『パリはわれらのもの』

この週末は、ブルーレイで『パリはわれらのもの』を見た。

1961年のフランス映画。
監督は、『修道女』のジャック・リヴェット
ジャック・リヴェットと言えば、先日亡くなったミシェル・ピコリが主演の『美しき諍い女』が代表作だな。
僕は学生の頃、ビデオで見たような気がする。
まあ、エマニュエル・ベアールが目当てだったのだが。
4時間も、延々と絵を描き続ける映画だった。
『パリはわれらのもの』は長編デビュー作だが、既に長い映画を撮る監督という印象がある。
本作は日本未公開らしい。
製作総指揮が、『美しきセルジュ』『いとこ同志』(監督)のクロード・シャブロルと、フランソワ・トリュフォー
何とヌーヴェルヴァーグな組み合わせであろうか。
主演はベティ・シュナイダー。
共演は、『美しきセルジュ』『いとこ同志』のジャン・クロード・ブリアリ。
なお、『勝手にしやがれ』『軽蔑』『気狂いピエロ』『東風』『万事快調』『パッション』のジャン・リュック・ゴダール(監督)が出演している。
ヌーヴェルヴァーグだなあ。
あと、ジャック・ドゥミ(ノンクレジット)も。
ジャック・ドゥミの『シェルブールの雨傘』は大昔、京都の名画座で観た。
名作だ。
音楽が素晴らしい。
『パリはわれらのもの』に話しを戻す。
モノクロ、スタンダード・サイズ。
不安げな音楽から始まる。
「パリは誰のものでもない シャルル・ペギー」というクレジット。
舞台は1957年6月のパリ。
アンヌ・グーピル(ベティ・シュナイダー)がアパートの部屋でシェイクスピアの戯曲を読んでいる。
隣室のスペイン人の女性の体調が悪い。
彼女は、アンヌの兄ピエールの元恋人であった。
彼女は、「彼らに殺されたの!」「世界に危険が迫っているの!」と、意味不明なことを叫ぶ。
大分頭がおかしい。
街のカフェでピエールと会うアンヌ。
ピエールの現在の恋人イダがやって来る。
アメリカ人の演出家フィリップ・カウフマンの話しになる。
フィリップ・カウフマンって、『存在の耐えられない軽さ』の監督だよね。
で、アンヌはピエールの部屋へ行く。
ここは、芸術仲間達のサロンみたいになっている。
アンヌは居心地が悪い。
そこには、フィリップ・カウフマンもいる。
彼はアル中だ。
彼は、ある女性と英語で、「フアンを殺したのは君だ」みたいな話しをしている。
翌日、アンヌはジャン・マルク(ジャン・クロード・ブリアリ)と会う。
学食で並んでいると、フィリップ・カウフマンがはじき出される。
「学生じゃなきゃダメだ」と。
僕は以前、早稲田の近くの会社で働いていたことがあるが、昼休みには早稲田の学食でよく食事をした。
別に、学生じゃなくても、文句は言われなかった。
で、フィリップは、シェイクスピアの『ペリクリーズ』上演のために人を集めているという。
アンヌは舞台の練習を見に行く。
そこで、演出家のジェラール・レンツから「台本を読むのを手伝って」と言われる。
アンヌは文学部の学生だが、演技は素人だ。
そこへ、謎の女テリーがやって来る。
どうやら、ジェラールと付き合っているらしい。
で、彼女は「フアンは短刀で死んだの」とか言っている。
アンヌは、偶然見掛けたフィリップに声を掛ける。
その夜、人が車ではねられる。
フィリップは陰謀論を口にする。
不安になったアンヌは、タクシーで自室に帰る。
ピエールの部屋へ行くアンヌ。
実は、アンヌが帰宅すると、隣のスペイン人の女が消えていたのであった。
アンヌは、カミット通りのフィリップを尋ねる。
そして、ジェラールに電話をするが、彼はいない。
アンヌがフィリップの部屋に入ってみると、彼は倒れている。
ミッドウェイの後遺症らしい。
時代だ。
で、彼はアンヌに「この前のこと(=陰謀論)は忘れてくれ」と告げる。
そこに、テリーがやって来る。
アンヌはジェラールと会う。
彼はアンヌに、『ペリクリーズ』について、「君なら出来る筈だ」と出演を口説いている。
フアンの即興音楽のテープがなくなったらしい。
で、テリーは実は苦労人で、フアンの死に動揺しているらしい。
ピエールがアンヌの部屋に来ている。
彼は、芝居について、慎重になるようにと言うが、アンヌは出演依頼を受けることにする。
数週間後。
芝居の稽古中。
案の定、アンヌは下手クソで、現場は険悪な雰囲気に。
アンヌは落ち込む。
かつてジェラールにスカウトされた女性から、「入団前は優しくして、後は無視される。私も犠牲者」と聞かされ、図星なので、更に落ち込む。
で、何か知らんが、ジェラールに危険が迫っているらしい。
最初は、この話しの人間関係に戸惑ったが、進んで行くと、はっきり見えて来るので、問題はない。
ストーリーがどこに向かっているのかがなかなかつかめなかったが、どうやら本気で陰謀論を信じているようだ。
ベンジャミン・フルフォードか。
で、アンヌは、下手クソな自分の演技をごまかすために、バックに流すフアンの即興音楽が必要だと考える。
「フアンのテープを探すわ。」
「フアンはこの人の家で死んだって」と聞いて、アニュータという子持ちの女性を訪ねる。
最初は「知らない」と言っていた彼女も、次第に、「私が家に戻って来たら、腹を刺されていた」などと告白する。
彼女はテリーのせいだと考えている。
「経済学者のジョルジュ博士なら知っているかも」と言われ、博士を訪ねるアンヌ。
博士には、変な女がまとわり付いている。
テープの話しは、「くだらん!」と一蹴。
「これ以上探しても、テープは見付からないよ」と忠告。
場面は換わって、芝居の稽古。
ピエールが見に来る。
アンヌはジェラールに片っ端からダメ出しされている。
「突っ立ってちゃダメだ! 家で稽古して来い!」
ジェラールがキレ出す。
ピエールはテリーと話していて、興味がなさそう。
で、アンヌはフィリップの部屋を訪ねる。
フィリップは「舞台なんかインテリのヒマつぶしだ!」と吐き捨てる。
どうでもいいが、ジェラールはいつもコーデュロイのスリーピースを着ていて、偉そうだな。
で、アンヌはテリーと対立する。
この話しは一体どこへ行くのか?
後半、ジェラールが大手の劇場での公演が決まって、一瞬喜ぶが、演出の権限を全部奪われるのは、見ていてちょっと気の毒になる。
が、最後の最後まで、陰謀論で突っ走る映画。
何となく見てしまうが、見終わった後は、後味が良くない。
僕は陰謀論なんて全く信じていないからね。
なお、最後の方に、チラッと『カイエ・デュ・シネマ』が映る。
日本で言えば、『キネマ旬報』かな。

Paris Belongs to Us - Trailer

日本古典文学を原文で読む(第6回)『万葉集』

万葉集』について
今回は、『万葉集』を取り上げたいと思います。
古事記』『日本書紀』『風土記』『懐風藻』と読んで来ましたが、『万葉集』は『古事記』と並んで、最もメジャーなのではないでしょうか。
特に昨年、元号が変わった時、「令和」の出典が『万葉集』ということで、一大ブームになりました。
その時に、(たとえ一部でも)読んだという人も多いと思います。
僕の手元にある早稲田大学オープンキャンパスのパンフレット(2020年春)を見ても、『古事記』と並んで、『万葉集』の講座が、しかも三つもあるのです。
それどころか、小・中学校の国語の教科書にも、『万葉集』は登場します。
中学3年の国語の授業で読んだ「貧窮問答歌」などは、大変身につまされました。
ものすごく大雑把に言うと、『古事記』は日本最初の物語、『日本書紀』は日本最初の歴史書、『風土記』は日本最初の地理書で、『懐風藻』は日本最初の漢詩集、『万葉集』は(現存する)日本最初の和歌集ということになります。
当然ながら、日本文学史上で極めて重要な位置を占めているので、多くの大学の国文科で読まれているはずです。
僕が在籍していた大学のシラバス(95年度)を見ても、日本文学専修の日本文学演習IA(萬葉・古今)または日本文学演習IB(古代和歌研究)(どちらか1科目を選択必修)という授業で本作を読むとありました。
高校日本史の教科書にも出て来ます。
山川の『詳説日本史』を引いてみましょう。
本文には、次のようにあります。

日本古来の和歌も、天皇から民衆に至るまで多くの人びとによってよまれた。『万葉集』は759(天平宝字3)年までの歌約4500首を収録した歌集で、宮廷の歌人や貴族だけでなく東国の民衆たちがよんだ東歌や防人歌などもある。心情を率直に表わしており、心に強く訴える歌が多くみられる。

また、脚注には、次のようにあります。

天智天皇時代までの第1期の歌人としては有間皇子額田王、つづく平城遷都までの第2期の歌人としては柿本人麻呂天平年間(729~749)の初め頃までの第3期の歌人としては山上憶良大伴旅人淳仁天皇時代に至る第4期の歌人としては大伴家持大伴坂上郎女らが名高い。編者は大伴家持ともいわれるが、未詳である。

さらに、「貧窮問答歌」の引用も載っています。
歴史の教科書に実際の和歌が引用されているということは、それだけ重要だということですね。
僕の手元にある高校生用の文学史のテキストにも、1章を割いて詳しく解説されています。
少し長くなりますが、こちらも引いてみましょう。

和歌の発生 七世紀の初め、東北地方以遠や九州南部の辺境を除いて、ほぼ国内統一を終えた大和朝廷は、遣隋使、遣唐使を派遣して積極的に大陸文化を摂取した。この大陸文化の影響を受けて、歌謡はしだいに個人的感情を歌うものとなり、表現も洗練されていった。和歌はこのようにして成立した叙情詩であり、日本文学の中で最古の文学形式である。そして、『万葉集』は、このような古代叙情詩を集大成した歌集であると言ってよい。
万葉集の成立・組織 『万葉集』は現存する我が国最古の歌集である。『万葉集』以前にも、幾つかの歌集が存在したが、それらは『万葉集』編集の資料として利用された部分が、断片的に『万葉集』の中に残っているにすぎない。『万葉集』の成立過程は複雑で、不明な部分も多いが、数次の編集作業を経て、ほぼ現在の形に整えられたのは奈良時代末期と推定されている。
編者は、全巻に渡って手を加えた者として大伴家持が有力視されている。全二十巻から成り、長歌約二百六十首、短歌約四千二百首、旋頭歌約六十首、連歌体一首、仏足石歌体一首、合計四千五百余首の歌を収めている。
歌は雑歌、相聞、挽歌に分類され、その内部では年代順に配列されている。これは『万葉集』の基本的な分類法である。そのほかに、巻によっては正述心緒歌・寄物陳思歌という分類法や、四季によって配列する方法も行われている。表記は万葉仮名と呼ばれる独自のものが用いられた。歌の制作年代は、仁徳天皇時代から天平宝字三(七五九)年までの約三百年以上に及ぶが、舒明天皇時代以前のものは伝承歌謡であって、その時代、その作者のものではない。従って、大化改新前後から約百三十年ほどが『万葉集』の時代と言うことができる。この間の和歌の歴史は、歌風の変遷に従って、通常、四期に分けて考察されている。
第一期 壬申の乱(六七二)までの時期を言う。和歌の発生する時期で、記紀歌謡の末期と重なっている。有名歌人として、斉明・天智朝に活躍した額田王があり、ほかに、舒明天皇・有馬皇子・天智天皇・倭大后がある。素朴な、歌謡的な表現を残しながらも、個人的な心情の表された秀歌が多い。
第二期 壬申の乱以後、平城京遷都(七一〇)までの約四十年間が、律令国家の完成に呼応するかのように和歌が完成する時期である。五七調の韻律も整い、表現技巧も多彩になり、孤独な心情の表現や自然の叙景なども行われるようになった。この期も天武天皇持統天皇志貴皇子大津皇子・大伯皇女など皇室歌人が多いが、柿本人麻呂高市黒人など、歌を専門とする歌人が現れた。中でも人麻呂は『万葉集』最大の歌人で、優れた歌を多く作った。特に長歌は彼によって頂点を極め、後はしだいに衰えていった。
第三期 平城京遷都から山上憶良の没年とされる天平五(七三三)年までが第三期である。誕生したばかりの律令国家は、圧倒的な唐文化の影響下に新しい貴族文化の花を咲かせた。宮廷周辺にはみやびやかな雰囲気があふれ、個性を発揮した歌人が活躍した。柿本人麻呂の宮廷賛歌の伝統を守り、一方で叙景歌を完成した山部赤人、風流に遊びながらも素直に心情を歌った大伴旅人、家族を愛し運命や社会の矛盾に激しい感情を向けた山上憶良、伝説や説話を長歌で歌って、その世界に自己の心情を託した高橋虫麻呂らが主な歌人である。歌は知性的、美的になったが雄大さに欠けるようになった。
第四期 第三期の後、『万葉集』最後の歌が作られた天平宝字三(七五九)年までを第四期とする。政治権力をめぐる対立が相次ぎ、律令制の矛盾が大きく表面に現れ始めた時期である。叙情詩である和歌は、このような社会では力を発揮できず、しだいに男女の私的な感情や、個人の孤独なつぶやきを歌うだけになっていった。繊細優美な感覚の歌が多くなり、男性的な力強さは失われた。大伴坂上郎女・笠郎女。狭野茅上娘子・田辺福麻呂湯原王などの歌人があるが、大伴家持がこの期の最大の歌人である。彼は越中守赴任(七四六)後に独自の歌境をひらき、孤独の憂愁をたたえた繊細な感傷を歌い上げた。
東歌・防人歌 『万葉集』には作者未詳の歌が多いが、その中で異彩を放っているのが東歌である。東歌は東国の民衆が歌ったと思われるものが多く、方言を交えて生活に密着した感情を率直に歌っている。また同じ東国の民衆が防人に徴発されたときの歌(防人歌)も大伴家持の手によって記録されていて、民衆の痛切な悲しみを今日まで伝えている。
万葉集』には、そのほかにも各地の歌謡や乞食人と呼ばれる芸能者が曲節や身振りを伴って歌った歌謡、また説話とともに語られた歌物語的な歌もある。

このテキストにも、万葉集から数編の歌が引用されています。
全体の構成から見ても、破格の扱いです。
このことから見ても、『万葉集』の文学史上における重要性が推し測れます。
なお、『万葉集』は、「万葉仮名」で書かれているのです。
これは、本テキストによると、「中国の文字を用いて日本語を表記するために、上代の人々は漢字の持つ意味を捨てて音や訓を利用して日本語の音韻を表すことを考えた」とあります。
「『万葉集』に最も多彩に用いられているので、この名で呼ばれている」とのことです。
テキストについて
それでは、実際に読むには、どのようなテキストがあるのでしょうか。
万葉集』について書かれた本は、それこそ星の数ほどありますが、現在の日本で流通している、概ね全首について原文や現代語訳を収録したものは4社から出ています。
しかし、全部揃えると、文庫とは言え、ものすごい量です。
講談社文庫版

万葉集 全訳注原文付(一) (講談社文庫)

万葉集 全訳注原文付(一) (講談社文庫)

  • 作者:中西 進
  • 発売日: 1978/08/28
  • メディア: 文庫
初版は1978年。
著者は中西進氏(一般社団法人日本学基金理事長)。
万葉集』の本文を漢字かなまじりの読み下し文に改め、原文を傍らに記し、下段に口語訳と語句の注を記したものです。
このシリーズが出るまでは、文庫版の『万葉集』で、原文だけのもの、読み下し文だけのもの、簡単な脚注付きの読み下し文だけのものはあったそうですが、全てを収めるのは初めての試みだったそうです。
第一冊には、『万葉集』の巻第一から巻第五までを収録しています。
万葉集 全訳注原文付(二) (講談社文庫)

万葉集 全訳注原文付(二) (講談社文庫)

  • 作者:中西 進
  • 発売日: 1980/02/13
  • メディア: 文庫
初版は1980年。
著者は中西進氏(一般社団法人日本学基金理事長)。
第二冊には、『万葉集』の巻第六から巻第十までを収録しています。
万葉集 全訳注原文付(三) (講談社文庫)

万葉集 全訳注原文付(三) (講談社文庫)

  • 作者:中西 進
  • 発売日: 1981/12/11
  • メディア: 文庫
初版は1981年。
著者は中西進氏(一般社団法人日本学基金理事長)。
第三冊には、『万葉集』の巻第十一から巻第十五までを収録しています。初版は1983年。
著者は中西進氏(一般社団法人日本学基金理事長)。
第四冊には、『万葉集』の巻第十六から巻第二十までを収録しています。
万葉集事典 (講談社文庫)

万葉集事典 (講談社文庫)

  • 発売日: 1985/12/09
  • メディア: 文庫
初版は1985年。
著者は中西進氏(一般社団法人日本学基金理事長)。
これは、上の第一冊から第四冊までの分冊で、中身は「便覧」です。
便覧を別冊にしたのは、本文と併行してページが開けるように考慮した結果とのこと。
集英社文庫
集英社文庫ヘリテージシリーズ 萬葉集釋注 1

集英社文庫ヘリテージシリーズ 萬葉集釋注 1

  • 作者:伊藤 博
  • 発売日: 2005/09/16
  • メディア: 文庫
初版は2005年。
著者は伊藤博氏。
これまでの『万葉集』の注釈書は、一首ごとに注解を加えることが一般的でした。
しかし、万葉歌には、前後の歌とともに歌群として味わうことによって、初めて真価を表わす場合が少なくありません。
そこで、本書では、歌群ごとに本文を掲示し、これに注解を加えるという方針を取りました。
本書は、万葉歌を漢字仮名交じりに書き下した「本文」、歌群に対する考察を展開した「釈文」、各歌の語彙について注を加えた「補注」によって構成されています。
「補注」は、巻末に一括して掲げました。
本巻には、『万葉集』の巻第一、巻第二を収録しています。
集英社文庫ヘリテージシリーズ 萬葉集釋注 2

