日本古典文学を原文で読む(第1回)ガイダンス

日本古典文学を学ぼう
僕は中学・高校時代、国語が得意科目でした。
定期試験で学年トップを獲ったことも何度かあります。
現代文が一番得意だったのですが、古文もまあまあでした。
実は、僕の実家が某巨大宗教団体の熱心な信者で、幼い頃から会合に連れて行かれては、日蓮の書いた文を原文で読むのを聞かされたりしていたので、古文にはなじみがあったのです。
中学時代は、学校の授業を聴いているだけで、特に他には何も勉強しなくても、古文のテストでは点を取れていたと思います。
高校に入ると、授業で本格的に古典文法を教わりました。
助動詞の活用は、無条件で丸暗記。
僕は英語も数学もさっぱりでしたが、国語は得意という自覚があったので、意地になって、完璧に覚えました(もちろん、今ではかなり忘れています)。
大学受験に関して、よく「学校の授業だけでは足りない」などと言われますが、古典文法に関しては、そんなことはないと思います。
今、僕の手元に、『精選 古典文法』(明治書院)という、高校の古典文法のテキストがありますが、ここに載っていることが、知識として必要な全てです。
考えてみれば、古典文法さえ学べば、1000年以上も昔の文学作品を原文で読めます。
古文は日本語ですから。
これは、スゴイことではないでしょうか。
例えば、高校の古典では、『源氏物語』を読みますが、諸外国では、普通の高校生が大昔の古典を学校で習うなどということは、なかなかないそうです。
僕の知り合いの、国文科出身の編集者は、「『源氏物語』くらい読めますよ。日本語ですから、何となく意味は分かります」と言っていました。
さて、僕も大学受験が近付いて来ると、人並みに「受験勉強をしなければ」という気分になります。
当時の僕は、駿台の参考書を集めるのにハマッており、古文も例外ではありませんでした。
今、僕の手元に、1990年、つまり、僕が高校3年生の時に発行された『古文入門』(駿台文庫)という参考書があります。
この本のカバーの袖に、当時刊行されていた駿台文庫の古文参考書の一覧が載っていますが、僕はそれを全部持っていました。
と言っても、「持っていた」だけで、「使った」訳ではありません。
当時の駿台の参考書全般に言えることですが、古文の参考書も、大学受験には高度過ぎました。
『古文入門』ですら、「入門」とはあるものの、難しく、僕は最初の数ページで放り出してしまったのです。
『古典文法入門』は最後まで読みましたが、練習問題は、動詞や助動詞の活用表を埋めるようなもので、この本に載っている程度のことは、学校の授業で習いました。
『古文読解教則本』も、ノートを作って、最後まで読み通したと思います。
助動詞・助詞・敬語を含んだ例文と現代語訳を362、並べたもので、英語で言うと、『基本英文700選』のような感じです。
これを全て覚えられれば、古典文法を全範囲、網羅出来ます。
ただ、暗記の苦手な僕は、覚えるところまでは行きませんでした。
これ以外の駿台の古文の参考書は、どれも趣味的な内容です。
国文科志望で、古文が大好きという受験生なら、入学後のことを考えて、目を通しておいてもいいのかも知れませんが。
普通の受験生は、私立文系でも、300点満点で、せいぜい30点位の配点しかない古文に、そこまで労力を割けるはずがありません。
例えば、『古典文学読解演習』という参考書があります。
その名の通り、古文の読解問題を集めた本ですが。
