『カッスル夫妻』

夏休み最後の映画鑑賞は、ブルーレイで『カッスル夫妻』を見た。

1939年のアメリカ映画。
監督はヘンリー・C・ポッター。
脚本は、『チキ・チキ・バン・バン』(音楽)のリチャード・M・シャーマン
撮影は、『気儘時代』のロバート・デ・グラス。
主演は、『コンチネンタル』『トップ・ハット』『艦隊を追って』『有頂天時代』『気儘時代』『イースター・パレード』『バンド・ワゴン』『パリの恋人』『タワーリング・インフェルノ』の大スター、フレッド・アステアと、『コンチネンタル』『トップ・ハット』『艦隊を追って』『有頂天時代』『気儘時代』のジンジャー・ロジャース
共演は、『透明人間(1933)』『西部開拓史』のウォルター・ブレナン
フレッド・アステアジンジャー・ロジャースの共演第9弾である。
僕も細君も、もうこの二人の共演作にはうんざりで、多少設定が違っても、結局は同じ二人が踊るだけの映画なので、内容が混ざってしまって仕方がない。
本作にも、全く期待していなかったのだが、意外や意外、これまでで一番良かった。
前日に見た『ゲームの規則』(ジャン・ルノワール監督)がヒドかったので、ようやく映画らしい映画を見たような気になれた。
本作は、これまでの二人の共演作とは毛色が違い、実在のヴァーノン&アイリーン・カッスル夫妻を描いた伝記映画である。
実話ということもあって、より感情移入がし易いのかも知れない。
もっとも、そもそものカッスル夫妻のことは、これまで全く知らなかったが。
モノクロ、スタンダード・サイズ。
穏やかな音楽が流れる。
「1911年、古き良き時代にバーノンとアイリーン・カッスル夫妻が彗星のごとく現われ、ダンスを愛する人の心をとらえた。その喜びと悲しみの物語」という字幕。
ニューヨークで『かかあ天下』というミュージカルが上演されている。
バーノン・カッスル(フレッド・アステア)は、ポスターの一番下に名前が載っている。
つまり、いちばんチョイ役ということだ。
端役なので、カネがない。
常に前借りをしている。
彼は、劇団の看板女優に惚れているが、色々な男にチヤホヤされている彼女は、バーノンには目もくれない。
前借りしたカネでプレゼントを買って渡したり、彼女をビーチまで追い掛けて行ったりしたが、ことごとくフラれる。
バーノンが、ふと海に目をやると、小さいワンコが溺れている。
犬好きのバーノンは、助けるために思わず海に飛び込む。
何とか助けたが、傍に若い女性を載せたボートが一隻。
どうやら、彼女も犬好きらしい。
彼女は、びしょ濡れのバーノンを見て、同乗している男性に「この人も乗せてあげてよ」と頼む。
彼女の名はアイリーン・フートといい、役者をしていて、ダンスが上手いらしい。
同乗している男性は、ウォルターという名のフート家の下男であり、彼女のマネージャーをしていた。
バーノンは、二人に連れられてフート家に遊びに行った。
アイリーンがピエロの衣装を着てパントマイムをする。
どうもイマイチぱっとしない。
彼は苦い顔をしながら、お世辞を言う。
バーノンは、思わず「ダイコン」と口走ってしまうが、お嬢様で「ダイコン」の意味を知らないアイリーンは、それを「ほめ言葉」と勘違いする。
あっと言う間に、終電(?)の時間になった。
バーノンが帰るのを見送りに、アイリーンも駅まで行く。
すると、何故かそこへ楽団がやって来る。
一人がタップダンスを始める。
バーノンもノッて来て、一緒に踊る。
真夜中の駅に集団でやって来て踊り出すなんて、ミュージカル映画でしかあり得ない。
が、バーノンの見事なタップに拍手喝采が沸き起こる。
「ステキね!」と大喜びのアイリーン。
俳優の知り合いが出来たと思ったアイリーンは、自慢気に友人を連れて、バーノンの出演しているミュージカルを観に行く。
ところが、バーノンの役は、床屋で顔面にシェービング・クリームを塗りたくられる、ドタバタ喜劇のいじられ役であった。
カッコ良く踊っているものと思い込んでいたアイリーンは、友人の前でバツが悪くなる。
しかも、前に座っていたオッサンの客が「あれはダイコンだ!」を連発するのを見て、バーノンが自分に言っていたのは揶揄する言葉だと気付き、余計にいたたまれなくなる。
彼女は楽屋でバーノンを問い詰める。
「どうしてダンサーをやらないの? 才能が台無し!」
次の日曜日、アイリーンはもしかしたらバーノンが訪ねて来るのではないかと、ソワソワしながら待っている。
果たして、バーノンはやって来た。
しかも、立派なオープンカーで。
当時は、女性が男性にホイホイついて行くのははしたないと思われていたのであろう。
彼女は、わざとそっけない素振りを見せる。
そして、下男のウォルターは、いちいち二人が接近するのを邪魔する。
アイリーンは一計を案じた。
愛犬に、バーノンが車で出発する間際に、車に飛び乗るように指示する。
飼い主に忠実なワンコは、バーノンの車に飛び乗る。
それを見たアイリーンは、愛犬を追い掛けるためにというフリをして、まんまとバーノンの車に乗り込む。
案の定、車はレンタカーであった。
それにしても、何という演技派のワンコ。
それから二人は急接近。