集英社文庫ヘリテージシリーズ 萬葉集釋注 2

  • 作者:伊藤 博
  • 発売日: 2005/09/16
  • メディア: 文庫
初版は2005年。
著者は伊藤博氏。
本巻には、『万葉集』の巻第三、巻第四を収録しています。
集英社文庫ヘリテージシリーズ 萬葉集釋注 3

集英社文庫ヘリテージシリーズ 萬葉集釋注 3

  • 作者:伊藤 博
  • 発売日: 2005/09/16
  • メディア: 文庫
初版は2005年。
著者は伊藤博氏。
本巻には、『万葉集』の巻第五、巻第六を収録しています。
集英社文庫ヘリテージシリーズ 萬葉集釋注 4

集英社文庫ヘリテージシリーズ 萬葉集釋注 4

  • 作者:伊藤 博
  • 発売日: 2005/09/16
  • メディア: 文庫
初版は2005年。
著者は伊藤博氏。
本巻には、『万葉集』の巻第七、巻第八を収録しています。
集英社文庫ヘリテージシリーズ 萬葉集釋注 5

集英社文庫ヘリテージシリーズ 萬葉集釋注 5

  • 作者:伊藤 博
  • 発売日: 2005/09/16
  • メディア: 文庫
初版は2005年。
著者は伊藤博氏。
本巻には、『万葉集』の巻第九、巻第十を収録しています。
集英社文庫ヘリテージシリーズ 萬葉集釋注 6

集英社文庫ヘリテージシリーズ 萬葉集釋注 6

  • 作者:伊藤 博
  • 発売日: 2005/09/16
  • メディア: 文庫
初版は2005年。
著者は伊藤博氏。
本巻には、『万葉集』の巻第十一、巻第十二を収録しています。
集英社文庫ヘリテージシリーズ 萬葉集釋注 7

集英社文庫ヘリテージシリーズ 萬葉集釋注 7

  • 作者:伊藤 博
  • 発売日: 2005/12/16
  • メディア: 文庫
初版は2005年。
著者は伊藤博氏。
本巻には、『万葉集』の巻第十三、巻第十四を収録しています。
集英社文庫ヘリテージシリーズ 萬葉集釋注 8

集英社文庫ヘリテージシリーズ 萬葉集釋注 8

  • 作者:伊藤 博
  • 発売日: 2005/12/16
  • メディア: 文庫
初版は2005年。
著者は伊藤博氏。
本巻には、『万葉集』の巻第十五、巻第十六を収録しています。
集英社文庫ヘリテージシリーズ 萬葉集釋注 9

集英社文庫ヘリテージシリーズ 萬葉集釋注 9

  • 作者:伊藤 博
  • 発売日: 2005/12/16
  • メディア: 文庫
初版は2005年。
著者は伊藤博氏。
本巻には、『万葉集』の巻第十七、巻第十八を収録しています。
集英社文庫ヘリテージシリーズ 萬葉集釋注 10

集英社文庫ヘリテージシリーズ 萬葉集釋注 10

  • 作者:伊藤 博
  • 発売日: 2005/12/16
  • メディア: 文庫
初版は2005年。
著者は伊藤博氏。
本巻には、『万葉集』の巻第十九、巻第二十を収録しています。
角川ソフィア文庫
初版は平成21年。
訳注は伊藤博氏。
本書は、上の集英社文庫版の基になった『萬葉集釋注』を基に、旧版角川文庫『万葉集』を手直しし、さらには口語訳を加えたものです。
ただし、作業の途中で著者が亡くなったため、巻七以降については、『萬葉集釋注』の口語訳を利用しています。
本書は、万葉歌には前後の歌とともに歌群として味わうことによって初めて真価を表す場合が少なくないという考えに基づき、歌群ごとに本文を掲示しました。
本書は、『万葉集』の原文を全て漢字仮名交じりの書き下し文に改め、これに簡単な脚注と口語訳を付したものです。
巻七以降の口語訳については、集英社萬葉集釋注』のものを用いました。
本巻には、『万葉集』の巻第一から第五までを収録しています。初版は平成21年。
訳注は伊藤博氏。
本巻には、『万葉集』の巻第六から第十までを収録しています。初版は平成21年。
訳注は伊藤博氏。
本巻には、『万葉集』の巻第十一から第十六までを収録しています。初版は平成21年。
訳注は伊藤博氏。
本巻には、『万葉集』の巻第十七から第二十までを収録しています。
岩波文庫
万葉集(一) (岩波文庫)

万葉集(一) (岩波文庫)

  • 発売日: 2013/01/17
  • メディア: 文庫
初版は2013年。
校注は、佐竹昭広氏、山田英雄氏、工藤力男氏、大谷雅夫氏、山崎福之氏。
本書は、新日本古典文学大系萬葉集』に基づき、『万葉集』全20巻の全作品4500首余の訓み下し文と注釈を、文庫版(全5冊)として刊行したものです。
原文は、別に刊行する岩波文庫『原文 万葉集』(上・下)に掲載しました。
本分冊には、『万葉集』の巻第一から巻第四までを収録しています。
万葉集(二) (岩波文庫)

万葉集(二) (岩波文庫)

  • 発売日: 2013/07/18
  • メディア: 文庫
初版は2013年。
校注は、佐竹昭広氏、山田英雄氏、工藤力男氏、大谷雅夫氏、山崎福之氏。
本分冊には、『万葉集』の巻第五から巻第八までを収録しています。
万葉集(三) (岩波文庫)

万葉集(三) (岩波文庫)

  • 発売日: 2014/01/17
  • メディア: 文庫
初版は2014年。
校注は、佐竹昭広氏、山田英雄氏、工藤力男氏、大谷雅夫氏、山崎福之氏。
本分冊には、『万葉集』の巻第九から巻第十二までを収録しています。
万葉集(四) (岩波文庫)

万葉集(四) (岩波文庫)

  • 発売日: 2014/08/20
  • メディア: 文庫
初版は2014年。
校注は、佐竹昭広氏、山田英雄氏、工藤力男氏、大谷雅夫氏、山崎福之氏。
本分冊には、『万葉集』の巻第十三から巻第十七までを収録しています。
万葉集(五) (岩波文庫)

万葉集(五) (岩波文庫)

  • 発売日: 2015/03/18
  • メディア: 文庫
初版は2015年。
校注は、佐竹昭広氏、山田英雄氏、工藤力男氏、大谷雅夫氏、山崎福之氏。
本分冊には、『万葉集』の巻第十八から巻第二十までを収録しています。
原文 万葉集(上) (岩波文庫)

原文 万葉集(上) (岩波文庫)

  • 発売日: 2015/09/17
  • メディア: 文庫
初版は2015年。
校注は、佐竹昭広氏、山田英雄氏、工藤力男氏、大谷雅夫氏、山崎福之氏。
本書は、岩波文庫版『万葉集』(全5冊)に対応する原文を示したものです。
本分冊には、『万葉集』の巻第一から巻第十までを収録しています。
原文 万葉集(下) (岩波文庫)

原文 万葉集(下) (岩波文庫)

  • 発売日: 2016/02/17
  • メディア: 文庫
初版は2016年。
校注は、佐竹昭広氏、山田英雄氏、工藤力男氏、大谷雅夫氏、山崎福之氏。
本書は、岩波文庫版『万葉集』(全5冊)に対応する原文を示したものです。
本分冊には、『万葉集』の巻第十一から巻第二十までを収録しています。
口訳万葉集(上) (岩波現代文庫)

口訳万葉集(上) (岩波現代文庫)

初版は2017年(ただし、元になった版は1916年刊)。
著者は折口信夫氏。
本邦初の、口述による『万葉集』の全現代語訳。
上巻には、『万葉集』の巻第一から巻第七までを収録しています。
口訳万葉集(中) (岩波現代文庫)

口訳万葉集(中) (岩波現代文庫)

初版は2017年(ただし、元になった版は1916年刊)。
著者は折口信夫氏。
中巻には、『万葉集』の巻第八から巻第十二までを収録しています。
口訳万葉集(下) (岩波現代文庫)

口訳万葉集(下) (岩波現代文庫)

初版は2017年(ただし、元になった版は1916年刊)。
著者は折口信夫氏。
下巻には、『万葉集』の巻第十三から巻第二十までを収録しています。
原文読解
それでは、『万葉集』の冒頭部分を読んでみましょう。
下に、「訓み下し文」「口語訳」を記しました。
いずれも、岩波文庫版からの引用です。
また、訓み下し文の下には、語注も付けてあります。
なお、原文はもちろん縦書きですが、ここでは、ブログの書式のため、横書きになりますが、ご了承下さい。
(1)

(訓み下し文)
(テキスト49ページ、1行目)
萬葉集 巻第一

万葉集(まんえふしふ)(作品名)歌集。二十巻。撰者(せんじゃ)・成立年次未詳。巻一・二を原形として奈良時代末に現在の形が成立し、最終段階で大伴家持(おおとものやかもち)が関与したとされる。現存最古の歌集で、歌数は約四千五百首。歌体は短歌を主に、長歌・旋頭歌(せどうか)・仏足石歌などを含む。部立ては雑歌(ぞうか)・相聞(そうもん)・挽歌(ばんか)を主とする。用字はすべて漢字であるが、国語の表記には漢字の音訓を組み合わせた万葉仮名が多用されている。歌風は純真素朴で、「ますらをぶり」と称される。代表歌人天智天皇額田王(ぬかたのおおきみ)・柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)・山上憶良(やまのうえのおくら)・大伴旅人(おおとものたびと)・山部赤人(やまべのあかひと)・大伴家持(やかもち)・大伴坂上郎女(さかのうえのいらつめ)など。
(くわん)(接尾)書籍などを数える。
第一(だいいち)(名)いちばん初めであること。最初。
(2)

雑歌

雑歌(ざふか)(名)歌集における歌の分類の一つ。「万葉集」では、相聞(そうもん)・挽歌(ばんか)に属さない歌。「古今集」以後の勅撰(ちょくせん)集では、春夏秋冬の四季の歌や恋・賀・離別・羇旅(きりょ)・物名(もののな)・哀傷などに属さない歌。
(3)

泊瀬朝倉宮に宇御めたまひし天皇の代 大泊瀬稚武天皇

※泊瀬の朝倉に宮を置いた天皇は雄略(ゆうりゃく)天皇(五世紀後半在位か)。安康三年十一月に泊瀬の朝倉に即位して宮を定めたという。
泊瀬(はつせ)(名)(地名)→はせ(地名)(古くは「はつせ」)奈良県桜井市初瀬。長谷(はせ)寺の門前町として観音信仰で栄える。桜の名所で知られ、また長谷寺の牡丹(ぼたん)は有名。(歌枕)
(格助)連体修飾語をつくる。/所在を表す。~にある。~にいる。
(みや)(名)皇居。御所。禁中。
(格助)場所を表す。~に。~で。
あめのした(名)日本の全国土。また、国の政治。
をさむ(他マ下二)統治する。国などをおさめる。
たまふ(補動ハ四)動詞・助動詞受身の「る」「らる」、使役の「す」「さす」「しむ」の連用形に付いて、尊敬の意を表す。お~になる。お~なさる。
(助動特殊型)今より前(過去)に起こったことをいう。以前~た。~た。
天皇(すめらみこと)(名)天皇の尊称。
(格助)連体修飾語をつくる。/時を示す。
みよ(名)天皇の治世、または在位の期間の敬称。
(おほ-)(接頭)尊敬・賞賛の意を表す。
(4)

天皇の御製の歌

御製(ぎょせい)(名)天皇・皇族が作った詩文や和歌。
(格助)連体修飾語をつくる。/資格を表す。~である。
(うた)(名)詩歌。和歌や漢詩などの総称。
(5)

1 籠もよ み籠持ち ふくしもよ みぶくし持ち この岡に 菜摘ます児 家告らな 名告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我こそ居れ しきなべて 我こそいませ 我こそば 告らめ 家をも名をも

(こ)(名)竹などで編んだかご。
もよ(間助)感動の意を表す。~よ。「籠(こ)もよみ籠持ち掘串(ふくし)もよみ掘串(ぶくし)持ち」
み-(接頭)(名詞に付いて)美称、また、語調を整える。「み籠(こ)持ち」
持つ(もつ)(他タ四)手にする。たずさえる。身につける。
ふくし(名)竹や木の先をへら状にとがらせた、土を掘る道具。「籠(こ)もよみ籠もちふくしもよみぶくし持ちこの岳(をか)に菜摘ます児(こ)」
この 自分に最も近いものを指示する語。この。ここの。「この丘に菜摘ます(=オ摘ミニナル)児(こ)」
(をか)(名)土地の小高くなった所。おか。「この岡に菜摘ます児(こ)家聞かな告(の)らさね」
(な)(名)食用の草木類の総称。「み掘串(ぶくし)持ち この岳(をか)に菜摘ます児(こ)」
摘む(つむ)(他マ四)(植物などを)つまみとる。
(助動サ四型)(上代語)尊敬の意を表す。お~になる。お~なさる。「この岳(をか)に菜摘ます児(こ)家聞かな(=菜ヲオ摘ミニナル娘サン、アナタノ家ハドコカ聞キタイ)」
(こ)(名)人を親しんで呼ぶ語。男女ともに用いる。「この岳(をか)に菜摘ます児(こ)家聞かな告(の)らさね」
(いへ)(名)自分の家。わが家。
告る(のる)(他ラ四)言う。述べる。告げる。
(終助)(上代語)他への勧誘・あつらえを表す。
(な)(名)他と区別するために呼ぶことば。呼び名。名前。
さね上代語)~でください。「この岳(をか)に菜摘ます児(こ)家聞かな告(の)らさね」
そらみつ(枕詞)「大和(やまと)」「倭(やまと)」にかかる。=そらにみつ。「そらみつ大和の国はおしなべてわれこそ居(を)れ」
大和(やまと)(名)(平安遷都まで、歴代天皇の都があったところから)日本国の称。やまとの国。
(格助)連体修飾語をつくる。/名称を示す。~という。
(くに)(名)国土。国家。日本国。
(係助)特に掲示する意を表す。(主語のように用いる)。~は。
おしなべて(副)あまねく。なにからなにまで。すべて。一様に。総じて。
(われ)(代)自称の人代名詞。わたくし。
こそ(係助)そこに示した一つを、特に強く指示する意を表す。
居り(をり)(自ラ変)いる。ある。存在する。
しきなぶ(自バ下二)くまなく支配する。広く領有する。
(接助)ある事が起こって、次に後の事が起こることを表す。~て、それから。そうして。
います(自サ四)「あり」「居(ゐ)る」の尊敬語。いらっしゃる。おありになる。
(係助)特にとりたてて言う意を表す。~は。
(助動マ四型)意志を表す。~う。~よう。
(格助)対象としてとりあげたものを示す。~を。
(係助)並列を表す。

(口語訳)
1 かごも、よいかごを持ち、へらも、よいへらを持って、この岡で若菜を摘んでおられるおとめよ、家をお告げなさいな、名を名のりなさいな。(そらみつ)大和の国は、ことごとく私が治めているのだ、すべて私が支配しておられるのだ。私こそ告げよう、家も名前も。

(6)

高市岡本宮に宇御めたまひし天皇の代 息長足日広額天皇

高市岡本宮で世を治めたのは舒明(じょめい)天皇(六二九―六四一在位)。
高市(たけち)(地名)奈良県高市(たかいち)郡の古称。
(7)

天皇の、香具山に登りて国を望みたまひし時の御製の歌

(格助)主語を示す。~が
香具山(かぐやま)(地名)奈良県橿原(かしはら)市の東部にある山。高天原(たかまのはら)にあった山が地上に降(くだ)ったものだという伝説により、古来、神聖視され、「天(あま)の香具山」と呼ばれている。耳成(みみなし)山・畝傍(うねび)山とともに大和(やまと)三山といわれる。(歌枕)
登る(のぼる)(自ラ四)高い所や上のほうへ行く。
望む(のぞむ)(他マ四)はるかに見る。ながめる。
(とき)(名)ころ。時分。折。場合。

天皇が香具山に登って国見をされた時の御歌

(8)

2 大和には 郡山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は かまめ立ち立つ うまし国そ あきづしま 大和の国は

大和(やまと)(名)(地名)旧国名。「畿内(きない)」五か国の一つ。今の奈良県。和州(わしゅう)。
には ~には。
群山(むらやま)(名)むらがっている山。多くの山々。「大和(やまと)には群山あれどとりよろふ天(あま)の香具(かぐ)山」
在り(あり)(自ラ変)存在する。/(物が)ある。
(接助)逆接の確定条件を表す。~けれども。~のに。~だが。
とりよろふ(自ハ四)(上代語)語義未詳。(草木で)装(よそお)う意、足りそなわる意、郡に近く寄っている意、(村山が)寄り合っている意などの諸説がある。「大和(やまと)には群山(むらやま)あれどとりよろふ天(あま)の香具(かぐ)山」
天の(あめの)(連体)「あまの」とも。天または宮廷に関する事物に冠する語。天の。空にある。
立つ(自タ四)上方にまっすぐになる。起立する。
国見(くにみ)(名)天皇が高い所に登って、国情や人民の生活状態を観察すること。
(他サ変)ある動作を起こす。ある行為をする。
(接助)その事に続いて、次に述べる事が起こったことを表す。~すると。
国原(くにはら)(名)広々と開けた土地。平野。「国見をすれば国原は煙(けぶり)立ち立つ」
(けぶり)(名)飯をたくけむり。転じて、生計。
立ち立つ(たちたつ)(自タ四)次々に飛び立つ。ほうぼうに立つ。「国原は煙(けぶり)立ち立つ海原(うなばら)は鷗(かまめ)立ち立つ」
海原(うなばら)(名)広々とした海。広い池や湖についてもいう。「海原は鷗(かまめ)立ち立つ」
かまめ(名)(上代語)海鳥の名。かもめ。
うまし(形シク)りっぱだ。すばらしい。
(係助)→ぞ(係助)文末にあって断定する意を表す。~だ。~である。
あきづしま(名)(枕詞)「大和」にかかる。「うまし(=ヨイ」国ぞあきづしま大和の国は」

