってしまった。
おまけに、ラクダが逃げる。
大変な困難を乗り切り、ついに運河に到達する。
こうして、二人はカイロに辿り着いた。
ここまで約2時間。
延々と砂漠の映像を見せられるのだが、本物の迫力で、飽きない。
ロレンスと召使いの少年は、アラブの衣装を着たまま、イギリス軍の将校専用バーへ行く。
周囲は好奇の目で見る。
制止されても、構わないロレンス。
大変な困難を乗り越えてここまで来たという思いが滲む。
そして、おもむろに席に着き、レモネードを二つ注文する。
これは名場面だ。
我が家では、このシーンに影響されて、最近、粉末のレモネードを買った。
ロレンスの留守中に、司令官が交代していた。
新司令官(ジャック・ホーキンス)は、理解のある人で、ロレンスの要求を全て聞き入れるという。
でも、これが実はとんだ一杯食わせ者だった…。
というところで、intermission。
後半。
アメリカの新聞記者がファイサル王子に会いに来る。
アラブのトルコに対する民族運動が盛り上がっている。
ロレンスは、彼らを率いて、オスマン・トルコの鉄道を爆破する作戦を展開している。
線路に爆弾を仕掛け、遠方で待ち伏せし、脱線した列車をみんなで襲撃し、金品を略奪する。
ここは、かなりのスペクタクル・シーンだ。
この戦いの最中、ロレンスは右肩を弾がかすめて、軽傷を負う。
今やロレンスは、アラブの英雄になっていた。
彼は次第に尊大になり、自分はエライとカン違いするようになる。
今度は、たくさんの馬を乗せた貨物列車を爆破し、馬を奪う。
砂漠の中を走って行く馬達は、黒沢映画のようだ。
言うことを聞かない動物を使った撮影は、大変だったに違いない。
3度目の鉄道爆破作戦の際、ずっとロレンスを慕っていた召使いの少年が、信管の爆発で重傷を負う。
アラブ人は、敵の手に渡ると、人道的な扱いをされず、ヒドイ目に遭う。
だから、敵に渡る前に、味方の手で殺すしかないのである。
ロレンスは泣く泣く彼を殺害する。
ロレンスは、アラブ人になりたがっていた。
世の中には時々、異国に身を捧げる人もいる。
今の日本で思い浮かぶのは、例えば、ドナルド・キーン氏かな。
ただし、ロレンスは、自分のことを預言者だと思うようになっていた。
かなりのカン違いぶりである。
それを見透かして、だんだん人心も離れて来る。
ある時、ついにロレンスは敵に捕まってしまった。
ムチ打ちの刑を受け、ホモっぽい司令官がニヤニヤ笑っている。
それでも、何とか自分の正体については口を割らずに済んだ。
ロレンスは、夜中に外へ放り出される。
砂漠なのに雪が舞う、冬の寒さ。
ロレンスは、己の弱さを思い知る。
前半のロレンスは意気揚々としているが、後半は、傲慢になったり、落ち込んだり、迷ったり、人間としてのロレンスの心の揺れ、弱さを描いている。
僕が以前見た時、イマイチ感情移入出来なかったのは、このロレンスの弱い人間性故であった。
改めて見ると、英雄のように見える彼も、一人の小さい人間に過ぎなかったということで、親近感が湧いて来る。
ロレンスは、アラブ人達を放り出して、イギリス軍の元へ戻る。
アラブの衣装を脱ぎ棄て、英軍の制服を着て。
作戦に失敗したから、ノコノコと戻って来たのである。
しかし、そこにファイサル王子がいる。
涙を流すロレンス。
サイクス・ピコ条約(懐かしい歴史用語だ)により、トルコとアラブは英仏に分割統治されることになった。
ロレンスは辞表を出すが、受理されず、ダマスカス攻撃を命じられる。
アラブ人の元に戻ったロレンスは、またもカン違い野郎に戻っていた。
アラブ人達には大歓迎を受ける。
ロレンスは出自の怪しい人殺しなどの罪人を雇っていた。
最早、旧知のアリの忠告すら聞き入れない。
途中、トルコの敗残兵の軍団と遭遇する。
ここは余計な揉め事を起こさず、無視してダマスカスを目指すべきだった。
だが、ロレンスの判断は狂ってしまう。
凄惨な虐殺が行われる。
ロレンスをずっと見て来たアメリカの新聞記者は、彼のことを「汚れた英雄」と呼んだ。
これだけ多くの犠牲を払ったにも関わらず、ロレンスは自分が如何に無力であるかを、最後に思い知らされるのである。
今では決して撮ることの出来ない数々の名シーンと、人間ロレンスを描いたドラマの見事な融合。
何度も見返すべき作品だろう。
アカデミー賞作品賞、監督賞、撮影賞、編集賞美術賞、作曲賞、録音賞受賞。
1963年の洋画興行収入2位(1位は『史上最大の作戦』)。