ダンスの練習をするために、バーノンが何度もアイリーンの家を訪ねる。
早くも、プロポーズのタイミングがやって来た。
家族みんなが気を遣う中、ついに二人は結婚の約束をする。
ウォルターも祝福。
とにかく、二人は一緒に踊りたかった。
そこへ、かつてのバーノンの興行師から「オーディション」の話しが舞い込む。
二人で踊るが、この興行師は目もくれず、「夫婦で踊るのを見たい客はいない」と一蹴し、従来通りのドタバタ喜劇のいじられ役を充てがおうとする。
今やカッスル夫人となったアイリーンは激怒。
「二人で踊ります!」と啖呵を切る。
「二人でダンサーになったら稼ぎはないぞ」と忠告する興行主。
そこへ、たまたま居合わせていたフランス人興行主が、例のミュージカル『かかあ天下』のフランス上演に出ないかと持ち掛ける。
バーノンはアイリーンに「お前にも出てもらいたい」と告げる。
「やったね!」
喜び勇んで、マネージャーのウォルターを連れ、パリに渡るカッスル夫妻。
ところが、件のフランス人興行主は「6週間後に延期になった」と告げる。
旅費で全財産を使い果たしたバーノンは、もう滞在費が残っていない。
仕方がないので、興行主から給料を前借りする。
借りたのは7日分だが、8日分の領収証を書かされる。
「利息だ」と。
まるで、『ナニワ金融道』に出て来るヤミ金だ。
怒ったワンコが興行主に噛み付く。
何て飼い主思いの立派なワンコなんだ!
もっとやれ!
(溜飲が下がる。)
アイリーンはバーノンに「あなたがいれば十分よ」と告げる。
いい奥さんや。
しかし、そんなことを繰り返していて、アパートの家賃も払えない。
大家と顔を合わせると家賃を督促されるので、二人は一計を案じた。
いつもアパートの入り口に、銭湯の番台のように座っている大家を、愛犬に見張らせる。
愛犬は、大家がいなくなったら、外で待っている二人に知らせる。
そのスキに、二人は玄関をすり抜ける。
天才的な連係プレーやね。
ワンコは賢いから、こういうことが出来る。
しかしながら、バーノンが入り口にある洗面器を引っ掛けて派手な音を立ててしまい、バレてしまうのであった。
まるでチャップリンみたいな展開だ。
まあ、僕も学生の頃、毎月2万7000円の家賃を滞納して、いつも大家の目からどうやって逃れるかばかり考えていたから、気持ちは分かる。
本当に若い頃はメチャクチャだった。
四畳半風呂ナシトイレ共同の家賃が払えないんだからなあ。
当時、僕は池袋の隣の要町という所に住んでいたのだが。
時給1000円でフルタイムの出版社のバイトをしていたので、十分に払える金額なのだが。
映画を観て、酒を飲んで暮らしていたからなあ。
気が付けば、家賃の分が残っていない。
電話は呼び出し、テレビは室内アンテナ、もちろんクーラーもない。
こんなのでも、就職して、そのうち給料も多少は上がって、そこそこ人並みの暮らしが出来るようになったから良かったが。
細君は当時の僕の生活を知っているが、僕一人ならまあ我慢出来るが、細君にはあんな思いはさせたくない。
だから、仕事は頑張る。
でも、今じゃあ、大学中退だと、就職先もなさそうだしなあ。
厳しい時代になった。
それはさておき、カッスル夫妻は家賃を8週間分、溜めていた。
カッスル夫妻は2階に住んでいるのだが、二人が部屋で踊っていると、建て付けが悪いせいで、すぐに下の部屋が揺れる。
下の部屋で、貧乏な画家が有閑マダムの肖像画を描いている。
上の部屋がうるさいので、大家がステッキで「やめなさい!」と天井を突っつく。
「ここを出よう」とアイリーンに言うバーノン。
食事はパンだけである。
切ないねえ。
そろそろ興行主から連絡があっても良さそうなものだが…。
そこへウォルターがやって来る。
「今日からショーの稽古が始まるらしい!」
だが、ウォルターは新聞に記事が載っているのを見て知ったのだ。
稽古場に賭け付けてみると、練習は始まっていた。
そして、ニューヨークからパリへ理髪店の椅子が届いている。
興行主は「踊り子なら他にいる」と、バーノンに床屋のドタバタ喜劇の役をやらせたがった。
結局、バーノンはこの役を引き受ける。
「勘違いだった」と。
まあ、家賃を払わんといかんから、背に腹は換えられない。
バーノンもアイリーンも、一人では踊りたくないのだった。
ああ、美しき夫婦愛かな。
二人がアパートの部屋で静かに踊っていると、下の部屋で肖像画を描いてもらっていた有閑マダムが覗きに来る。
「二人で踊ってみない?」
有閑マダムは、実は有名な女興行師で、二人をパリで一流の「カフェ・ド・パリ」に紹介するというのだ。
さあ、これからどうなる?
まあ、人生はどこでチャンスをつかむかだな。
人との出会いが大きい。
僕も、学生の頃、一番最初にアルバイトで入った出版社の社長に「あいつに仕事をやらせてみよう」と言われていなかったら、今の自分はない。
上に書いたように、本作はいい映画だ。
ラストがなかなか大変なので、ハッピー・エンドの好きなアメリカ人には受けず、興行的には失敗だったらしいが。

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