2 大和の国には多くの山々があるが、いちばん近くにある天の香具山、そこに登り立って国見をすると、広い平野には、かまどの煙があちこちから立ちのぼっている。水面には、白い鷗の群がしきりに飛び立っている。素晴らしい国だよ、(あきづしま)大和の国は。

(9)

天皇の内野に遊猟したまひし時に、中皇命の、間人連老をして献らしめし歌

(格助)時を示す。~(とき)に。
(格助)(上代語)所属の意を表し、連体修飾語をつくる。~の。~にある。
(格助)連体修飾語をつくる。/所属を表す。
(むらじ)(名)上代の「姓(かばね)」の一つ。もと「臣(おみ)」とならんで朝政に参与する家柄であったが、天武天皇の時代、「八色(やくさ)の姓」が定められ七位となった。
して(格助)使役の対象を示す。~に命じて。~に(~させて)。~をして。
たてまつる(他ラ四)「与ふ」の謙譲語。さし上げる。
しむ(助動マ下二型)使役の意を表す。~せる。~させる。

天皇が宇智の野で狩をされた時に、中皇命が間人連老に奉らせた歌

(10)

3 やすみしし わが大君の 朝には 取り撫でたまひ 夕には い寄り立たしし みとらしの 梓の弓の なか弭の 音すなり 朝狩に 今立たすらし 夕狩に 今立たすらし みとらしの 梓の弓の なか弭の 音すなり

やすみしし(枕詞)「わが大君」「わご大君」にかかる。
(あした)(名)あさ。
取り撫づ(とりなづ)(他ダ下二)手に取って。
ゆふべ(めい)(上代は「ゆふへ」。)日暮れ時。夕方。宵。
い寄る(いよる)(自ラ四)(上代語)寄る。近寄る。「わご大君の朝(あした)にはとり撫(な)でたまひ夕べにはい寄り立たしし御執(みと)らしの梓(あづさ)の弓の」
立たす(たたす)(上代語)お立ちになる。
みとらし(名)手にお取りになる物。転じて、貴人の弓の敬称。御弓。「みとらしの梓(あづさ)の弓の金弭(かなはず)の音すなり」
(あづさ)(名)木の名。落葉高木である夜糞峰榛(よぐそみねばり)の別名という。材は弓を作り、また版木に用いる。
(格助)連体修飾語をつくる。/材料を表す。「あづさの弓」
(ゆみ)(名)武器の一つ。木または竹などをたわめ、弦を張って矢を射るもの。古くは丸木弓で壇(まゆみ)・梓(あずさ)・櫨(はじ)・槻(つき)などを材とした。
なか(名)まん中。中央。
(はず)(名)弓の両端の弦をかける所。弓筈(ゆはず)。
(格助)連体修飾語をつくる。/所有を表す。~が持っている。~のものである。
(おと)(名)空気の波動で生じる聴覚の刺激。声。響き。
(自サ変)ある動作が起こる。ある状態となる。
なり(助動ナリ型)断定を表す。~である。~だ。
朝狩り(あさかり)(名)「あさかり」とも。早朝に行う狩り。⇔夕狩り
(格助)動作の目的を示す。~のため。
(いま)(副)すぎに。ただちに。
立つ(たつ)(自タ四)出発する。旅に出る。
らし(助動特殊型)明らかな事実・状態を表す語に付いて、その原因・理由を推定する意を表す。~というので~らしい。
夕狩り(ゆうかり)(名)夕方の狩り。「夕狩りに今立たすらし(=今オ出カケニナルラシイ)」⇔朝狩り

3 (やすみしし)我が大君が、朝には手に取って撫でいつくしまれ、夕べにはそのそばに寄り立たれた、ご愛用の梓の弓の中弭の音が聞こえる。朝狩にいま出発なさるらしい、夕狩にいま出発なさるらしい。ご愛用の梓の弓の中弭の音が聞こえる。

(11)

反歌

反歌(はんか)(名)和歌の一形式。長歌の終わりに詠み添える短歌。長歌の大意をまとめ、またはその意を補う。「万葉集」に例が多い。
(12)

4 たまきはる宇智の大野に馬並めて朝踏ますらむその草深野

たまきはる(枕詞)「命」「いくせ」「うち」「吾(わ)」などにかかる。
大野(おほの)(名)広い野原。「たまきはる宇智(うち)の大野に馬並(な)めて朝踏ますらむその草深野」
(うま)(名)家畜の一種。うま。
並む(なむ)(他マ下二)並べる。連ねる。
(あさ)(名)夜が明けてからしばらくの間。
踏む(ふむ)(他マ四)踏み歩く。
らむ(助動マ四型)現在見えない所で行われている事実について、想像・推量する意を表す。今ごろ~しているだろう。
その 近い前に話題にのぼった事物であることを示す語。その。あの。
草深野(くさふかの)(名)草の深く茂った、人の行き来の少ない野。「たまきはる宇智(うち)の大野に馬並(な)めて朝踏ますらむその草深野」

4 (たまきはる)宇智の大野に馬を並べて、朝の野をお踏みになっているであろう、その草深野よ。

(13)

讃岐国の安益郡に幸したまひし時に、軍王の、山を見て作りし歌

讃岐(さぬき)(地名)旧国名
(くに)(名)行政上の一区域。
(こほり)(名)令制で、国の下に属する地方行政区画。郷(ごう)・里・町・村などを含む。のちの郡(ぐん)にあたる。
みゆき(名)天皇上皇法皇女院のおでかけ。中世以後は音読して、「行幸(ぎやうかう)」を天皇、「御幸(ごかう)」を上皇法皇女院に用いた。いでまし。
(やま)山。山岳。
見る(他マ上一)見る。目にとめる。
作る(つくる)(他ラ四)歌・文章などを作る。詠む。

讃岐国の安益郡に行幸された時に、軍王が山を見て作った歌

(14)

5 霞立つ 長き春日の 暮れにける たづきも知らず むらきもの 心を痛み ぬえこ鳥 うらなけ居れば 玉だすき かけのよろしく 遠つ神 わが大君の 行幸の 山越す風の ひとり居る わが衣手に 朝夕に かへらひぬれば ますらをと 思へる我も 草枕 旅にしあれば 思ひ遣る たづきを知らに 網の浦の 海人娘子処女らが 焼く塩の 思ひそ焼くる わが下心

(かすみ)(名)朝・夕などに、微細な水滴が空中に浮遊して一面に白っぽくただよい、空や遠方などがぼんやり見える現象。
立つ(たつ)(自タ四)(雲・霧・霞(かすみ)・煙などが)出る。たちこめる。
長し(ながし)(形ク)(時間的に)へだたりが大きい。
春日(はるひ)(名)春の日。
暮る(くる)(自ラ下二)日が落ちて暗くなる。夕方になる。
(助動ナ変型)動作または作用が完了した意を表す。~た。~てしまう。~てしまった。
けり(助動ラ変型)現状から、過去の体験を思い起こす意を表す。~たのだ。
たづき(めい)手段。方法。手がかり。たより。
(係助)(否定の文に用いて)否定を強める。
知る(しる)(他ラ四)意識する。感知する。「長き春日の暮れにけるわづきも知らず(=イツ暮レタカモ気ガツカズ)」
(助動特殊型)打消の意を表す。~ない。
むらきもの(枕詞)心のはたらきは内臓によるとされたことから「心」にかかる。「むらきもの心を痛み」
(こころ)(名)知識・感情・意志の総称。(肉体に対する)精神。
痛む(いたむ)(自マ四)迷惑がる。苦痛に感じる。
ぬえこどり(枕詞)悲しげに鳴くことから「うらなく」にかかる。「ぬえこどりうらなけ居(を)れば」
うらなく(自カ下二)心の中で自然と泣けてくる。しのび泣く。「村肝(むらきも)の(=枕詞)心を痛み鵼子鳥(ぬえことり)(=枕詞)うら泣けをれば」
居り(をり)(補動ラ変)動作・状態の継続を表す。助動詞的に用いられる。じっと~している。
たまだすき(枕詞)「たすき」をうなじにかけるところから「かく」に、また「うなじ」と類音の「うね」にかかる。
かけ(名)口の端にかけること。また、そのことば。「鵼子鳥(ぬえこどり)(=枕詞)うらなけをれば玉襷(たまだすき)(=枕詞)掛けのよろしく(=コトバダケデモウレシク)」
よろし(形シク)満足できる程度である。まずまずよい。
遠つ神(とほつかみ)(枕詞)大君がはるかな神の子孫であるとのことから「大君」にかかる。「遠つ神わご大君の」
わが大君(おほきみ)(当代の天皇を敬っていう語)今上天皇
行幸(いでまし)(名)天皇・皇子などがお出かけになること。みゆき。行幸(ぎょうこう)。
越す(こす)(自サ四)物の上を越えて通る。越える。
(かぜ)(名)空気の流動。かぜ。
ひとり(名)単独であること。また、その物だけであること。
わが 私の。われわれの。
衣手(ころもで)(名)袖(そで)。
(格助)動作の方向を示す。~(の方)へ。
あさよひ(名)朝と夕べ。朝晩。
かへらふ上代語)くり返しする。
(接助)順接の確定条件を表す。~ので。~から。
ますらを(名)勇ましくりっぱな男子。勇士。
(格助)言ったり、思ったりする内容を受けていう。引用の「と」。
思ふ(おもふ)(他ハ四)判断する。思いわきまえる。理解する。
(助動ラ変型)完了した動作・作用の結果が存続している意を表す。~ている。~てある。
草枕(くさまくら)(枕詞)「旅」「結ぶ」「ゆふ」「かり」「露」、地名の「多胡(たご)」などにかかる。
(たび)(名)家を離れて、一時他の場所へ行くこと。また、その途中。旅行。
(格助)場合・状況などを示す。~に。~の場合に。
(副助)強意を表す。
あり(自ラ変)存在する。/(人・動物が)いる。
思ひ遣る(おもひやる)(他ラ四)思いを晴らす。憂いを晴らす。
上代語)打消の助動詞「ず」の連用形の古形。~ないで。~ないので。
あまをとめ(名)年若い海女(あま)。「あまをとめらが焼く塩の思ひぞ焼くるわが下ごころ」
-ら(接尾)(主として人を表す体言に付いて)複数である意を表す。
(格助)体言・活用語の連体形に付き、あとに述べる事態をもたらしたものを指示する。一般に主語を示すといわれるもの。~が。
焼く(やく)(他カ四)火をつけて燃やす。
(しほ)(名)食塩。
思ひ(おもひ)(名)いつくしみ。いとおしみ。愛情。恋い慕う気持ち。
(係助)→ぞ(係助)強く指示する意を表す。
焼く(やく)(自カ下二)思いこがれる。「網の浦の海処女(あまをとめ)らが焼く塩の思ひぞ焼くるわが下ごころ」
下心(したごころ)(名)内心。表面に表さない心の中。

5 霞の立つ春の長い日がいつ暮れたのかも分からないほど(むらきもの)心が苦しいので、(ぬえこ鳥)心の中で泣いていると、(玉だすき)その言葉だけでも嬉しいことに、(遠つ神)我が大君が行幸なさっている、この山を越えて吹き下ろす風が、一人でいる私の袖に、朝な夕なに吹いては帰ってゆくので、立派な男と自負する私ですら、(草枕)旅の空にいるので、憂いを晴らすすべもなく、網の浦の海人の娘たちが焼く塩のように、思い焦がれ続けている、私の胸のうちは。

(15)

反歌

(16)

6 山越しの風を時じみ寝ぬる夜よおちず家なる妹をかけて偲ひつ

時じ(ときじ)(形シク)時節に関係がない。いつもある。
-み(接尾)(形容詞の語幹(シク活用には終止形)および助動詞「べし」の語幹相当部分、助動詞「まじ」の終止形に付いて)原因・理由を表す。多く「名詞+~み」の形をとる。~なので。~だから。「山越(こ)しの風を時じみ(=風ガ絶エズ吹クノデ)寝(ぬ)る夜おちず(=寝ル夜ハイツモ)家なき妹(いも)を懸けて偲(しの)ひつ」
(ぬ)(自ナ下二)ねる。ねむる。横になる。また、共寝をする。
(よ)(名)日没から日の出までの間。よる。
おちず 残らず。もらさず。
(いへ)(名)自分の家。わが家。
なり(助動ナリ型)所在を表す。~にある。~にいる。
(いも)(名)男性から妻・恋人・姉妹、その他いとしい女性を呼ぶ語。おもに妻・恋人にいう。
かく(他カ下二)ある事物に対して心を向ける。/心に思う。恋心をいだく。
偲ぶ(しのぶ)(他バ四)(上代は「しのふ」)思い慕う。恋い慕う。なつかしむ。
(助動タ下二型)動作・作用の完了した意を表す。~た。~しおえる。~てしまう。~てしまった。

6 山を越えて吹く風が絶え間ないので、夜ごとの寝床で、家にいる妻を心にかけて思った。

(17)

右は、日本書紀を撿ふるに、讃岐国に幸したまひしことなし。

(みぎ)(名)右側。右の方。
日本書紀(作品名)歴史書。三十巻。舎人(とねり)親王ら撰(せん)。養老四年(七二〇)完成奏上。神代から持統(じとう)天皇に至る歴史を漢文編年体で記す。「古事記」と密接な関係を有するが、「古事記」に比べ諸説を列挙するなど考証的であり、また漢文風潤色が施されている。「日本紀(にほんぎ)」とも。「六国史(りくこくし)」の第一。
かんがふ(他ハ下二)思慮する。調べただす。また、占いによって吉凶を判断する。
(接助)事実を述べて、下につづける。~と。~したところが。
こと(名)意味。内容。
なし(形ク)存在しない。ない。

右は、日本書紀について調べてみると、舒明天皇讃岐国行幸した記録はない。

(18)

また軍王も未だ詳らかならず。

また(接)ならびに。および。
(係助)ある物事にさらにもう一つの物事を添える。~もまた。
未だ(いまだ)(副)(下に打消の表現を伴って)まだ。今でもまだ。
詳らか(つまびらか)(形動ナリ)事細かなさま。くわしいさま。明瞭(めいりょう)なさま。
ならず ~ではない。

また軍王についても未詳である。

(19)

但し、山上憶良大夫の類聚歌林に曰く、「記に曰く、「天皇の十一年己亥の冬十二月己巳の朔の壬午、伊与の温湯の宮に幸したまひき云々」といふ。一書に、「この時に、宮の前に二つの樹木在り。この二樹に、斑鳩と比米の二鳥大いに集まる。時に勅して、多く稲穂を挂けて、これを養はしめき。乃ち歌を作りき云々」といふ。

但し(ただし)(接)しかし。もっとも。それはそれとして。
山上憶良(やまのうへのおくら)(人名)(六六〇―七三三?)奈良時代歌人。大宝二年(七〇二)遣唐使として入唐(につとう)、五年後、新知識を得て帰国。のち伯耆守(ほうきのかみ)・筑前守(ちくぜんのかみ)などを歴任。漢詩文に長じ、儒仏の思想にも精通していた。人生の矛盾への批判や深い人間愛を歌い、社会詩人と評される独自の歌境を示した。「万葉集」に長歌十一首・短歌五十三首が見える。「思子等歌(こらをおもううた)」「貧窮問答歌」などが有名。
大夫(たいふ)(名)令制で、五位の者の通称。
(格助)連体修飾語をつくる。/作者を示す。
類聚歌林(るいじゅうかりん)(作品名)奈良前期の私撰(しせん)集。七巻(現存しない)。山上憶良(やまのうえのおくら)編。皇室関係の古歌を部類別に集成したものとされるが、「万葉集」の左注に引用されるのみで全容は不明。「歌林」とも。
曰く(いはく)言うこと。言うことには。言うよう。
(き)(名)「日本書紀」の略称。「紀に曰(い)はく」
(いち)(名)数の名。ひとつ。
(ねん)(名)一年。十二か月の期間。
(ふゆ)(名)四季の一つ。陰暦十月から十二月までの称。立冬から立春の前日まで。
(ついたち)(名)陰暦で、月の第一日。
伊予(いよ)(地名)旧国名
(みや)(名)伊勢(いせ)神宮をはじめ、特別の神をまつる神社の称。また、一般に神社の称。
いふ(自他ハ四)ことばで形容する。
(しょ)(名)文書。書物。書類。
この 話題となっているものを指示する語。この。
二つ(ふたつ)(名)数の名。二(に)。
斑鳩(いかるが)(名)小鳥の名。いかる。
(格助)いくつかの事柄を並列する。~と~と。
なり(助動ナリ型)状態・性質を表す。~である。
(ちょく)(名)天皇のおことば・命令。みことのり。
多し(おほし)(形ク)多い。数量がたくさんある。程度がはなはだしい。
掛く(かく)(他カ下二)物につけてぶらさげる。/つり下げる。
これ(代)近称の指示代名詞。話し手に近い事物・場所などをさす。/事物をさす。このもの。このこと。
養ふ(やしなふ)(他ハ四)はぐくみ育てる。めんどうをみる。
乃ち(すなはち)(接)そこで。その時に。そして。
作る(つくる)(他ラ四)歌・文章などを作る。詠む。