第一問の出典は、何と『古事記』と『日本書紀』です。
大学の国文科なら、『古事記』は必ず読むのでしょうが、大学入試で出題されるなんて、聞いたことがありません。
ただし、言い換えれば、古典文法さえ知っていれば、日本最古の文学作品も読めるということですが。
このように、余りにも受験を超越した内容なので、当時出版されていた駿台の古文の参考書は、現在では、いずれも絶版になっています(アマゾンの中古ではプレミアが付いていますが)。
唯一、生き残っているのが、『古文解釈の方法』という本です。
これは、当時の僕は持っていなくて、最近になって購入して、読んでいるのですが、非常に素晴らしい参考書だと思います。
古文が読めるということは、要するに、頭の中で現代語訳が出来るということです。
古文は日本語なので、現代語と共通の語や意味もたくさんあります。
問題になるのは、現代語とは違う部分です。
本書は、それを、どう見分ければ良いかが、具体的に解説されています。
考えてみれば、学校の授業では、助動詞の活用は丸暗記させられましたが、それを実際に文章を読む時にどう活用すれば良いかは、ほとんど教わりませんでした。
『古文解釈の方法』を読むと、それが分かります。
この本こそ、受験の時に読んでおけば良かったと、後悔しました。
文学史については、以前も書いたように、全く勉強しませんでした。
暗記が苦手なので。
同様に、古文単語も、全く覚えませんでした。
まあ、そんな調子でも、模試などではそれなりに点が取れていたので、何とかなったのです。
こうして、何とか大学受験を乗り切り、僕は第二志望だった都内の私大の文学部(夜間部)に進学しました。
この大学の文学部は、1年次は学科に分かれておらず、2年に進級する時に、自分の希望する学科に成績順で進学するというシステムでした。
1年次には、基礎科目で「国語」という必修科目がありました。
300ページくらいの、高校の国語の教科書のような共通テキストがあり、中身は、古代から近代までの日本文学のアンソロジーでした。
その中から、担当する先生の専門によって、授業で使う箇所が決められます。
僕は、1年生は一度留年していますが、その後、英文科に進級しているので、「国語」の単位も取っているはずです。
しかし、どんな先生で、どんな授業で、何の作品を読んだかなど、全く覚えていません。
何ということでしょう。
そのテキストも古本屋に売ってしまいました。
それを今、非常に後悔しています。
最近になって、英文学を学ぶ前に、その前提として、日本文学も一通り知っておくべきではないかという気持ちが、強く芽生えて来ました。
僕が在籍していた学部で、学科に進む前に、「国語」が必修だったのも、そういう意味があったのではないかという気がします。
実は先日、僕の行き付けの喫茶店で、そこのアルバイトの某難関大学在籍の女の子が、岩波文庫の『古事記』を読んでいるのを目撃して、大いに刺激されたというのも、多少はありますが。
(なお、世間では、新元号制定とやらで、やたら『万葉集』なんぞをありがたがって読み始める輩が急増しているようですが、僕はそういった連中に与するつもりは一切ありません。天皇制には、あくまで反対だからです。)
そこで、後悔しても仕方がないので、これから日本の古典文学を、少しずつ読んで行くことにしました。
テキストについて
文学史のテキストとしては、近代文学と同様、次のものを使うことにします。

