『東風』

この週末は、ブルーレイで『東風』を見た。

東風 Blu-ray

東風 Blu-ray

1969-70年のフランス・西ドイツ・イタリア映画。
監督は、『万事快調』のジガ・ヴェルトフ集団(ジャン・リュック・ゴダール)とジャン=ピエール・ゴラン。
主演は、『夕陽のガンマン』のジャン・マリア・ヴァロンテと、『万事快調』のアンヌ・ヴィアゼムスキー
ゴダールの「政治の時代」と呼ばれる時期の作品らしい。
が、そんな能書きはどうでもいい。
はっきり言って、さっぱり分からないし、面白くもない作品だ。
カラー、スタンダード。
画面は草むらで鎖で結ばれて横たわっている一組の男女。
ナレーションは、鉱山労働者のストライキについて。
そして、戦闘的映画人は何をなすべきか?
画質は、16ミリで撮影されたらしいので、ブルーレイとは到底思えないほど悪い。
ナレーションの音声は、更に輪を掛けて悪い。
昔の小型カセット・テープ・レコーダーのようだ。
革命的映画人として、エイゼンシュテインの名前が挙がる。
作品はもちろん、『戦艦ポチョムキン』。
それに対立するのが、グリフィス。
作品は『イントレランス』。
革命思想の源流について。
まあ、要するに、マルクス主義を信奉しているのだが、革マル派のアジ演説と同レベルで、用語の羅列ばかりで、内容がちっとも頭に入って来ない。
それが延々と(本当に延々と)続く。
画面はメイクしている男女。
画面とナレーションが全く噛み合っていない。
画面で繰り広げられているのは、自主映画の撮影風景だろうか。
1.ストライキ
俳優らしき男(インディアン役らしい)が、「労働条件の改革を」と言う。
階級闘争について。
まあ、この安倍政権下の現代日本において、資本家と労働者はますます乖離しているので、階級闘争の必要性については認めるが。
2.組合代表。
3.極左少数派。
4・集会。
章分けされているが、内容は全く頭に入って来ない。
スターリン毛沢東が一緒に写っているポスター。
「WANTED FOR MURDER」という落書き。
「これは正しい映像ではない。単なる一つの映像だ。」←何のこと?
6.能動的ストライキ
7・警察国家
で、前半の最後に「闘争失敗。最後に滅亡」というナレーション。
第2部は、主に映画論。
ハリウッド批判がメインか(実は、猛烈な睡魔が断続的に訪れ、よく内容を把握出来ていない)。
いつの間にか、映像とナレーションが噛み合って来る。
プルーストの朗読やら、『資本論』やら『共産党宣言』やら。
赤い画面が現われ、フィルムに無数の傷。
もう、何だか訳が分からない。
最後に、「造反有理」を連呼して終わる。
タイトルの「東風」というのは、東側(社会主義陣営)から吹く風のことらしい。
社会主義が最終的には西側(資本主義陣営)に打ち勝つとゴダールは言いたかったのだろうが、現実はそうはならなかった。
僕は学生の頃、映画研究会に所属していたことがあるのだが、その上映会で上映される一連の学生映画を思い出した。
作っている当人達は高尚な芸術作品のつもりなのだろうが、観ている方には全く伝わらない。
壮大なオナニー映画。
本当に革命思想を観客に吹き込みたいのなら、もっと方法があるのではないか。
それこそ、この作品が批判しているハリウッド映画の大衆プロパガンダの方法を見習うべきでは?
(※「ナチスのやり方を見習うべき」と言い放った政治家がいたが、アイツはクズだ!)
昔の某大学の映画研究会には、ゴダールの熱狂的な信者が多数いたらしい。
分からないものをありがたがるのは、裸の王様と同じだ。
よく、映画のレビューなんかで、自分は内容は全く理解出来ていないクセに、ゴダールは映画史上名高い監督だから、きっと何か意図が隠されているのだろう、みたいなことを書いている人がいるが。
そういうのは権威主義である。
素直に、「意味不明で面白くも何ともなかった」と言えばよろしい(一緒に見ていた細君は「拷問だ」と言っていた)。
映画には、(エイゼンシュテインが作った)文法がある。
何かを伝えたければ、文法に則って語らなければならない。
文法を破壊しても、デタラメな言語になるだけである。
まるで、昨今の英語教育みたいだな。
本作を見て唯一良かったのは、最近勉強し始めたフランス語が断片的に(本当に断片的に)理解出来る箇所があったことだ。