但し、山上憶良大夫の類聚歌林には、「日本書紀に「舒明天皇の十一年(六三九)十二月十四日、伊予の温泉の離宮行幸云々」とある。一書には、「この時、離宮の前に二本の木があった。この二本の木に、斑鳩と比米の二種の鳥が群れ集まった。天皇は勅命を以て、多くの稲穂を掛けて餌として与えた。その時にこの歌を詠んだ云々」と言う」と載っている。

(20)

若し疑ふらくは、ここより便ち幸したまひしか。

若し(もし)(副)(仮定表現に用いて)仮に。万一。
疑ふ(うたがふ)(他ハ四)疑う。不審に思う。
-らく 連体形末尾が「る」となる語のク語法の語尾。その語を名詞化する。文末では詠嘆の意を添える。~すること。~することよ。
(係助)(形容詞型活用の語、および打消の助動詞「ず」の連用形に付いて)仮定の条件を表す。~ならば。
ここ(代)近称の指示代名詞。話し手に近い所をさす。この場所。
より(格助)動作・作用の時間的・空間的な起点を示す。~から。
すなはち(副)すぐに。たちまち。ただちに。
(係助)疑いの意を表す。~か。~だろうか。

思うに、天皇は伊予から続いて讃岐に行幸したのであろうか。

【参考文献】
1995年度 二文.pdf - Google ドライブ
詳説日本史B 改訂版 [日B309] 文部科学省検定済教科書 【81山川/日B309】笹山晴生佐藤信五味文彦、高埜利彦・著(山川出版社
精選日本文学史』(明治書院
旺文社古語辞典 第10版 増補版』(旺文社)

『舞踏会の手帖』

この週末は、ブルーレイで『舞踏会の手帖』を見た。

1937年のフランス映画。
有名な映画なので、タイトルだけは知っていたが、恥ずかしながら未見だった。
監督は、『我等の仲間』『旅路の果て』の巨匠ジュリアン・デュヴィヴィエ
音楽は、『我等の仲間』『北ホテル』のモーリス・ジョベール。
主演はマリー・ベル。
モノクロ、スタンダード・サイズ。
優雅な音楽から始まる。
イタリアの湖畔。
旦那が亡くなり、喪服姿の未亡人クリスティーヌ(マリー・ベル)。
彼女は夫を愛していなかった。
自分のことを「恋を知らない女」と言う。
彼女はどこかへ旅に出ようと思った。
夫の形見を全て召し使い達に与え、思い出の品を炉に投じた。
持ち物の中から、「舞踏会の手帖」が出て来る。
20年前の1919年、16歳の時に参加した舞踏会で踊った10人の男性の名前が書き連ねてある。
彼女は、その舞踏会の様子を思い出した。
金髪で、ギリシア神話に登場する神のように美しく、彼女が秘かに愛を感じたジェラール。
亡き夫の秘書であったブレモンに頼んで、その10人の住所を調べてもらうと、その内の二人は既に他界していた。
現代の感覚だと、どうしてこれで住所が調べられるのかが分からないが。
個人情報の保護なんていう観念はなかった時代だ。
そして、ジェラールの住所だけが分からない。
彼女は、その男性達を訪ねて回ろうと決意する。
これはどうなんだろう。
確かに、34歳で未亡人になったというのは気の毒だが、昔の男を訪ねようっていうのは、女性に一般的なのだろうか。
そうではないような気がする。
まあ、それを言ってしまうと、この話しは成り立たない。
一人目はジョルジュ。
応対したばあやは、「ジョルジュさんはお亡くなりになりました」と言うが、ジョルジュの母親(フランソワーズ・ロゼー)が出て来て、それを覆す。
しかし、すぐに、この母親が狂っていると判る。
ジョルジュは、クリスティーヌにフラれたショックでピストル自殺したのだ。
母親の中では、20年前で時が止まっている。
クリスティーヌは20年前、大金持ちと婚約して、イタリアの古城に移り住んだ。
それが死んだ旦那なのだが。
それ以来、ジョルジュは引きこもってしまったという。
母親は、クリスティーヌのことを、クリスティーヌの母親だと思っている。
彼女の中では、クリスティーヌも、20年前で止まっている。
「息子はもうすぐ24歳」なんて平気で言う。
息子の葬式の招待状が大量に残っている。
クリスティーヌは、だんだん怖くなって来る。
要するに、母親は息子の自殺のショックで狂ってしまったのだ。
結局、「帰って!」とクリスティーヌは追い返される。
まあ、人生において、好きな女性にフラれるなんていうのはよくあることで、そんなことで死んでいたら、命が幾つあっても足りない。
二人目は、文学少年だったピエール(ルイ・ジューヴェ)。
彼はかつて、ヴェルレーヌの詩を暗唱していた。
今ではジョーと名を変えて、キャバレーを経営していた。
しかし、裏では、客として訪れた男爵の殺害を画策するなど、犯罪集団のボスでもあった。
クリスティーヌが店を訪ね、店員に、ヴェルレーヌの詩の一節をピエールに伝えるように告げる。
ピエールはすぐに、彼女が誰だか分かった。
この店では、トップレスのダンサーが踊っている。
この時代に、トップレスの女性が出演しているというのは驚きだ。
で、最初、ピエールはクリスティーヌがカネに困って自分を訪ねて来たのだと勘違いし、この店で働かせ、客をあてがおうとする。
「わたしはジョーではなくピエールに会いに来た」と彼女に言われ、ようやく誤解が解ける。
ピエールは一度、弁護士にもなったが、犯罪に手を染め、3年間、刑務所に入る。
出所後、今の店を開いた。
「あなたは変わったわ。」
昔話しに時が過ぎ去るのを忘れたピエールは、逃げるタイミングを逃し、踏み込んで来た官憲に連行される。
ああ、何ということだ。
続いて、修道院へ。
少年聖歌隊を指導する神父ドミニクがいる。
少年に「ラテン語で歌える?」なんて尋ねる。
彼は、気の毒な境遇の少年に聖歌を教えているのだ。
合唱の練習中に、クリスティーヌが訪ねて来る。
彼女はアランの消息を尋ねる。
そのアランこそが、今は神父のドミニクなのであった。
それにしても、どうしてみんな、こうも訳アリかねえ。
主は、昔のことは忘れよと言ったという。
かつてアランは新進の音楽家であった。
苦悩と信仰から修道院へやって来たという。
アランは昔、舞踏会である令嬢と出会った。
彼は、「希望の日のソナタ」という愛の曲を弾いた。
しかし、令嬢は聴いていなかった。
隣席の男と談笑していた。
アランは、「年齢が違い過ぎたのだ」と諦める。
その後、息子が死んだ(この息子がどこから来たのかの説明はない)。
失意のどん底の時、主が現われ、「他人様の子を育てよ」と告げる。
ドミニクはクリスティーヌに、「令嬢は今も私の心の中に生きている、昔のまま」と。
クリスティーヌは静かに立ち去る。
さあ、これからどうなる?
こんな調子で、7人の過去の男が登場するが、ことごとくロクでもない。
最後はキレイにオチが着く。
映画としてはまとまっている。
クリスティーヌの自己顕示欲には男として腹が立つが、ラストがうまく行ったので、映画として評価されているのかも知れない。
まあ、人間模様を描いた作品としてはいいのか。
ヴェネツィア国際映画祭外国映画大賞受賞。

A Dream Sequence from UN CARNET DE BAL

『オーソン・ウェルズのフォルスタッフ』

この週末は、ブルーレイで『オーソン・ウェルズのフォルスタッフ』を見た。

1966年のスペイン・スイス合作映画。
監督・脚色・衣装デザイン・主演は、『市民ケーン』(製作・脚本・出演)、『偉大なるアンバーソン家の人々』(製作・監督・脚本)、『第三の男』(出演)、『黒い罠』(監督・脚色・出演)、『審判(1963)』(監督・脚色・台詞・出演)、『007/カジノ・ロワイヤル(1967)』(出演)の名優オーソン・ウェルズ
原作はウィリアム・シェイクスピア
撮影は、『審判(1963)』のエドモン・リシャール
出演は、『エレファント・マン』『炎のランナー』『ガンジー』『ハムレット(1997)』の名優ジョン・ギールグッド、『恋人たち(1957)』『鬼火(1963)』『審判(1963)』の大女優ジャンヌ・モロー
本作は、僕が学生の頃、どこかの名画座かミニ・シアターの特集上映に掛かっていたが、観に行こうと思いながら、結局、観に行かなかった。
フォルスタッフは、シェイクスピアの『ヘンリー四世』(恥ずかしながら未読)に出て来る、肥満で、大酒飲みで、女好きで、臆病な老騎士。
シェイクスピアの作品では、シャイロックと並ぶ人気キャラクター。
エリザベス1世は、フォルスタッフをいたく気に入り、シェイクスピアに彼を主演にした作品を書くよう命じて、『ウィンザーの陽気な女房たち』(恥ずかしながら未読)が書かれた。
『ヘンリー四世』の続編が『ヘンリー五世』(恥ずかしながら未読)で、こちらはローレンス・オリヴィエケネス・ブラナーが映画化している。
ローレンス・オリヴィエ版は彼の監督第1作で、1945年だがカラーの大作であり、見事な合戦シーンもある。
スタンリー・キューブリックは、自分が好きな映画のベスト10に挙げている(ちなみに、『市民ケーン』もその中に入っている)。
スパルタカス』や『バリー・リンドン』への影響を感じさせる。
ローレンス・オリヴィエ版は以前、DVDで見た。
ケネス・ブラナー版は1989年、やはり彼の監督第1作で、「ローレンス・オリヴィエの再来」と言われた。
これは、僕は高校時代に京都の朝日シネマで観ている。
シェイクスピアの史劇については、『リチャード三世』以外、ほとんど読んでいないな。
精進しなければ。
あと、オーソン・ウェルズシェイクスピア映画だと、『オーソン・ウェルズのオセロ』も斬新で良かったな。
話しを『フォルスタッフ』に戻す。
モノクロ、ワイド。
画質はイマイチ。
軽快な笛の音。
雪の中、小屋へと到着するフォルスタッフ(オーソン・ウェルズ)とシャロー(アラン・ウェッブ)。
「何と懐かしい時でしょう」とシャロー。
余談だが、オーソン・ウェルズは目が和田秀樹先生にちょっと似ているな。
和田先生のお腹はこんなに大きくないが。
タイトル・ロール。
コミカルなテーマ曲。
時は、リチャード二世が殺され、ボリングブルック公(ジョン・ギールグッド)がヘンリー四世として即位した1400年。
王は先王の世継ぎの婚姻であるパーシー一族の若武者ホットスパー(ノーマン・ロッドウェイ)に怒り心頭。
「裏切り者にはカネを払わん!」
まあ、しかし、背景には色々とあって、先王はエドマンドを後継者にしたはずだが、ボリングブルックがヨークの大司教を云々…。
この辺は、イギリスの歴史に詳しくないとよく分からん。
ちなみに、高校世界史レベルでは、そんなに詳細な部分まで出て来ない。
ただ、本作は、喜劇として非常によく出来ていて、そんな細かいことが分からなくても、十分に人間関係を把握して、楽しめるようになっている。
で、皇太子ハル(キース・バクスター)は、下町の怪しい売春宿に入り浸り、フォルスタッフとつるんでいる。
フォルスタッフは、騎士なので、「サー」の称号は持っているが、借金漬けで、常にカネがない。
宿代もツケなので、ハルや従臣ポインズ(トニー・ベックリー)も誘って、追い剥ぎに行く。
皇太子が売春宿に入り浸って、追い剥ぎって、とんでもないよね。
一方、ホットスパーの父は病気で動けない。
ホットスパーは、妻のケイト(マリナ・ヴラディ)が止めるのも振り払って、王に戦いを挑むため出陣する。
一方、フォルスタッフは追い剥ぎに成功するが、ハルとポインズが役人に変装して、フォルスタッフからそのカネを奪う。
まあ、変装というのは、シェイクスピア劇のお家芸だね。
僕は、シェイクスピアの戯曲で読んでいないのはたくさんあるが(自慢にならない)、映画化作品は結構見た。
戯曲というのは、役者が演じて初めて完成するものだから、これでいいのである。
一方、王はホットスパーの反乱に怒っていた。
毎日放蕩三昧のハルを探せと部下に命じる。
その頃、フォルスタッフはハルとポインズを「臆病者」とののしっていた。
しかし、本当の臆病者はフォルスタッフであった。
フォルスタッフは毎度、ウソの武勇伝をでっち上げる。
何か、バリー・リンドンが死にかけの息子に戦争の手柄話しをでっち上げたのを思い出すが。
で、武勇伝はウソでも、結果的に、奪われたと思ったカネはハルとポインズが持っていたので、カネが戻って来てフォルスタッフは喜ぶ。
そして、またドンチャン騒ぎに興じるのであった。
一方、裏切り者のホットスパーは戦争を始める。
フォルスタッフは、そんなことは構わず、王のモノマネを披露しては、自画自賛している。
ハルも対抗して王のモノマネを披露する。
自画自賛していたフォルスタッフをボロカスにけなす。
一同大ウケ。
何か、ちょっとフォルスタッフが気の毒になるが。
それにしても、オーソン・ウェルズは丸々と太って、まさに適役だ。
そして、素晴らしい演技力。
演出も、コメディーとして見事だ。
フォルスタッフは、王のモノマネをして、「ハルの取り巻きとしてフォルスタッフだけは残しなさい」と告げるのだが、果たして、この言葉はハルに通じたのか…。
売春宿に手入れが。
女達は逃げ惑う。
ハルがベッドで女を侍らせながら応対する。
「フォルスタッフはここにいない。帰れ!」
さすがの官憲も、皇太子に言われては、引き下がらざるを得ない。
たとえ相手が裸でも。
戦争が始まるぞ。
ハルは城へ戻った。
フォルスタッフは、馴染みの娼婦ドル(ジャンヌ・モロー)と別れを惜しむ。
王は「謀反人の手下に成り下がるな」とハルに警告する。
王とハルが二人きりで話す。
「お前の低俗な仲間。先王は道化どもを連れ歩き、王の権威を汚した。お前も同じだ!」
「これからは心を入れ替えます。」
ホットスパーの方がお前より王の資質を備えている。」
こうまで言われて、ハルは決意する。
ホットスパーの首をとる!」と。
フォルスタッフも戦争へ行くことになった。
誰も軍資金を出さないので、貧しい兵隊しかいない。
フォルスタッフは、こんな時でも酒を求める。
ホットスパーは、王も皇太子も取り巻きも迎え撃つ覚悟。
フォルスタッフはシャローを訪ねる。
6名の勇敢な兵士を紹介されるが、どいつもこいつもロクなのがいない。
フォルスタッフの人選もデタラメ。
一方、戦場ではホットスパーの使者と王が対峙していた。
ハルがホットスパーとの一騎打ちを申し込む。
戦闘シーンは、まるでクロサワ映画のような迫力である。
馬の疾走感がスゴイ。
ホットスパーの下へ使者が戻り、戦いをけしかける。
フォルスタッフは、ハルに「名誉は命を守ってくれない」と、如何にもシェイクスピアっぽいセリフを残す。
合戦シーンは『影武者』なみにスゴイのだが、時々コマ落としを使ったりして、コミカルさを出している。
巨大な鉄兜姿のフォルスタッフが戦場をうろちょろする様は、ギャグである。
しかし、兵士が棍棒で相手をボコボコにする場面は迫力がある。
とにかく、棍棒が重そうなのだ。
ぬかるみに馬が足を取られるシーンは、『七人の侍』を彷彿とさせる。
で、フォルスタッフは何もせず、突っ立っている。
とうとう、ホットスパーとハルの決闘が始まる。
さすがに、王の血を引いているだけあって、あんなにチャラチャラした遊び人だったハルが立派に戦い、ホットスパーにとどめを刺す。
フォルスタッフは死んだフリをしている。
そして、ホットスパーを仕留めたことまで、自分の手柄にしようとするのであった。
さあ、これからどうなる?
フォルスタッフの名ゼリフ「強い酒をしこたま飲め。」
それから、喜劇だが、途中、王の独白があり、これはジョン・ギールグッドが朗々と唱えて素晴らしい。
さすが、伝説の名優である。
そして、本作の結末は切ない。
実に切ない。
シェイクスピアは敷居が高いと思っている人も、本作を見ると、いつの間にか引き込まれることだろう。
笑いあり、涙ありの、喜劇のお手本だな。
カンヌ国際映画祭20周年記念大賞、技術大賞受賞。

Chimes at Midnight Re-Release Trailer 1 (2016) - Orson Welles Movie HD

『幸福な生活について』を原文で読む(第5回)

(テキスト14ページ、1行目~)

2 Quaeramus ergo quid optimum factu sit non quid usitatissimum, et quid nos in possessione felicitatis aeternae constituat non quid vulgo veritatis pessimo interpreti probatum sit.

quaerō -ere -sivī -situm(他)捜す、捜し求める
ergō(接)従って、それゆえに
quis quis quid(代)(関係詞)~はだれでも(何でも)
optimus(形)(最上級)最もよい(すぐれた)、最高の
faciō -cere fēcī factum(他)する、行なう
sum esse fuī(自)(繋辞として)~である
nōn(副)~でない
ūsitātus -a -um(形)(完了分詞)通常の、普通の、慣例の
et(接)~と(そして)~
nōs(代)(複)我々、私たち(→ego)
in(前)(+奪格)(限定して)~に関して、~の点において
possessiōnis(女)所有
fēlīcitās -ātis(女)幸運、幸福
aeternus -a -um(形)永遠の
constituō -ere -stituī -stitūtum(他)定住させる
vulgus -ī(中)民衆、大衆
vēritās -ātis(女)真実、事実
pessimus -a -um(形)(最上級)最も悪い(まずい)
interpres -pretis(男)(女)解釈者、説明者
probātus -a -um(形)(完了分詞)(良いと)認められた、評価された、すぐれた

