イギリス文学史I(第1回)ガイダンス

イギリス文学史について
「英文学をゼロから学ぶ」にあたって、やはりイギリス文学史の知識は必須だろうと思います。
僕は大学受験の頃、国語は得意でしたが、(国)文学史というのが、どうも苦手でした。
僕の受験する大学の文学部では、現代文・古文・漢文とも、必ず(国)文学史の問題が1問ずつ出題されていたのですが。
しかし、今にして思うと、苦手だったというより、単に覚える気がなかっただけだと思います。
そこで、心機一転、イギリス文学史をゼロから学ぶことにしました。
文学史を学ぶ意義とは何でしょうか。
『イギリス文学史入門』(研究社)の「はしがき」には、次のようにあります。

文学史とは航空写真のようなものであるのだろう。たとえば目の前の山だけ眺めていると、それの相対的な位置、標高、山容などがわからない。そんなときは航空写真、とくに斜め上方から写した航空写真を見ると、全体のパースペクティヴがくっきり浮かび上ってくる。同じように、一人の作家、一つの作品だけにかまけている間はついつい見失われがちな、他の作家、他の作品、他の時代との相対的な関係が、一冊の文学史を読むことによって与えられるのである。

僕は学生時代、『アマデウス』の翻訳で著名な甲斐萬里江先生のイギリス文学史の授業を取っていましたが、当時は怠惰な学生生活を送っていたので、もったいないことに、最初の1回だけしか授業に出席しませんでした。
つまり、僕のイギリス文学史の知識は『ベオウルフ』で止まっているのです。
『英文学者 夏目漱石』(松柏社)によると、漱石が学生だった頃、日本で最初に英文科を設置した東大には英文学史の講義はなく、学生は英文学史の本を「自修」させられたとか。
けれども、現在では、当然のように、多くの大学の英文科で、文学史の授業が設置されています。
僕が在籍していた大学の第一文学部(昼間部)では、イギリス文学史は4単位の通年科目でした。
ただし、他に、イギリス小説、英米詩、英米演劇というように、ジャンル毎に詳しく取り上げる科目が設置されていたのです。
僕が在籍していた第二文学部(夜間部)では、そのような科目がなかったので、イギリス文学史はIとIIに分かれていました(計8単位)。
実際、膨大な量の英文学を概説するには、4単位では足りないと思います。
そのため、多くの大学の英文科では、イギリス文学史は2科目8単位(もっとも、昨今は半期で1科目なので、4科目8単位ですが)となっているところが多いようです。
そして、僕の在籍していた英文科では、英米文学評論、英語史、イギリス文学史I、イギリス文学史II、アメリカ文学史I、アメリカ文学史II、古代英語、中世英語の中から3科目以上を選択することになっていました。
古代英語、中世英語は、誰も選択しないマニアックな科目なので、実質的には、文学史はほとんどの学生が選択せざるを得なかったはずです。
テキストについて
それでは、イギリス文学史の入門的なテキストには、どのようなものがあるのでしょうか。
主なものは次の3冊です。
これらは、多くの大学の英文科で教科書として使われているだけではなく、一般向けの教養書としても読まれています(僕の近所の調布市立図書館にも置いてあります)。
『イギリス文学史入門』(研究社)

イギリス文学史入門 (英語・英米文学入門シリーズ)

イギリス文学史入門 (英語・英米文学入門シリーズ)

初版は1986年。
著者は川崎寿彦氏(名古屋大学教授)。
僕が学生の頃から英文学史の入門書としてポピュラーだったのは、本書と後述のミネルヴァ書房のものです。
本書は全部で189ページしかありません。
日大通信のテキストは1単位で約75ページが標準とされていたので、この本は通年用としては薄いと言えるでしょう。
本書の「はしがき」には、次のようにあります。

教科書として使用される場合は、大体一週一章という感じだろうか。私自身の体験からいって、一学期せいぜい十三週だから、十三章にまとめてみた。しかし通年用の教科書としてなら、詩や散文の実際の文例をコピーででも併用して頂くことになるだろう。