はじめて学ぶ日本文学史 (シリーズ・日本の文学史)

はじめて学ぶ日本文学史 (シリーズ・日本の文学史)

初版は2010年。
編著者は榎本隆司氏(早稲田大学名誉教授)。
500ページ以上の大部の本ですが、1冊で上代から近代まで網羅されているのが特徴です。
通読するのは大変ですが、その都度、時代の概観や作家・作品の解説などを参照したいと思います。
ただし、この本はアンソロジー形式ではありません。
そこで、実際に読む原文は、別途調達します。
ここで読むのは、文庫で現在手に入るものに限ることにしました。
その方が入手し易いからです。
古典の代表的な作品の原文は、岩波文庫などから出ています。
と言っても、一つの作品を全部読んでいると、それだけで膨大な時間が掛かってしまうので、読むのは冒頭部分のみです。
読んで行く作品は、『詳説日本史』(山川出版社)に載っているものを基準にします。
何故、日本史の教科書かと言うと、文学史の教科書だと、細かくなり過ぎて、「代表作」でないものも多数、含まれるからです。
僕の細君は、大学受験の時に日本史を選択しましたが、国語の文学史の問題は、特に勉強はしなくても、日本史の知識だけで対応出来たと言っていました。
辞書について
古文は、現代文とは違うので、当然ながら、読むには古語辞典が必要です。
古語辞典には、大きく分けて、大人用(大学生以上)のものと、高校生向けのものがあります。
高校生向けのものは、現在では「全訳」(例文に全て現代語訳が付いている)が主流です。
ただ、僕が高校生の頃は、「全訳」は未だ、小学館の『全訳古語例解辞典』しか出ていませんでした。
僕の高校の推薦辞書は、この小学館の『全訳』と、角川の『古語辞典』でしたが、僕は両者のうち、特に深く考えず、角川の方を選びました。
この選択には、今でも後悔しています。
角川の古語辞典は、高校生にも一応配慮はしていますが、基本的には大人向けの辞書です。
高校生向けの「全訳」辞典と大人向けの古語辞典との最も大きな違いは、収録語数でしょう。
概ね、「全訳」は約2万語、大人向けの古語辞典は約4万語くらいです。
大学受験用の古文単語帳の一番語数の多いものでも、600語ほどしか載っていないので、高校生の古文学習に、そんなに語数の多い辞書が必要なはずがありません。
それよりも、例文に現代語訳が付いている方が、遥かに分かり易いでしょう。
古文を習い始めたばかりの高校生では、大人向けの辞書など使いこなせるはずがなく、ただ単語の意味を引くだけになってしまいます。
しかしながら、これから日本の古典文学を順番に読んで行くとなると、話しは別です。
なるべく語数の多い辞書でないと困ります。
昨今は、古典文学を取り巻く状況も厳しいのでしょうか。
僕が高校時代に使った角川の古語辞典は絶版になっています。
いや、それどころか、角川や小学館から出ていた『古語大辞典』も絶版です。
国文科の学生はどうするのでしょうか。
それはさておき、現状では、大人向けの語数の多い古語辞典で、高校生など初学者にも配慮しているのは、次の旺文社のものしかありません。
旺文社古語辞典 第10版 増補版

旺文社古語辞典 第10版 増補版

初版は1960年。
第十版増補版の発行は2015年。
編者は、松村明氏(東京大学名誉教授)、山口明穂氏(東京大学名誉教授)、和田利政氏(国学院大学名誉教授)。
売れ筋なのか、頻繁に改訂されているので、信用出来ます。
収録語数は4万3500。
巻頭の「この辞典のきまりと使い方」には、「この辞典は、高等学校における古典の学習に役だち、大学入試準備はもちろん、専門の大学生や古典に親しもうとする一般社会人にも利用しやすいように、編集したものである」とあります。
それでは、次回以降、具体的に作品を読んで行きましょう。
(なお、ネットの性質上、古文でも横書きになります。悪しからず、ご了承下さい。)
【参考文献】
精選古典文法』(明治書院
古文入門?探求・読解の着眼点 (駿台受験叢書)』桑原岩雄、関谷浩・共著(駿台文庫)
大学受験必修古典文法入門 (駿台受験シリーズ)』桑原岩雄、中島繁夫、関谷浩(駿台文庫)
古文読解教則本[改訂版]―古語と現代語の相違を見つめて (駿台受験シリーズ)』高橋正治・著(駿台文庫)
新・基本英文700選 (駿台受験シリーズ)』鈴木長十、伊藤和夫・共編(駿台文庫)
駿台受験叢書 古典文学読解演習 古典とともに思索を』高橋正治・著(駿台文庫)
古文解釈の方法 (駿台受験シリーズ)』関谷浩・著(駿台文庫)
詳説日本史B 改訂版 [日B309] 文部科学省検定済教科書 【81山川/日B309】笹山晴生佐藤信五味文彦、高埜利彦・著(山川出版社
全訳古語例解辞典』(小学館
角川新版古語辞典』(角川書店