Vulgum autem tam chlamydatos quam coronatos voco; non enim colorem vestium quibus praetexta sunt corpora aspicio; oculis de homine non credo, habeo melius et certius lumen quo a falsis vera dijudicem; animi bonum animus inveniat.

autem(接)さらに、そのうえ
tam(副)tam ~ quam ~ ~と同様(同じ程度)に
chlamydātus -a -um(形)chlamysを着た
chlamys -ydis(女)右肩で留める短い外套(主に兵士が着用した)
quam(副)(関係詞)~のように、~と同様に ・tam ~ quamのように~
corōnō -āre -āvī -ātum(他)花冠で飾る
vocō -āre -āvī -ātum(他)~を~と名づける(呼ぶ)
enim(接)なぜならば、というのも
color -ōris(男)色
vestis -is(女)衣服、衣装
quī quae quod(代)(関係代名詞)(+直説法)(事実関係)~するところの(人・もの)
praetexō -ere -texuī -textum(他)おおう、包む(+物・事の対格+物・事の奪格)
corpos -poris(中)身体、肉体
aspiciō -cere -spexī -spectum(他)見る、じっと見つめる、注視する(+物・事の対格)
oculus -ī(男)目
(前)(+奪格)(関連・限定)~に関して、~について
homō -minis(男)(女)人、人間
crēdō -ere -didī -ditum(他)信頼する、信用する(+与格)
habeō -ēre habuī habitum(他)(性質・権利・機能などを)有する
melior -or -us(形)(比較級)よりよい、(より)すぐれた、よりふさわしい
certus -a -um(形)(物事が)確実な、疑う余地のない
lūmen -minis(中)目
quī quae quod(代)(関係代名詞)(+接続法)(目的)~するために
ā(前)(+奪格)~によって
falsum -ī(中)虚偽、偽り、詐欺
vērum -ī(中)真実、事実
dījūdicō -āre -āvī -ātum(他)識別する、見分ける(+物・事の対格 a 物・事の奪格)
animus -ī(男)(corpus 肉体に対する)精神
bonum -ī(中)善、徳
inveniō -īre -vēnī -ventum(他)(偶然)出会う、出くわす、見つける

Hic, si umquam respirare illi et recedere in se vacaverit, o quam sibi ipse verum tortus a se fatebitur ac dicet:

hīc(副)この機会(場合)に、この状況で
(接)もし~ならば/(+接続法)(+完了)(可能性はあるものの見込みのなさそうな(本当らしくない)仮定)
umquam(副)いつか、ある時、かつて/(主に否定・疑問文・条件文で)・si umquam ~ もしこれまで~なら
respīrō -ere -cessī -cessum(自)退く、後退する、引っ込む(a 物・事の奪格 in 物・事の対格)
in(前)(+対格)(目的または動機を表わして)~のために
suī(代)(再帰)(属格)(与格:sibi/対格&奪格:sē)彼(彼女・それ・彼ら・それら)自身
vacō -āre -āvī -ātum(自)(非人称)余地(機会)がある(+直説法)
ō(間)(呼びかけ・感嘆・喜び・恐怖・願望などを表わす)おお、ああ
ipse -a -um(強意代名詞)自ら、自身
tortus -a -um(形)(完了分詞)ねじれた、曲がった、曲がりくねった
ā(前)(+奪格)~に関して
fateor -ērī fassus sum(他)(形式受動相)告白する
ac(接)=atque(接)~と、そして
dīcō -ere dixī dictum(他)言う、発言する、話す(+物・事の対格)

3 «Quicquid feci adhuc infectum esse mallem, quicquid dixi cum recogito, mutis invideo, quicquid optavi inimicorum exsecrationem puto, quicquid timui, di boni! quanto levius fuit quam quod concupii!

quicquid=quidquid→quisquis
quisquis quisquis quidquid(代)(関係詞)~するものはだれ(何)でも、~するすべての(人(もの))
fēcī(完了)→facio
faciō -cere fēcī factum(他)する、行なう
adhūc(副)今まで
infectus -a -um(形)未完成の、成就(達成)されていない
mālō malle māluī(他)(不規則変化)むしろ~を好む(選ぶ)(+不定法)
dixī(完了)→dico
cum(接)(+直説法)(真に時を示す)~の時に
recōgitō -āre -āvī -ātum(他)熟考する、よく考える
mūtus -a -um(形)(人間が)口がさけない
invideō -ēre -āvī -ātum(他)熟考する、よく考える
mūtus -a -um(形)(人間が)口がきけない
invideō -ēre -āvī -ātum(他)嫉妬する、うらやむ、ねたむ(+与格)
optō -āre -āvī -ātum(他)願う、望む
inimīcus -ī(男)敵
exsecrātiōnis(女)呪うこと、呪詛
putō -āre -āvī -ātum(他)評価する、みなす(+2個の対格)
timeō -ēre -muī(他)恐れる、心配する、気づかう(+対格)
(複)(主格)→deus
deus -ī(複数・主格:deī)(男)神
bonus -a -um(形)善良な、高潔な、りっぱな
quantō(副)(関係詞)(疑問詞)(感嘆)どんなに、何と
levis -is -e(形)(苦しみ・不幸などが)容易に耐えられる、軽微な
fuī(完了)→sum
quam(副)(関係詞)(+比較級)~よりも
concupiō -pere -cupīvī -cupītum(他)熱望(渇望)する

Cum multis inimicitias gessi et in gratiam ex odio (si modo ulla inter malos gratia est) redii: mihi ipsi nondum amicus sum.

cum(接)(+直説法)~以来
multus -a -um(形)多数の、多くの、豊富
inimicitia -ae(女)敵意
gessī(完了)→gero
gerō -ere gessī gestum(他)(心に)いだく
in(前)(+対格)(ある状況・状態など)~へ
grātia -ae(女)好意、尊敬、愛情
ex(前)(+奪格)(推移)~から
odium -ī(中)憎しみ、嫌悪、反感
(接)もし~ならば/(+直説法)(単純な可能性)/(後続するmodoによって強調される)
modo(副)(奪格)ただ、~だけ ・si modo(+接続法)もし~でありさえすれば
ullus -a -um(形)(指小辞)(主に否定・仮定・疑問文で)(誰か、何か)ある
inter(前)(+対格)(一般に)~の間で、~の中で
malus -a -um(形)悪い、不正な、邪悪な
rediī(完了)→redeo
redeō -īre -iī -itum(自)帰る、戻る
mihi(人称代名詞)(与格)→ego
egō(人称代名詞)(与格:mihi/対格:mē)(一人称)私
ipse -a -um(強意代名詞)(与格:ipsī(いずれも三性共通))自ら、自身
nōndum(副)まだ~ない
amīcus -ī(男)友人

Omnem operam dedi ut me multitudini educerem et aliqua dote notabilem facerem: quid aliud quam telis me opposui et malevolentiae quod morderet ostendi?

omnis -is -e(形)(単)全体の
opera -ae(女)労力、骨折り(+ut)
dedī(完了)→do
dare dedī datum(他)(力を)注ぐ、ささげる、ゆだねる
ut(接)(+接続法)(副詞節を導く)(目的)~するために
(人称代名詞)(対格)→ego
multitūdō -dinis(女)群衆、大勢
ēdūcō -ere -duxī -ductum(他)引き上げる
aliquī -qua -quod(形)ある
dōs dōtis(女)(天賦の)資性、才能
notābilīs -is -e(形)目立つ、顕著な
faciō -cere fēcī factum(他)作る、形づくる(+人の対格)
quis quis quid(代)(疑問詞)だれ、何、どれ
alius -a -um(形)他の、別の
tēlum -ī(中)飛び道具(矢・投げ槍・石など)
opposuī(完了)→oppono
oppōnō -ere -posuī -positum(他)(危険などに)さらす、遭遇させる
malevolentia -ae(女)悪意、敵意
mordeō -ēre momordī morsum(他)非難する、酷評する
ostendī(完了)→ostendo
ostendō -ere -tendī -tentum(他)差し出す、見せる(+人の与格+物・事の対格)
【参考文献】
幸福な生活について (大学書林語学文庫 3011)』山敷繁次郎・訳注(大学書林
羅和辞典 <改訂版> LEXICON LATINO-JAPONICUM Editio Emendata水谷智洋・編(研究社)

『カンタベリー物語』を原文で読む(第11回)

(テキスト12ページ、26行目~)

(The Sergeant of Law)

sergeant(名)高等弁護士

A Sergeaunt of lawe, waar and wys,
That often hadde been at the Parvys,
Ther was also, ful ryche of excellence.

Sergeaunt→Sergeant
lawe→law
waar→wary(形)(人が)用心深い、慎重な、油断のない(=cautious)
wys→wise
that(代)(関係代名詞)(人・ものを表わす先行詞を受けて通例制限用法で)(~する(である))ところの(先行詞がもの・人を表わす場合で、最上級の形容詞、all the、the only、the same、the veryなどの制限的語句を含む時、および、先行詞が疑問代名詞やall、much、little、everything、nothingなどの時に多く用いられる傾向があるが、絶対的なものではない)(主語として)
hadde→had
Parvys→Parvis
parvis(名)教会(寺院)の前庭(玄関)
Ther→There
ful→full(副)(形容詞・副詞を修飾して)まったく、非常に
ryche→rich(形)(~に)恵まれて
of(前)(目的格関係を表わして)(形容詞に伴って)~を
excellence(名)卓越(していること)、優秀

Discreet he was and of greet reverence―
He seemed swich, hise wordes weeren so wyse.

discreet(形)(人・行動が)分別のある、思慮深い、慎重な(で)(⇔indiscreet)
of(前)(of+名詞で形容詞句をなして)~の
greet→great
reverence(名)(深い尊敬・愛情をもった)崇敬、尊敬
seem(自)(~と)見える、思われる、(~)らしい(通例話し手の推量をこめた見方・判断を示す語で、文法上の主語と判断の主体は一致しないことが多く、時に判断の主体を示すのにto a personを従えることがある)(+補)
swich→such
hise→his(代)彼の
wordes→words
word(名)(しばしば複数形で)話、談話
weeren→were
so(副)(強意的に)とても、非常に、大変
wyse→wise

Justice he was ful often in assise,
By patente, and by pleyn commissioun.

justice(名)司法(裁判)官
in(前)(場所・位置・方向などを表わして)~において、~で
assise→assizes(名)(複)(1971年までの)巡回裁判(民事・刑事事件をさばくため年に4回裁判官をEnglandとWalesの各州に派遣した)
by(前)(手段・方法・原因・媒介を表わして)(輸送・伝達の手段を表わして)~によって、~で
patente→patent(名)特許証
pleyn→plain/full(形)最高の、最大限の、精いっぱいの
commissioun→commission(名)委任状、授権状

For his science and for his heigh renoun,
Of fees and robes hadde he many oon.

for(前)(原因・理由)~の理由で、~のため(=because of)
science(名)(古)知識
heigh→high(形)(価値・評価などの)高い
renounrenown(名)名声、令名 ・of high renown 非常に名高い
of(前)(関係・関連を表わして)~の点において、~に関して、~について
fee(名)(しばしば複数形で)(弁護士・医師などの専門職へ払う)謝礼(金)、報酬
robe(名)(しばしば複数形で)(弁護士・司法官・聖職者などの)礼服、官服、法服
have(他)(~を)得る、もらう、受ける
many oon→many a one
many(形)(many aに単数形の名詞・動詞を伴って/単数扱い)数々の、多数の
one(代)(既出の可算名詞の反復を避けて)(その)一つ、それ

So greet a purchasour was nowher noon:

so(副)(程度を表わして)それ(これ)ほど、そんな(こんな)に、これくらい
great(形)(能力・価値・重要性など)偉大な、すぐれた、卓越した ・a great man 偉人
purchasour→purchaser(名)買い手、購入者(=buyer)
nowher→nowhere(副)どこにも~ない
noon→none(代)だれも~ない(現在では複数扱いのほうが一般的)

Al was fee symple to hym in effect,
His purchasyng myghte nat been infect.

Al→All
all(代)(単数扱い)すべて(のもの)、万事
symple→simple
fee simple(名)単純封土権、無条件相続財産(権)
to(前)(行為・作用の対象を表わして)~にとっては、~には
hym→him
in effect 事実上、実際において、要するに(=effectively)
purchasyng→purchasing
purchase(他)(相続以外の方法で)取得する、譲り受ける
myghte→might(助動)(直説法過去)(主に間接話法の名詞節中で、時制の一致により)(許可を表わして)~してもよろしい
nat→not
infect→invalid(形)(行為・文書など)法的に無効な(効力のない)

Nowher so bisy a man as he ther nas,
And yet he seemed bisyer than he was.

so(副)(程度を表わして)(so ~ as ~で)(否定語の後で)~ほどには~、~と同じ程度には~(でない)
bisy→busy
man(名)(修飾語句を伴って)(特定の仕事・性格などの)男性
as(接)(so ~ as ~で同程度の比較を表わして)~と同じく、~と同様に、~のように、~ほど
there(副)(thereは形式上主語のように扱われるが、動詞の後に通例不特定のものや人を表わす主語が続く/「そこに」の意味はなく、日本語ではthere isで「~がある」の意になる)(beを述語動詞として)
nas→was not
yet(副)(andまたはbutに伴って)それにもかかわらず、それなのに、しかもなお
bisyer→busier

In termes hadde he caas and doomes alle
That from tyme of kyng William weere falle.

in(前)(道具・材料・表現様式などを表わして)~で、~でもって、~で作った
termes→terms
term(名)(専門分野での)術語、用語、専門語
caas→cases
case(名)訴訟(事件)
doomes→dooms
doom(名)(アングロサクソン時代の)判決、法、ドゥーム
all(代)(複数扱い)(同格にも用いて)だれも、みな(通例代名詞の場合に用いる)
from(前)(空間・時間などの起点を表わして)~から
tyme→time(名)(通例複数形で)(歴史上の)時代、年代、(~)代 ・the time of the Stuarts スチュアート王朝時代
kyng→king
William(名)ウィリアム(男性/愛称Bill、Will、Willie)
weere→were
falle→fallen
fall(自)(事が)起こる、行なわれる

Therto he koude endite and make a thyng,
Ther koude no wight pynchen at his writyng;
And every statut koude he pleyn by roote.

thereto(副)なおそのうえに
koude→could
endite(他)=indite(他)(詩・演説文などを)作る、書く(=compose)
make(他)(文書を)作成する
thyng→thing/document(名)文書、書類、記録、証拠資料
wight(名)(古)人、人間
pynchen→pinch/find a flaw
flaw(名)不備な点、欠陥
writyng→writing(名)書面、文書
statut→statute(名)制定法、法令、成文法、法規
pleyn→plain(副)まったく、すっかり
by(前)(手段・媒介を表わして)~で ・learn by heart 暗記する
roote→root/heart
by heart そらで ・learn by heart 暗記する ・know by heart そらで知っている

He rood but hoomly in a medlee coote,
Girt with a ceynt of sylk, with barres smale;
Of his array telle I no lenger tale.

roodrode
but(副)ただ、ほんの、~だけ
hoomly→homely(形)質素な、じみな
in(前)(着用を表わして)~を着て、身につけて
medlee→medley(形)(古)寄せ集めの
coote→coat(名)上着、ジャケット
girt(動)girdの過去形・過去分詞
gird(他)(帯などで)(腰などを)巻く、締める(with)
with(前)(道具・手段を表わして)~を用いて、~で
ceynt→ceinture(名)サンチュール(腰のベルト)
of(前)(材料を表わして)~で(作った)、~から(成る)
sylk→silk(名)絹、絹糸、生糸
with(前)(所持・所有を表わして)~を持って(た)、~のある
barres→bars
bar(名)(光・色などの)線条、筋、しま
smale→small
array(名)衣装、美装
telle→tell
lenger→longer
no longer もはや~しないで(でない)
tale(名)(事実・伝説・架空の)話、物語 ・tell one's tale 身の上話をする
【参考文献】
原文対訳「カンタベリィ物語・総序歌」』苅部恒徳、笹川寿昭、小山良一、田中芳晴・編・訳・注(松柏社
カンタベリー・テールズ市河三喜、松浪有・編注(研究社)
新英和中辞典 [第7版] 並装』(研究社)
リーダーズ英和辞典 <第3版> [並装]』(研究社)

『ヴェニスの商人』を原書で読む(第7回)

(テキスト9ページ、1行目~)

LORENZO
Well, we will leave you then till dinner-time.
I must be one of these same dumb wise men,
For Gratiano never lets me speak.

Lorenzo ロレンゾ(男子名)
well(間)(安心・あきらめ・譲歩などを表わして)やれやれ、まあいいや
will(助動)(意志未来を表わして)(1人称の主語に伴い、発話時の話者の意志を表わし、約束・諾否・主張・選択などを表わして)~するつもりであり、~しようと思う
leave(他)(場所を)去る、出る、出発する
dinnertime(名)ディナーの時間
must(助動)(当然の推定を表わして)~にちがいない、~に相違ない、きっと~だろう
one(代)(単数形を)(特定の人(もの)の中の)一つ、1個、一人(of)
of(前)(部分を表わして)~の中の
same(形)(this、that、thoseに続いて)例の、あの、その、~とかいう(theよりも強調的だが、しばしば軽蔑的にもなる)
dumb(形)口をきかない
wise(形)(人・行動など)賢い、賢明な、思慮深い、分別のある(⇔foolish)
man(名)(修飾語句を伴って)(特定の仕事・性格などの)男性
for(接)(通例コンマ、セミコロンを前に置いて、前文の付加的説明・理由として)という訳は~だから(=as、since)
Gratiano(名)グラシアーノ(Shakespeare, The Merchant of Venice中の、AntonioとBassanioの友人の一人でおしゃべりな男/Portiaの侍女Nerissaと結婚する)
never(副)(notよりも強い否定を表わして)決して~ない
let(他)(容認・許可を表わして)(人・ものなどに)(~)させる、(人・ものなどに)(~することを)許す(+目+原形)

GRATIANO
Well, keep me company but two years more,
Thou shalt not know the sound of thine own tongue.

keep a person company 人に同行する、人のお供(相手)をする
but(副)ただ、ほんの、~だけ
two(形)(基数の2)2の、2個の、二人の
more(副)そのうえ、なおまた
thou(代)なんじは、そなたは(これに伴う動詞はareがart、haveがhastとなるほかは-st、-estの語尾をつける)
shall(助動)(不可避的とみなす事態への予言を表わして)~であろう、~なるべし
sound(名)(単数形で/通例修飾語句を伴って)声、調子
thine(代)(古)(母音またはh音で始まる名詞の前で)=thy(形)(古)なんじの、そなたの
tongue(名)舌

ANTONIO
Fare you well; I’ll grow a talker for this gear.