やはり、本書は半期用の教科書のようです。
僕の在籍していた大学の第一文学部(昼間部)では、イギリス文学史の授業は通年の4単位のみだったので、仮に本書をテキストに使ったとしたら、合間に原文読解をはさむ様なパターンになるのでしょう。
と言う訳で、本書の記述は、重要な事項だけが選ばれているので、入門書としては良いのかも知れません。
例えば、古英語・中英語時代は第1章のみで、マロリーの『アーサー王の死』すら載っていないのです。
それから、文学史のテキストにありがちなことですが、章毎に設定されたテーマに添って記述されているので、必ずしも年代順にはなっていません。
「はしがき」には、「『新書』のような感じで読んでもらえることもひそかに期待して、『新書版的』な文体でこれを書いてみた」とあります。
もちろん、昨今の粗製乱造されているパープリンな新書ではなくて、昔のアカデミックな新書ですが。
本書に書かれている事項は、英文科の学部学生としては、最低ラインと言えるでしょう。
『はじめて学ぶイギリス文学史』(ミネルヴァ書房

はじめて学ぶイギリス文学史

はじめて学ぶイギリス文学史

初版は1989年。
編著者は神山妙子氏(青山学院大学名誉教授)。
僕は学生の時、大学生協で本書を購入しました。
もっとも、たまに参照するだけで、通読したことはありませんでしたが。
本書は、極めて完成度の高い教科書です。
各章には、最初に「時代思潮」として、高校世界史程度のイギリス史が簡単にまとめられています。
次に、詩、小説・散文、劇毎に、その時代の概説。
それから、主要な作家と作品を解説し、原文と注、日本語訳が掲載されています。
つまり、アンソロジー的な性格も併せ持っているのです。
本書の「はしがき」には、次のようにあります。

さらに欠かせないのが、原作とのふれあいである。時代思潮や、作家それぞれの特色を把握するためには、作品そのものを読むにしくはない。原作の面白さがわかれば、授業にも興味がもてるようになるし、ゼミや卒論を選ぶうえの参考にもなるだろう。

本書は299ページまでありますが、活字が細かいので、情報量は多いです。
網羅性は、入門書の中では一番ではないでしょうか。
教科書として使ったなら、原文読解まで丁寧に進めると、到底1年間では終わらないと思います。
『イギリス文学の歴史』(開拓社)

イギリス文学の歴史

イギリス文学の歴史

初版は1990年。
著者は芹沢栄氏(東京教育大学名誉教授、東京成徳短期大学名誉教授)。
余談ですが、1990年には、既に東京教育大はなかったと思うのですが。
「はしがき」によると、著者がイギリス文学史の講義を二十数年間担当して、日本人学生のためのテキストが欲しいと思って作った本だそうです。
本書は、古英語・中英語の時代はものすごく簡潔ですが、ルネッサンス期は詳述しています。
「執筆の趣旨」によると、「ページ数の限られた小著とは言え、重要な作家・作品については、多くのスペースを与えることを躊躇しないことにした」とのことです。
かなり記述に濃淡を付けているということですね。
図や表、写真も織り交ぜ、重要な作品は原文の引用(日本語訳付き)もあり、体裁は最も教科書的だと思います。
今後の予定
これから、イギリス文学史上重要な作品を、少しずつ取り上げて行きたいと思います。
出来れば、原文も一部掲載し、翻訳や映画化作品、参考文献等も紹介するつもりです。
と言っても、全部の作品を取り上げる訳には行かないので、原則として1作家1作品。
学生でも入手し易いように、原書がペーパーバックで、翻訳が文庫で出版され、かつ絶版になっていないものを選びましょう(映画化作品は廉価版でDVDやブルーレイが出ているもの、参考文献は近所の図書館で借りられるもの)。
イギリス文学史Iの範囲ですが、僕が学生の時に受講した1995年度のシラバスには、次のようにあります。

BeowulfをはじめとするAnglo-Saxon文学から、中世、ルネサンスへと、風土、政治、社会背景に触れながら、文学史をたどる。その時代の代表作(抜粋。OEやMEの作品は、現代語訳で)を、できるだけ読んでゆきたい。そのため、何かanthologyをテキストとして使用する予定。

と言うことは、「ルネサンスまで」ということでしょうか。
どこまで続けられるか分かりませんが、頑張ります。
【参考文献】
英文学者 夏目漱石亀井俊介・著(松柏社
1995年度 一文.pdf - Google ドライブ
1995年度 二文.pdf - Google ドライブ