『恐怖と欲望』

この週末は、ブルーレイで『恐怖と欲望』を見た。

恐怖と欲望 Blu-ray

恐怖と欲望 Blu-ray

1953年のアメリカ映画。
監督は、『スパルタカス』『ロリータ』『博士の異常な愛情』『2001年宇宙の旅』『時計じかけのオレンジ』『バリー・リンドン』『シャイニング』『フルメタル・ジャケット』のスタンリー・キューブリック
彼の監督第1作である。
僕は、これでキューブリックの作品は全て見たことになる。
本作は、親戚から製作資金を借り、スタッフもキャストもほとんど素人だけで作った「インディーズ映画」である。
批評家からはそれなりに評価されたらしいが、キューブリックが「アマチュアの仕事」として、公開を禁じた。
そのため、存命中は見ることが出来ない「幻の作品」であった。
僕も、タイトルだけは小学校5年生の頃から知っていたが、まさか本作を見ることが出来る日が訪れようとは、思いも寄らなかった。
それにしても、本人が生前に公開を禁止していたものを、亡くなったからって公開してもいいのかね。
まあ、お陰で、僕もキューブリックの幻のデビュー作を見ることが出来た訳だが。
モノクロ、スタンダード。
画質は良い。
不安気なテーマ音楽から始まる。
舞台は森の中。
架空の戦場である。
軍用機が敵の攻撃を受け、敵地の森に墜落し、助かった4人の兵士の物語。
戦争映画であるが、何と言っても低予算なので、実際の戦場の描写などは出来ない。
そのため、遠くで砲撃の音が聞こえるだけで、戦場ということを表現している。
舞台の引き写しのような、観念的な映画である。
まあ、その点は予想通りだ。
上官のコービー中尉は、10キロ先まで、夜間に筏で川を下って脱出しようと言う。
顔のアップが多い。
編集のテンポが、『戦艦ポチョムキン』の如く、教科書のようなモンタージュである。
キューブリックは、エイゼンシュテインを尊敬していた。
当時、キューブリックはニューヨークのフィルム・センターに通い、エイゼンシュテインチャップリンオーソン・ウェルズ等の作品を研究していたのである。
各人の心の声が、本人のナレーションで表現される。
後のキューブリックの作品は、どちらかと言えば寡黙なものが多いので、この手法は本作だけだ。
本作にはワンコが登場する。
パットン将軍のように、本作の(敵の)将軍も犬を飼っている。
このワンコが、実に演技派であった。
どうやって撮影したのだろうか。
川へ到着して、筏を作る。
ベテランのマック軍曹(フランク・シルヴェラ)は、双眼鏡で川の反対側に敵のアジトを見付ける。
そこには、敵の将軍がいた。
奇襲を提案するも、却下される。
途中で、敵の小屋を見付ける。
中には、銃と食べ物がある。
4人は、敵兵を滅多刺しにする。
この辺のアングルは、後の『フルメタル・ジャケット』を髣髴とさせる。
若いシドニーポール・マザースキー)は、入って来た敵兵を銃で撃ち殺す。
気の弱い彼は、このショックで精神がおかしくなる。
状況は膠着して来た。
筏を偵察に行こうと、コービー中尉が言う。
川で、若い女が3人、水浴びをしていた。
兵士達は隠れるが、女の内の一人(ヴァージニア・リース)に気付かれてしまう。
彼らは女を捕まえ、ベルトで木に縛る。
コービーは女に話し掛けるが、言葉が通じない。
この時のコービーの表情が、実にキューブリック的だ。
シドニーを女の見張り役として残し、3人は筏の偵察へ。
果たして、筏はあった。
残されたシドニーは、言葉の通じない女に、シェイクスピアの『テンペスト』の話しをする。
女をモノにしようとして、シドニーは(女を縛っている)ベルトを外す。
当然ながら、女は逃げようとする。
シドニーは彼女を撃ち、いよいよ気が狂ってしまう。
銃声を聞き付けたマックがやって来る。
「どうした?」と尋ねると、シドニーは「魔法使いのプロスペローのしわざだ」と言って、どこかへ行ってしまう。
本作は、デビュー作でありながら、後のキューブリックの作品の特徴が、既に随所に垣間見える。
カメラ・アングル、編集、役者の表情等。
それに狂気。
味方と敵の兵士を俳優が二人で演じ分けているのを、『博士の異常な愛情』のピーター・セラーズになぞらえる批評も見たが、これは単に人数が足りなかったからだろう。
後半の川下りは、『地獄の黙示録』だという批評家もいた。
キューブリックは、本作で製作・監督・撮影・編集・音響を務めた。
何もかも自分一人でこなしたお陰で、キューブリックは映画製作の全体を把握した。
この辺は、ヒッチコックオーソン・ウェルズに通じるものがあるだろう。
当時は、今のように個人が誰でも気軽に映像製作を出来るような時代ではない。
本作は、もちろん大傑作ではないけれど、この時代に全くの素人が自主制作で35ミリ映画を撮ったというのはスゴイことである。
そして、低予算ながら、なかなかの完成度であった。
後のキューブリックの作品と比べれば、もちろん見劣りはするけれども。
決して恥じるような仕事ではない。
それにしても、僕の尊敬するキューブリックの幻のデビュー作を見ることが出来て、実に感慨深かった。