Antonio アントーニオー(Shakespeare, The Merchant of Veniceに発話する青年貿易商)
fare(自)(well、badlyなどの様態の副詞を伴って)(人が)(よく、まずく)やっていく、暮らす(=get on)・Fare you well!(古)さらば!
I'll I shallの短縮形
shall(助動)(意志未来を表わして)(1人称を主語として、義務的感覚または強い決意を表わして)きっと~する
grow(自)(次第に)(~に)なる
talker(名)話す人、話し手
for(前)(原因・理由)~の結果(として)、~のせいで
this(形)(指示形容詞)この/(対話者同士がすでに知っているもの(人)をさして)
gear(名)(古)話し、講話(=talk)、たわごと

GRATIANO
Thanks i’ faith; for silence is only commendable
In a neat’s tongue dried and a maid not vendible.

thank(名)(複数形で)(間投詞的に)どうもありがとう
i'faith=in faith 本当に、疑いもなく
only(副)ただ単に
commendable(形)ほめるに足る、立派な、感心な(=admirable)
in(前)(範囲を表わして)~において、~内で
neat(名)(古)牛
dried(形)(食物など)乾燥した(させた)
maid(名)(古)娘、少女
not(副)(述語動詞・文以外の語句を否定して)~でなく
vendible(形)売ることのできる、捌(さば)ける

Exeunt Gratiano and Lorenzo

exeunt(自)(演劇)退場する(昔の脚本のト書きで複数の主語の前に用いた)

ANTONIO Is that anything now?

that(代)(指示代名詞)(前に言及しているか、場面上了解されている物事をさして)そのこと
anything(代)(疑問文・条件節に用いて)何か

BASSANIO Gratiano speaks an infinite deal of nothing, more than any man in all Venice. His reasons are as two grains of wheat hid in two bushels of chaff: you shall seek all day ere you find them, and when you have them they are not worth the search.

Bassanio バッサーニオ(Shakespeare, The Merchant of Veniceに登場する青年/Portiaに求婚する)
speak(他)(事実・思想などを)語る、伝える
infinite(形)無量の、無数の、莫大な、果てしない
deal(名)(a deal of ~で)かなり(ずいぶん)たくさんの
of(前)(分量・内容を表わして/数量・単位を表わす名詞を前に置いて)~の
nothing(名)つまらない人(もの、事)
more than ~ ~より多い、~を越える
in(前)(全体との関係を表わして)~の中で、~のうちで
Venice(名)ベニス、ベネチア(イタリア北東部の港市)
his(代)彼の
reason(名)道理、理屈
as(接)(様態・状態を表わして)~のように
grain(名)(穀物の)ひと粒、穀粒
wheat(名)小麦(wheatから小麦粉(flour)が作られパンの原料になる)
bushel(名)ブッシェル(容量の単位/=4 pecks)/液量および乾量の単位/約36リットル
chaff(名)もみ殻
shall(助動)(命令・規定を表わして)~すべきである
seek(自)捜す
day(名)(副詞的に)~日
ere(古)(接)~する前に、~しないうちに
find(他)(探して)(人・ものを)見つけ出す
when(接)~する時に、~時(時を表わす副詞節をつくる)
have(他)(~を)得る、もらう、受ける
worth(形)~に値して
search(名)(~の)捜索、追求

ANTONIO
Well, tell me now what lady is the same
To whom you swore a secret pilgrimage,
That you today promised to tell me of.

well(間)(驚き・疑いなどを表わして)さて
tell(他)(人に)(~を)話す、告げる、語る、言う、述べる(+目+wh.)
what(形)(疑問形容詞)(間接疑問の節を導いて)何の、どんな
lady(名)貴婦人
same(代)(the ~)同一のもの(こと、人)
to(前)(行為・作用の対象を表わして)~に対して、~に
whom(代)(関係代名詞)(非制限的用法で/通例前にコンマが置かれる)そしてその人(たち)を(に)
swore(動)swearの過去形
swear(他)(~を)誓う、宣誓する
pilgrimage(名)巡礼の旅、聖地詣(もう)で
that(代)(関係代名詞)(人・ものを表わす先行詞を受けて通例制限用法で)(~する(である))ところの/(他動詞・前置詞の目的語として)
promise(他)(人に)(~を)約束する(+to do)
tell of ~(のこと)を話す、語る

BASSANIO
’Tis not unknown to you, Antonio,
How much I have disabled mine estate
By something showing a more swelling port
Than my faint means would grant continuance.
Nor do I now make moan to be abridged
From such a noble rate; but my chief care
Is to come fairly off from the great debts
Wherein my time, something too prodigal,
Hath left me gaged. To you, Antonio,
I owe the most in money and in love,
And from your love I have a warranty
To unburden all my plots and purposes
How to get clear of all the debts I owe.

'tis(代)(形式主語としてあとにくる事実上の主語の不定詞句・動名詞句・that節などを代表して)
unknown(形)未知の、不明の、未詳の(to)
to(前)(行為・作用の対象を表わして)~にとっては、~には
how(副)(疑問詞)(程度を尋ねて)(節を導いて)
much(副)(動詞を修飾して)おおいに、たいそう、非常に
disabled=depleted
deplete(他)(勢力・資源などを)激減させる、消耗する
mine(代)(母音またはhで始まる名詞の前に置いて)(古)私の
estate(名)財産、遺産
by(前)(手段・方法・原因・媒介を表わして)(doingを目的語にして)(~すること)によって
something(副)(前置詞つきの句の前に用いて)いくぶん、多少
show(他)(人に)(ものを)見せる、示す
more(副)(muchの比較級)(~より)もっと、さらに多く(than)(⇔less)
swell(自)(数量・強さなどが)(~に)増加する、増大する、(音などが)高まる
port(名)(古)暮らしぶり、豪奢な暮らし
my(代)私の
faint(形)(考え・希望など)わずかな、ぼんやりした
means(名)(複数形で)(「生活の手段」の意から)資力、収入、財産、富
would(助動)(仮定法(叙想法)で用いて)(条件節の内容を言外に含め陳述を婉曲(えんきょく)にして)~であろう、~でしょう
grant(他)(嘆願・懇願などを)承諾する、許す、かなえたやる
continuance(名)(またa ~)継続、連続
nor(接)(否定の節・文の後に用いて)~もまた~ない(「nor+助動詞+主語」の倒置が起きる)
do(助動)(強調・釣り合いなどのため述語(の一部)を文頭に置く時に)
make(他)(目的語に動作名詞を伴って、動詞と同じ意味をなして)(~を)する、行なう(同じ意味の動詞より、この表現のほうが1回だけの行為であることが強調される)
moan(名)不平、不満
abridge(他)(権利などを)削減(縮小、減殺(げんさつ))する
from(前)(変化・推移を表わして)~から(~へ)
noble(形)貴族の
rate(名)(廃)生活様式(=style of living)
chief(形)第一位の、最高の
care(名)心配、気がかり、不安
come off 去る、離れる
fairly(副)まったく、まんまと
from(前)(隔離・解放などを表わして)~から
debt(名)借金、負債、債務
wherein(副)(関係副詞)(そこで、その点で)~する(所)
time(名)(通例one's ~)(人の関係していた)期間、ころ ・in one's time 盛んなころに(は)、若いころに(は)
too(副)(形容詞・副詞の前に置いて)~すぎる
prodigal(形)浪費する
hath(助動)(古)haveの直説法3人称単数現在形 ・he hath=he has
leave(他)(人・ものを)(~の状態に)~しておく(+目+補)
gage(古)(他)抵当に入れる、質に置く
owe(他)(人に)(義務・恩義などを)負っている(to)
most(代)(通例the ~/単数扱い)最多数、最大量、最高額
money(名)金(かね)
love(名)(家族・友人・祖国などに対する)愛、愛情
from(前)(出所・起源・由来を表わして)~から(来た、取ったなど)
your(代)あなた(たち)の、君(ら)の
warranty(名)(商品の品質などの)保証(書)(=guarantee)
unburden(他)(悩み・秘密を)打ち明ける
all(形)(複数名詞の前に置いて)あらゆる、すべての、みな
plot(名)策略、計画
purpose(名)目的、意図
how(副)(疑問詞)(方法・手段を尋ねて)(to doまたは節を導いて)(~する)しかた
get(自)(形容詞(的過去分詞)などを補語にして)(~(の状態)に)なる(+補)
clear(形)(~が)まったくなくて、除かれて ・get clear of ~を離れる、避ける
of(前)(分離・剥奪を表わして)(形容詞とともに用いて)~から
owe(他)(人に)(金・家賃などを)借りている、(人に)(ある額の)借金(つけ)がある
【参考文献】
The Merchant of Venice (Penguin classics) (English Edition)
新訳 ヴェニスの商人 (角川文庫)河合祥一郎・訳
ヴェニスの商人 (対訳・注解研究社シェイクスピア選集 (3))』大場建治・編注訳(研究社)
新英和中辞典 [第7版] 並装』(研究社)
リーダーズ英和辞典 <第3版> [並装]』(研究社)
リーダーズ・プラス』(研究社)
新英和大辞典 第六版 ― 並装』(研究社)

イギリス文学史I(第10回)『ヴェニスの商人』(その1)

シェイクスピアについて
ウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare, 1564-1616)は、英文学史上、唯一無二の存在だと言えると思います。
「英文学で最も偉大な作家は誰ですか?」と尋ねれば、おそらく、ほとんどの人が「シェイクスピア」と答えるのではないでしょうか。
日本文学には、シェイクスピアに匹敵するような文学者はいません。
夏目漱石は、間違いなく日本の文豪ですが、「唯一無二」とまでは言えないでしょう。
源氏物語』だって、数ある古典の中の一つに過ぎません(海外では、日本の古典として最初に紹介されたので、絶対視されているかも知れませんが)。
シェイクスピアは、作品中で多数の語彙を新たに生み出し、英語そのものを変革しました。
代表作は『ハムレット』でしょうが、他にも、『ロミオとジュリエット』や『ヴェニスの商人』など、誰でも知っているような名作がたくさんあります。
作品名だけではなく、「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」「おお、ロミオ、ロミオ、どうしてあなたはロミオなの?」「ブルータスよ、おまえもか」と言ったセリフまでもが、多くの人に知られているではありませんか。
僕が初めてシェイクスピアに興味を持ったのは、小学6年生の時、黒澤明監督の『乱』を観て、原作がシェイクスピアの『リア王』だと聞いたからです。
中学生の時の文化祭では、先輩方のクラスが『ヴェニスの商人』を上演しました。
僕は高校2年生の時、やはり文化祭で『リア王』を演じましたが、同じ時、別のクラスは『ロミオとジュリエット』を出し物にしていました。
400年も昔にイギリスで書かれた戯曲が、遠く離れた日本の中高生に現在でも演じられているとは、スゴイことです。
そこで、この「イギリス文学史」では、一作家につき一作品を紹介することを原則にしていますが、シェイクスピアだけは例外的に2作品を取り上げます。
喜劇の代表作である『ヴェニスの商人』と、悲劇の代表と言える『ハムレット』です。
この2作は、高校世界史の教科書(『詳説世界史』)の「ルネサンス期の文芸と美術」という表にも載っています。
シェイクスピア本人については、「イギリスで16世紀末から17世紀初めに活躍したシェークスピアの戯曲をはじめとして、すぐれた文芸作品は、それぞれの国の言語を発達させるのに貢献した」と書かれていました。
それでは、シェイクスピアを生み出した時代背景を見て行きましょう。
まずは、『イギリス文学史入門』(研究社)から引用します。

イギリス・ルネッサンスの栄光の頂点は、シェイクスピアの演劇にあった。そしてわれわれはその演劇が、ほとんど無から出発して、あの目もくらむ高みまで駆け登るのに、三、四十年しかかからなかったという、驚くべき事実を知らされる。エリザベス朝という時代は、まさにそんな奇蹟を可能にした、活力の煮えたぎるような時代であったのだ。

続いて、『はじめて学ぶイギリス文学史』(ミネルヴァ書房)から引きます。

人文主義者たちによる古典の復活の影響は演劇にも及び、ギリシア、ローマの喜劇、悲劇、またはそれを模倣したものが演じられるようになった。古典劇は、本来のイギリスの劇には欠けていた品格と形式美をそなえ、知識層には支援されたが、所作に乏しく、刺激的な筋や力強い身振りを好む一般大衆には受けなかった。
やがて、五幕形式、時、場所、筋の「三一致の法則(three unities)」などの古典劇の原理をよく消化し、民間の娯楽をも充分考慮した一群の劇作家があらわれた。彼らはオックスフォードやケンブリッジ大学で教育を受けた人が多いことから、大学出の才人たち(University Wits)と呼ばれている。

この頃になると、旅まわりの役者のほかに、女王や貴族をパトロンとする劇団の職業的俳優もあらわれ、劇場も創設され、商業演劇が確立した。この時流に乗るかのように頭角をあらわしたのが、シェイクスピアである。彼は、史劇、喜劇、悲劇、の各分野で成功をおさめ、万人の心を持つ(myriad-minded)と評されるほど、多様な登場人物を見事に浮き彫りにした。

ところが、シェイクスピアは、イギリス文学史上でこれほど重要な存在でありながら、伝記的なことはほとんど分かっていません。
僕の手元にある3冊のイギリス文学史の教科書も、経歴についてはほんの数行で、後は作品の紹介でページを埋めています。
一番記述が多い『イギリス文学の歴史』(開拓社)ですら、次のようなものです。

シェイクスピアの伝記を示す確実な資料は、いたって少ない。このことは、わずか400年ほど前の人物であり、在世中すでに名の高かった作家であったことを思えば、ふしぎなことである。
シェイクスピアは、1564年4月23日イングランド中部の小さな町ストラットフォード・アポン・エイヴォン(Stratford-upon-Avon)に生まれた。
町のグラマー・スクールに通ったものと考えられる。彼の受けた学校教育は、それだけで、大学へは行かなかった。
1582年、18歳で、8歳年上のアン・ハサウェイ(Anne Hathaway)と結婚。20歳で3児の父となった。
1585年から7年間の彼の消息は不明であるが、おそらく、この間に、ロンドンに出て、劇団関係の仕事を始めたのであろう。
1592年(28歳)、劇作家ロバート・グリーン(Robert Greene, 1582-92)が、シェイクスピアを「われわれの羽毛で美しく身を飾り立てた成り上り者のカラス」とけなした批評が現われた。このころ、シェイクスピアの『ヘンリー六世』が、大好評を博していた。グリーンの批評は、大学出でない田舎者のシェイクスピアの人気に対するねたみの気持ちから出たものと思われるが、それは、シェイクスピアが、そのころすでに、俳優としても、劇作家としても、相当活躍していたことを実証しているものと考えられている。
劇作家として、約20年。37編の劇を書き、劇作家としてはもちろん、劇場経営者としても成功をおさめ、大きな産を成した。
1611年(47歳)のころ、郷里ストラトフォードに隠退、1616年4月23日、52歳で死ぬまで、裕福な生活を送った。

わずかこれだけの文章の中に、何と推測が多いことでしょうか。
さて、シェイクスピアの作品の特徴については、『はじめて学ぶイギリス文学史』の、次の記述が簡潔にまとめられていると思います。

シェイクスピア劇は、史劇からロマンス劇にいたるまで多様である。構成には、複数の筋があり、悲劇的局面と喜劇的局面、日常性と非日常性など相反するものが巧みに混入され、融合されている。また登場人物は、あらゆる階層に及び、その性格描写には追随を許さぬものがある。語彙の広いこと、複数の意味をひきだす掛け言葉や隠喩、暗喩が豊富なことでも知られている。

ヴェニスの商人』について
シェイクスピアの創作年代は通常、第1期(1590-95)の「修業時代」、第2期(1595-1600)の「喜劇時代」、第3期(1600-08)の「悲劇時代」、第4期(1608-11)の「ロマンス劇時代」の四つに分けられますが、『ヴェニスの商人』は「喜劇時代」に書かれた作品です。
ヴェニスの商人』は、人肉裁判のシーンだけを切り取って、「悲劇」として上演されることも多いため、意外に思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、シェイクスピアはあくまで、この作品を喜劇として書いています。
それでは、シェイクスピアの喜劇の代表作『ヴェニスの商人』(The Merchant of Venice, 1596-7)について解説された箇所を、『イギリス文学の歴史』から引いてみましょう。

大衆向きに、巧みに構成された傑作喜劇。
ヴェニスの商人アントニオは、必要に迫られ、ユダヤシャイロックに借金を申し入れる。シャイロックは、日ごろ、ユダヤ人を虐待しているキリスト教徒に復讐する好機と思い、申し入れを受ける。ただし、担保は人肉1ポンド。アントニオは返済不能となり、窮地に陥る。法廷におけるポーシャの機知ある判決で、形勢逆転、シャイロックの計画は挫折する。
この劇はポーシャとシャイロックの二人の人物によって支えられている。
ポーシャは、シェイクスピアの描いた女性のうちでも、最も多くの人々に愛されて来た一人である。彼女は、女性らしい謙虚さを持つとともに、知的な面を持つ女性として描かれている。
シャイロックは、シェイクスピアが創造した人物のうちの傑作の一人。ユダヤ人は、古来、典型的な悪玉のレッテルをはられて来た。しかし、シェイクスピアは、シャイロックを単なる悪玉とせず血も肉も備えた一個の人間として描いている。

なお、ユダヤ人が何故これほど嫌われていたかについては、『イギリス文学の歴史』の次の記述が参考になります。

元来、キリスト教では、同国人に利息を取って、金を貸すことは禁じられていた。そこで、金貸し業は、キリスト教徒でないユダヤ人の仕事になった。キリスト教徒にとって、このいまわしい職業に従事するユダヤ人は、必然的に嫌われものであった。(参考:「同国人に利息を取って貸してならない。外国人には利息を取ってもよい」(旧約聖書:『申命記』、23:19-20)

以上に加えて、文庫版の「解説」などに書かれている事柄を使って、若干補足しましょう。
ヴェニスの商人』の初演は、学者によって諸説ありますが、大体1596~98年頃とされています(最初に出版されたのは1600年)。
日本で初めて上演されたシェイクスピア劇であり、また、上演回数も『ハムレット』をしのいで、最も多いのだそうです。
ストーリーはあまりにも有名なので省きますが、本作品にも、他のシェイクスピアの作品同様、元ネタがありますね。
この作品は大きく次の四つの筋から成っています。
1.箱選び
2.指輪の喪失
3.人肉裁判
4.ジェシカの駆け落ち
このうち、2と3は中世イタリアの物語集『イル・ペコローネ』(阿呆)の中にあるそうです。
また、『イル・ペコローネ』では、求婚する男性に対しての難題も出てくるのですが、これが「夜伽」なので、それでは芝居にならないと考えたシェイクスピアが、お題を「箱選び」に変えたようですね。
さらに、1の「箱選び」は、イタリアの物語集『ジェスタ・ロマノーラム』(ローマ人行状記)の中に出てくるそうです。
ユダヤ人の登場と、その扱いに関しては、シェイクスピアと同時代に活躍した劇作家クリストファー・マーローの代表的悲劇『マルタ島ユダヤ人』の影響を受けています。
シェイクスピアは、これらの題材を用いながら、登場人物の性格描写を深め、新しい意味を作品に付け加えて、自分の色に染め上げたと言えるでしょう。
次に、テキストについては、『ハムレット』ほどの混乱はないようです。
この作品には、どちらも1600年刊行とされている、ヘイズ四折本(Q1)とジャガード四折本(Q2)という二つの四折本がありますが、ジャガード版の奥付は捏造で、実際には1619年発行の海賊版なのだということが判りました。
そして、1623年発行の第一・二折本(F1)はヘイズ四折本を基にしており、これらの三者に、さほどの違いはないとのこと。
つまり、ヘイズ四折本が一番の善本とされているのですね。
テキストについて
一口にテキストと言っても、様々な版が出ていますが、僕が選んだのは下のペンギン版です。

The Merchant of Venice

The Merchant of Venice

初版は2015年。
注釈はW.Moelwyn Merchant氏。
一般的には、演劇関係者はペンギン版、大学関係者はアーデン版やオックスフォード版を選ぶと言われています。
確かに、僕が学生の時の「シェイクスピア研究」という講義でも、教科書はオックスフォード版でした。
では今回、僕はなぜペンギン版を選んだのでしょうか。
それは、この版が大型書店の洋書コーナーなどで普通に売られていて、最も入手しやすいからです。
近所の調布市立中央図書館に置いてあるのも、このペンギン版。
価格も手頃です。
学術関係では、どうしてペンギン版が使われないのかはよく分かりません。
おそらく、他の版では注釈がページの下半分にあるのに対し、ペンギン版では巻末にまとめらているため、本文と対照しづらいからではないかと想像しています。
逆に、役者の場合は、細かな注など不要だから、ペンギン版でいいのでしょうか。
僕は別に学術的な目的で『ヴェニスの商人』を読んでいる訳ではないので、この版で問題ないのです。
本書の注釈は全部で40ページ以上ありますが、概ね固有名詞の解説が中心で、語釈と呼べるようなものはあまりありません。
従って、普通の日本人が本書の注だけを頼りにして原文を読むことは、ほぼ不可能でしょう。
注の英語のレベルは、専門的な語も出て来ますが、辞書を引けば理解できる程度です。
今回は省略しますが、シェイクスピアの場合は、日本語の注釈書が充実しており、また、後述のように、翻訳も多数出版されているので、原文読解に挑戦するには、それらを参考にするのが良いと思います。
翻訳について
現在、日本では、廉価な文庫や新書版だけでも、6種類もの翻訳版が入手可能です。
それらを以下に紹介します。
岩波文庫
ヴェニスの商人 (岩波文庫)

ヴェニスの商人 (岩波文庫)

初版は、何と1939年。
現在流通しているのは、1973年に発行された改訳版です。
翻訳は英文学の大家・中野好夫氏。
古い版だけあって、活字は小さく、かすれて読みにくいですが、そんなことは全く気にならないほど、味のある言葉を駆使した名訳です。
確かに、今では使わないような言い回しが多用されているものの、それが何とも言えない情緒を醸し出しています。
初版刊行時は、参考になる先行の翻訳は坪内逍遥のものしかなかったそうですが、それでこの完成度はスゴイです。
改訳の際にも、それほど大幅には手を加えられていないそうなので、初版の風合いはそのまま残っているのでしょう。
中野氏は、巻頭の「改版にあたって」の中で、「学術的翻訳でも、上演用台本のつもりでもない」と述べています。
日本語としての自然さを意識しつつ、原文と併読する読者のことも考えて、極端な意訳は避けたそうです。
中野氏は、「独自の翻訳理論を持たない」などと謙遜していますが、翻訳に対して、達観のような境地に達していると思われます。
例えば、原文の「詩」を日本語に移すことは不可能だと認めながらも、散文との区別を付けるために、詩の部分を「わかち書き」にしました。
また、本文の下に行数が表示されています。
注解も、なかなか充実していますね。
巻末の「解説」は、ほとんど初版のままだそうですが、作品を理解するために必要な事項を簡潔にまとめてあります。
翻訳の底本はグローブ版。
新潮文庫
ヴェニスの商人 (新潮文庫)

ヴェニスの商人 (新潮文庫)

初版は1967年。
翻訳は劇作・演出でも高名な福田恒存氏。
福田氏の訳文は誠に格調高いものです。
僕が20年以上前、浪人時代に読んだのも、この福田氏の翻訳でした。
今回、久し振りに再読して、改めて「よく整理された作品だな」と感じました。
ちなみに、僕が以前観に行った、劇団四季の『ヴェニスの商人』も、福田氏の訳です。
本文中に注釈はありませんが、巻末の「解題」が充実しています。
また、英文学者の中村保男氏による「解説」、「シェイクスピア劇の執筆年代」、「年譜」もありますね。
福田氏が翻訳の原本として用いたのは、新シェイクスピア全集。
白水Uブックス
初版は1983年。
判型は新書サイズ。
翻訳は、日本で二人しかいない(もう一人は坪内逍遥シェイクスピア全訳という偉業を成し遂げた小田島雄志氏(東京大学名誉教授)。
訳文は、とてもリズミカルで、こなれた日本語なので極めて読み易いです。
韻文の形式に合わせて行分けがされています。
注は全くありません。
解説は英文学者の渡辺喜之氏。
訳者自身による解説は一切ないので、翻訳の底本などは分かりません。
ちくま文庫
初版は2002年。
翻訳は、目下シェイクスピア作品を精力的に訳し続けている松岡和子氏(翻訳家・演劇評論家)。
この調子で行くと、坪内逍遥小田島雄志に続き、日本で3人目のシェイクスピア全訳者になるかも知れません。
松岡氏の訳文は、素直な文体で、非常に読み易いです。
本文は、他の多くの翻訳と同じように、韻文の箇所が行分けされています。
注釈も豊富で、本文の下にあるため参照しやすく、また、原文を掲載してくれているのが、ありがたいですね。
「訳者あとがき」では、松岡氏が訳出に際して、代名詞の訳し分けに気を遣ったという記述が大変興味深かったです。
現在の英語では、二人称は全てyou一語に統一されていますが、シェイクスピアの時代には、まだ区別が存在していました。
目下や親しい相手に対して使う親称のthou(ドイツ語のduに当たる)と、目上やそれほど親しくない相手に対して用いる敬称のyou(ドイツ語のSieに当たる)です。
これらの代名詞の使い方に注目することで、登場人物たちの人間関係が浮き彫りになります。
この部分は一読の価値があるでしょう。
「アントーニオとポーシャのメランコリー」という題の解説は中野春夫氏(学習院大学教授)。
巻末の「戦後日本の主な『ヴェニスの商人』上演年表」は、資料的価値が高いです。
錚々たる役者の名前が散見されます。
本書の翻訳の底本はアーデン版。
角川文庫版
新訳 ヴェニスの商人 (角川文庫)

新訳 ヴェニスの商人 (角川文庫)

初版は2005年。
翻訳は河合祥一郎氏(東京大学大学院教授)。
河合氏によると、本書の主な特徴は次の二つです。
一つ目は、上演を目的として、原文の持つ面白さや心地良さを日本語で表現するように努めたこと。
シェイクスピアの原文には駄洒落がたくさん出てきますが、それを何とか日本語に移し替えようと苦心された様子が伺えます。
二つ目は、原典(翻訳の底本とした、1600年出版の初版本である第一・四折本)に忠実に訳したこと。
原典通り、本文中に幕場割り(第○幕第○場という区分け)をなくし、人物名の指示についても原典を尊重したそうです。
これは、ちょっと裏目に出ていて、同じ登場人物を違う呼び名で指示している箇所があり、少々読み難くなっています(もちろん、注で解説されてはいますが)。
しかしながら、訳文は分かり易く、本文中の注釈も充実していますね。
「訳者あとがき」では、本作品について簡潔に解説されています。
河合氏は、シャイロックを、単なる悪役か悲劇の主人公かといった二元論で考えるのではなく、この作品が放つ多様な問題提起を今日的に捉えようという立場です。
この部分を読むだけでも、本作を理解する上で、大いに参考になるでしょう。
光文社古典新訳文庫
初版は2007年。
翻訳は安西徹雄氏(上智大学名誉教授)。
本書の訳文は、読んでいると、一人ひとりの役者の声が聞こえて来そうな名訳です。
それもそのはず。
本書は、1990年に安西氏自身が訳・演出した舞台の上演台本を基に加筆訂正した完訳版だからです。
シェイクスピアの作品は、読むためではなく、実際に舞台で上演するために書かれました。
ですから、舞台の洗礼を受けている本書の訳が「生きて」いるのは当然です。
翻訳のテキストは新オックスフォード版。
本文中の注釈は最小限なので、流れを追い易いです。
巻末の「解題」は、特に同時代の劇作家クリストファー・マーロウの『マルタ島ユダヤ人』と本作を詳細に比較して論じています。
また、「シェイクスピア略年表」も付いていますね。
映画化作品について
ヴェニスの商人』については、現在見ることの出来る唯一の映画が下のもので、廉価版のDVDも出ています。
ヴェニスの商人 [DVD]

ヴェニスの商人 [DVD]

  • 発売日: 2011/08/22
  • メディア: DVD
2004年のアメリカ、イタリア、ルクセンブルク、イギリス合作映画。
この作品はシェイクスピアの喜劇『ヴェニスの商人』の「初映画化」なのだそうです。
人気作なのに意外ですね。
監督はマイケル・ラドフォード(『イル・ポスティーノ』)。
主要なキャストは、いずれもシェイクスピア作品と関わりの深い人たちです。
シャイロック役は我らがアル・パチーノ
彼は、『リチャード三世』を舞台化する過程を描いた異色のドキュメンタリー『リチャードを探して』を監督・主演しています。
また、アントーニオ役のジェレミー・アイアンズロイヤル・シェイクスピア・カンパニー出身。
バッサーニオ役のジョセフ・ファインズは『恋におちたシェイクスピア』の主演ですし、ポーシャ役のリン・コリンズも、舞台でオフィーリアやジュリエットを演じたことがあるそうです。
では、このような錚々たるキャストを揃えて、肝心の映画の出来映えはどうでしょうか。
本作の事実上の主役はシャイロック役のアル・パチーノです。
言わずと知れた現代映画界の名優中の名優であり、かつ僕の大好きな役者であります。
この映画の中でも、他の俳優を押しのけて、圧倒的な存在感です。
有名な「ユダヤ人には目がないのか」のセリフなど、この迫力は彼でなければ出せないでしょう。
逆に言うと、他の役者は、かなり印象が薄いです。
その点では、これは「失敗作」だと言えます。
まあ、通常の舞台でも、シャイロックを演じるのはベテランが多いので、どうしても他の役者と比べて存在感が強くなり過ぎてしまうのですが。
それにしても、いかに「憂鬱病」と言えども、喜劇なのに、最初から最後までずっと重苦しい表情しか見せなかったアントーニオ。
コミカルさもなく、単なる軽薄でイヤな奴にしか見えないバッサーニオ。
そして、アントーニオとバッサーニオの関係が、どうにも同性愛っぽいのです。
(原作で「友情」のことをloveと表現しているので、このような解釈の仕方もあるようですが)。
おまけに、この娘のために世界中から命を掛けて男たちが押し寄せて来るとは到底思えないポーシャ(※失礼ながら、「全然美人じゃない」という意味です)。
男装しても、全く男に見えません(これは、現代におけるシェイクスピア喜劇全体の問題ですね)。
これは、どうしたことでしょう。
ところで、『ヴェニスの商人』は、シェイクスピアの作品中、『ロミオとジュリエット』と並んで学校演劇の定番ともなっています。
僕も、前述のように、中学時代に、先輩方が文化祭で上演しているのを観ました。
学校演劇では通常、有名な「裁判のシーン」のみを切り取って上演されます。
そうすることで、「ユダヤ人差別がいかに理不尽か」という現代的なテーマを打ち出すのです。
教育現場にふさわしく、説教臭い演出になります。
ところが、シェイクスピアの時代には、ユダヤ人差別は理不尽なことでも何でもなく、むしろ「当然のこと」でした。
ハムレット』の中に次のようなフレーズがあります。
「this side of our known world」。
これは「キリスト教世界のこちら側」という意味です。
キリスト教徒にとって、異教徒であるユダヤ人は「あちら側の世界の人間」であり、しかもキリストを殺した不倶戴天の敵です。
当時のキリスト教徒は、憎きユダヤ人をコテンパンに懲らしめる芝居を観て溜飲を下げていました。
ユダヤ人め、ざまあみろ!」という訳です。
僕は、もちろんユダヤ人差別を肯定しているのではありません。
シャイロックが受けた仕打ちは、あまりにもむごいものだし、彼を気の毒だと思います。
けれども、当時の状況を正しく知らないと、きちんと作品を理解することはできないのではないでしょうか。
福田恒存氏を始め、日本の著名なシェイクスピア学者にも、そのような立場の方が多いです。
シェイクスピア自身がユダヤ人差別をどう考えていたのかは、わかりません。
ただ、作品中のシャイロックのセリフを見る限りでは、極めて客観的に捉えていたのではないかと思われます。
だからこそ、時代を超えて生き残っているのでしょう。
本来、『ヴェニスの商人』は「喜劇」として書かれています。
難しいのは、それを現代において上演する場合です。
あくまで「当時はこうだった」ということで喜劇として上演するか、それとも学校演劇で行なわれているように人種差別を批判する悲劇にするか。
映画版『ヴェニスの商人』は、後者を選びました。
冒頭に、ユダヤ人に対する当時のヨーロッパ人たちの非道な差別を克明に語るナレーションが追加されています。
さらに、原作ではセリフでしか出て来ない、アントーニオがシャイロックに唾を吐きかけるシーンも、わざわざ映像化されているのです。
正に、昨今の偽善的なハリウッド映画のように、白人が過去の悪行を反省するというパターンですね。
アル・パチーノの演技のおかげで、シャイロックの悲劇性は大きく浮かび上がっています。
一方で、本来主役であるはずのキリスト教徒たちは単なる「人権意識のないバカ」にしか見えません。
悲劇にしてしまったためか、最初から最後まで画面全体が妙に重く、暗いトーンです。
しかしながら、省略されている部分はあるものの、大筋は原作を忠実に再現しているため、喜劇的な場面が完全に整合性を欠いてしまっています。
しかも、全体としては、喜劇的なシーンの方が多いのです。
元来は「喜劇」なのですから、当たり前ですね。
彼らが喜劇として明るく振舞えば振舞うほど、ますます、その傾向に拍車が掛かります。
その結果、いったい「悲劇」なのか「喜劇」なのか、よくわからない代物に仕上がってしまいました。
僕は、中途半端に現代的なテーマを盛り込むくらいなら、いっそのことシェイクスピアの意図を尊重して、「喜劇」として作品を完成させた方が良かったのではないかと思います。
ただ、人種差別に神経質なハリウッドでは難しいかも知れませんね。
それは無理でも、喜劇を基調としつつ、シャイロックの悲劇性を浮かび上がらせるような演出も可能だったのではないでしょうか。
この映画の、ヴェネチアで撮影されたという風景は非常に美しく、セットや衣装も豪華です(ベルモントの遠景がミニチュアにしか見えないのは御愛敬)。
音楽もエキゾチックで、とても耳に心地良く聞こえます。
それだけに、切り口さえもっと違ったものにしていればと、大いに悔やまれますね。
ヴェニスの商人』の映画化の難しさを示す、残念な例となってしまいました。
本作を、原作を読むための参考として御覧になる方は、以上の点を念頭に置いておかれた方が良いでしょう。
参考図書について
シェイクスピアについて書かれた本は余りにも多過ぎて、それらを読んでいると、肝心のシェイクスピア作品そのものを読む時間がなくなってしまうと言われるほどですので、省略します。
【参考文献】
詳説世界史B 改訂版 [世B310]  文部科学省検定済教科書 【81山川/世B310】』木村靖二、岸本美緒、小松久男・著(山川出版社
イギリス文学史入門 (英語・英米文学入門シリーズ)』川崎寿彦・著(研究社)
はじめて学ぶイギリス文学史神山妙子・編著(ミネルヴァ書房
イギリス文学の歴史』芹沢栄・著(開拓社)

『二十四時間の情事 ヒロシマ・モナムール』

この週末は、ブルーレイで『二十四時間の情事 ヒロシマ・モナムール』を見た。

1959年の日本・フランス合作映画。
監督は、『夜と霧』『去年マリエンバートで』のアラン・レネ
本作が長編第一作である。
製作は、『夜と霧』のアナトール・ドーマン
音楽は、『軽蔑』『プラトーン』のジョルジュ・ドルリュー
撮影は、『夜と霧』『去年マリエンバートで』のサッシャ・ヴィエルニ
主演はエマニュエル・リヴァ岡田英次
エマニュエル・リヴァは、僕が学生の頃、映画館で観た『トリコロール/青の愛』(クシシュトフ・キェシロフスキ監督)で、ヒロインのジュリエット・ビノシュの母親役を演じていたらしい。
全然覚えていないが。
岡田英次の方は、鮮烈な印象を受けた作品が二つある。
一つは、僕が中学生の時、深夜のテレビで放映されていたのを見て衝撃を受けた『狂った果実』(根岸吉太郎監督)の中の、ヒロイン蜷川有紀演じるブルジョア娘のパパ役で、『二十四時間の情事』と同じ建築家役であった。
主人公の本間優二演じる貧乏青年に「アントニオ・ガウディがどうのこうの」と言って煙に巻く。
もう一つは、僕が高校生の頃だったと思うが、やはり深夜のテレビで放映されていた『砂の女』(勅使河原宏監督)。
これは日本映画史上に残るスゴイ作品である。
当時、僕は安倍公房にハマッていて、『砂の女』も当然読んでいた。
映画は、あの難解な原作を完璧に映像化している。
岡田英次は主人公だ。
他にも、『山びこ学校』『皇帝のいない八月』『地震列島』など、実は知らない間に見ていた出演作も色々ある。
で、『二十四時間の情事』は、十数年前にDVDで一度見ているのだが、ほとんど内容を覚えていなかった。
今回、改めて見直してみて、なるほど、これでは覚えていないのも無理はないなと思った。
ものすごく観念的なのである。
まあ、『去年マリエンバートで』ほどではないが。
あれは、途中で猛烈な睡魔に襲われて、最後まで見るのが苦行だったからな。
モノクロ、スタンダード・サイズ。
不安げな音楽。
抱き合う二人。
「君は広島で何も見ていない。」
「見たわ。」
このやり取りが延々と繰り返される。
被爆者が収容されている病院。
広島の原爆投下を描いた映画。
関川秀雄監督作品『ひろしま』からの引用。
日教組が作った映画なので、多分、学校の平和学習か何かで観ていると思う。
それからニュース映画。
生き残った人々。
後遺症。
「君は知らない。」
『夜と霧』のアウシュビッツはヨーロッパの出来事なので、当事者意識があるだろうが、広島は遠く離れたアジアの島国の出来事だから、フランス人は記録映像だけを見て「見た」つもりになっているが、本当のところは「見ていない」と言いたいのだろう。
それを言われれば、日本人でも、戦後生まれの我々は何も見ていないが。
今度は太平洋。
第五福竜丸の映像。
デモ行進。
平和記念公園
戦後、15年経って、広島の街はかなり復興している。
原爆ドーム
9秒間で死者が20万人、負傷者が8万人。
原爆資料館の展示品も紹介される。
僕は、親父が広島出身だったので、小学校入学前から広島に連れて行かれ、原爆資料館原爆ドームも見ていた。
親父は、実家の便所の窓から原爆のキノコ雲を見たらしい。
僕の中学の修学旅行は広島で、やはり原爆資料館原爆ドームを見て回った。
で、本作は、元々は『夜と霧』みたいにドキュメンタリーの短編映画にするつもりだったらしいが。
多分、フランス人では原爆の真実を描くには限界があると監督自身が感じたのではないだろうか。
今のような形になった。
映画史上では大変評価されている作品だが、僕はイマイチ、ピンと来ない。
女(エマニュエル・リヴァ)と男(岡田英次)。
お互い、結婚しているので、不倫である。
こういう設定にした意図がよく分からない。
なお、エマニュエル・リヴァは、シャルロット・ゲンズブールにちょっと雰囲気が似ている。
「私はあなたに出会った。私を愛して。」
本作で興味深いのは、昔の広島の街並みである。
僕は、前述のように、親父が広島出身なので、幼い頃、中学の修学旅行、更には、新婚旅行でも広島に行っている。
本作で興味深いのは、昔の広島の街並みである。
もちろん、現在とは大幅に変わっているが、大まかな街の配置は分かるので、何か懐かしいような気がしてしまう。
「あなたは本当に日本人なの?」
「日本人だ。」
抱き合っている二人。
原爆が落ちた時、男は戦地にいた。男の家族は広島に。
女は女優で、撮影で広島に来ている。
その前はパリにいた。
男はフランス語の達人である。
実際、岡田英次のフランス語は、まるで吹き替えのように流暢である。
岡田英次は、フランス語が全く分からず、ただの音としてセリフを覚えたらしい。
何か、語学学習のヒントがあるような気がするが。
で、女は日本語が分からない。
広島で恋が始まる。
その日(1945年8月6日)、パリは快晴だった。
君は20歳、僕は22歳。
男は建築家である。
映画のテーマは平和。
本作のことだな。
二人が泊まっているのは「新広島ホテル」。
見るからに近代的で、おそらく当時の広島では一番立派なホテルだったのだろう。
本作は、女優がフランス人で、相手役の日本人もフランス語を話すので、広島で撮ったフランス映画といった趣である。
舞台背景だけが広島。
「明日、出発よ。」
「永遠の別れだ。」
しかし、撮影現場に男がやって来る。
日仏合作の反戦映画。
本作は、その辺のハリウッド映画なんかと違い、日本人のスタッフが関わっているので、日本の描写が正しい。
広島でのデモ行進のシーンは、ものすごい数のエキストラ。
これは皆、広島市民なのであろう。
で、男の自宅に女がやって来る。
男の奥さんは美人らしい。
今は雲仙に行っている。
女にも夫がいるという。
しかし、抱き合う二人。
女のために仕事を休む男。
抱き合う。
今度は、女がパリの前に住んでいたというヌヴェールの回想。
戦争中、私の恋人はフランス人ではなかった。
私は18歳、彼は23歳。
彼女の身の上話しを聞きながら、「君のことが分かって来た」と男。
「帰りたい」と女。
しかし、あと16時間ある。
で、ヌヴェールにいた頃、彼女の恋人はドイツ人の軍人で、非国民の私を父が地下室に閉じ込めた。
恋人は、ヌヴェール解放の日の朝、撃たれて死ぬ。
壮絶ではある。
まあ、広島とかヌヴェールのエピソードによって、戦争の悲惨さを浮かび上がらせたいのであろう。
とは言っても、「しょせん不倫じゃないか」という思いは拭えない。
二人が入る広島のカフェが興味深い。
彼らは明らかに上流階級なのだろう。
市井の人々の暮らしと全く違う。
浮世離れしている。
男は「ハイボール」を注文する。
ほう、こんな時代にハイボールか。
「Are you alone?」と言って、ナンパして来る男。
この時代に英語が話せる男もスゴイが、完璧なフランス語を話す男は超越している。
二人がさまよう夜の広島の繁華街が非常に興味深い。
和洋折衷な作りの店もあるが、どれもオシャレでそれなりに洗練されているんだな。
昭和30年代を舐めてはいけない。
広島駅のベンチのおばあさんの表情とセリフがスゴイ。
あれは絶対にエキストラではなくて役者だろう。
とにかく、戦後、日本はアメリカべったりだから忘れがちだが、原爆投下は、アメリカによる有色人種を使った人体実験であるということを忘れてはならない。
カンヌ国際映画祭国際批評家映画連盟賞受賞。

Hiroshima Mon Amour (Trailer)

『ハムレット』を原書で読む(第8回)

(テキスト10ページ、3行目~)

HORATIO
A mote it is to trouble the mind’s eye.
In the most high and palmy state of Rome,
A little ere the mightiest Julius fell,
The graves stood tenantless and the sheeted dead
Did squeak and gibber in the Roman streets —
As stars with trains of fire and dews of blood,
Disasters in the sun; and the moist star
Upon whose influence Neptune’s empire stands
Was sick almost to Doomsday with eclipse.
And even the like precurse of feared events,
As harbingers preceding still the fates
And prologue to the omen coming on,
Have heaven and earth together demonstrated
Unto our climatures and countrymen.

Horatio ホレイショー(Hamlet中のHamletの親友)
mote(名)ちり、(ほこりの)微片
it(代)(形式主語としてあとにくる事実上の主語の不定詞句・動名詞句・that節などを代表して)
trouble(他)(病気などが)(人を)苦しめる
in(前)(時間を表わして)~(のうち)に、~の間、~中
most(副)(主に2音節以上の形容詞・副詞の最上級を作って)最も、いちばん
high(形)最高潮の、クライマックスの
palmy(形)繁栄する、勝利を得た、意気揚々とした
state(名)(通例単数形で)状態、ありさま、様子
Rome(名)ローマ(イタリアの首都/古代ローマ帝国の首都)
little(副)(a ~で肯定的用法で)少し、少しは
ere(接)~する前に、~しないうちに
mighty(形)(人・ものが)力強い、強力な、強大な
Julius Caesar(名)→Caesar, (Gaius) Julius(名)カエサル、シーザー(100-44 B. C. /ローマの将軍・政治家・歴史家)
fall(自)(通例副詞句を伴って)(傷ついて(撃たれて))倒れる
grave(名)墓、死体を埋める穴
stand(自)(~の状態に)ある(+補)
tenantless(形)借手(居住者)のない、空き地の、空き家の
sheet(他)(死者)に経かたびらを着せる
dead(名)(the ~/複数扱い)死者
do(助動)(法律文の常套的表現や詩・詩的散文での虚辞として)
squeak(自)キーキー声で話す(をあげる)
gibber(自)(驚いたり怖かったりして)わけのわからないことを(早口に)しゃべる
in(前)(場所・位置・方向などを表わして)~において、~で ・in the street 通りで
Roman(形)(古代)ローマ(人)の
as(接)(様態・状態を表わして)~のように
with(前)(所持・所有を表わして)~を持って(た)、~のある
train(名)(彗星(すいせい)などの)尾
fire(名)火のような輝き、きらめき、光輝
dew(名)(涙・汗の)しずく
disaster(名)(廃)(星の)不吉な相、凶兆
moist star=moon
whose(代)(関係代名詞)(制限的用法で)(その~が(を、に))~する(ところの)(もの)(人間以外のものを表わす名詞を先行詞とする形容詞節をつくる)
influence(名)勢力、権勢、威光、「コネ」
Neptune(名)ネプトゥヌス、ネプチューン(海神/ギリシア神話Poseidonに当たる)
empire(名)帝国
stand(自)(ものが)(~に)位置する、ある(on)
sick=pale(形)(光が)弱い、薄暗い ・in the pale moonlight 深い月光を受けて
almost(副)(形容詞・副詞を修飾して)だいたい、ほとんど
to(前)(限度・程度・結果などを表わして)~に至るまで、~するほどに
doomsday(名)最後の審判日、世の終わり
with(前)(原因を表わして)~のせいで、~のゆえに、~のために
eclipse(名)(太陽・月の)食
like(形)(外見・量など)同様な、類似の
precurse(名)(廃)前兆、予示
fear(他)(~を)恐れる、怖がる
harbinger(名)先ぶれ、前兆
preceding(形)先立つ、先行する(時に名詞の後に置かれることがある)
still(副)(古)常に、絶え間なく
fate(名)(個人・国家などの、しばしば不運な)運命、運
prologue(名)(演劇の)プロローグ、前口上、序幕
to(前)(行為・作用の対象を表わして)~に対して、~に
omen=calamity(名)大きな不幸(災難)、惨事
come on(季節・夜などが)やってくる、近づく
heaven(名)天、天空(=skies、sky)
earth(名)(天空に対して)地、地表、地上
together(副)共同で、連携して、連帯で
demonstrate(他)(人が)(~に)(~を)(実例などで)説明する、示す
unto(前)(古)~に、~のほうへ、~まで
our(代)我々の、私たちの
climature(名)(廃)地域(=region)
countryman(名)(通例one's ~)同国人、同郷の人(=compatriot)

Enter the Ghost

enter(自)(Enterで)(演劇)登場する(脚本のト書きではしばしば3人称命令法で用いる/⇔exit)・Enter Hamlet. ハムレット登場。
ghost(名)幽霊、亡霊、怨霊(おんりょう)(英米の幽霊は夜中の12時に現われ、ニワトリの声を聞いて姿を消すとされ、その姿は生前のままで足もある)

But soft, behold, lo where it comes again!
I’ll cross it, though it blast me.

soft(間)静かに、しっ!
behold(間)(注意を促すのに用いて)見よ!
lo(間)見よ!、そら!、それ!
where(接)~する(した)所に(へ、を)
come again また来る、戻ってくる
I'll I shallの短縮形
shall(助動)(意志未来を表わして)(1人称を主語として、義務的感覚または強い決意を表わして)きっと~する
cross(他)(人の)じゃまをする
though(接)たとえ~でも、よし~にせよ
blast(他)呪い倒す

He spreads his arms

spread(他)(腕・翼などを)広げる、伸ばす ・spread one's arms 両腕を広げる
his(代)彼の

Stay, illusion.
If thou hast any sound or use of voice,
Speak to me.
If there be any good thing to be done
That may to thee do ease and grace to me,
Speak to me.
If thou art privy to thy country’s fate,
Which happily foreknowing may avoid,
O, speak!
Or if thou hast uphoarded in thy life
Extorted treasure in the womb of earth,
For which, they say, you spirits oft walk in death,
Speak of it.

stay(他)(古)止まる、待つ
illusion(名)幻覚、幻影、幻
thou(代)なんじは、そなたは(これに伴う動詞はareがart、haveがhastとなるほかは-st、-estの語尾をつける)
hast(動)(古)haveの2人称単数直説法現在形(thouを主語にした時に用いる)・thou hast=you have
any(形)(疑問文・条件節で名詞の前に用いて)(可算の名詞の単数形につけて)何か(どれか)一つの、だれか一人の
sound(名)(単数形で/通例修飾語句を伴って)声、調子
use(名)(またa ~)使用(すること)、利用(法)
of(前)(目的格関係を表わして)(しばしば動作名詞または動名詞に伴って)~を、~の
there(副)(thereは形式上主語のように扱われるが、動詞の後に通例不特定のものや人を表わす主語が続く/「そこに」の意味はなく、日本語ではthere isで「~がある」の意になる)/(beを述語動詞として)
good(形)具合の良い、好適な、望ましい(+to do)
thing(名)(無形の)こと、事(柄)、事件
that(代)(指示代名詞)(前に言及しているか、場面上了解されている物事をさして)そのこと(⇔this)
may(助動)(不確実な推量を表わして)~かもしれない、おそらく~だろう
to(前)(行為・作用の対象を表わして)(間接目的語に相当する句を導いて)~に
thee(代)(古)なんじを(に)
do(他)(~に)(利益・損害などを)与える、もたらす
ease(名)(身体の)楽、安楽
grace(名)神の恵み、恩寵
art(動)(古)beの主語が2人称・単数thouの時の直説法現在形 ・thou art=you are
privy(形)内々関与(関知)して ・I was privy to the secret. 私は内々その秘密を知っていた。
thy(代)なんじの、そなたの
which(代)(関係代名詞)(非制限的用法で/通例前にコンマが置かれる)(主格・目的格の場合)そしてそれは(を)
happily(副)(文修飾)運よく、幸運にも、幸いにも(=fortunately)
foreknow(動)前もって知る、予知する
avoid(他)(もの・人などを)避ける、よける、回避する
O(間)(常に大文字で、直後にコンマまたは!は用いない)(驚き・恐怖・苦痛・願望などを表わして)ああ!、おお!、おや!
uphoard(他)(廃)貯蔵する、たくわえる、ため込む(=hoard up)
in(前)(時間を表わして)~(のうち)に、~の間、~中 ・in one's life 自分の生涯で
life(名)生涯、一生、寿命 ・in one's life 一生のうちに、生まれてから(このかた)
extort(他)(力ずく・脅迫などで)(金などを)(人から)奪い取る、ゆすり取る
treasure(名)宝物、財宝(特に蓄えられた古銭・金銀・宝石類)
womb(名)子宮(=uterus)
earth(名)(海に対して)陸地(=ground)
for(前)(原因・理由)~の理由で、~のため(=because of)
they(代)(総称的に一般の人をさして)一般の人々、世人(日本語に訳さないほうがよい場合が多い)・They say that ~だそうだ
say(他)(人に)(~と)言う、話す、述べる、(言葉を)言う(+that)
spirit(名)幽霊、亡霊
oft(副)(古)しばしば、たびたび
walk(自)(幽霊が)出る
in(前)(状態を表わして)~の状態に(で)
death(名)死んだ状態
of(前)(関係・関連を表わして)~の点において、~に関して、~について

The cock crows

cock(名)おんどり ・the cock crows 鶏が時を作る
crow(自)(おんどりが)鳴く、時を作る ・The cock crowed. 鶏は時を作った。

Stay and speak. Stop it, Marcellus.

Marcellus マーセラス(男子名)
【参考文献】
Hamlet』William Shakespeare・著(Penguin Classics)
新訳 ハムレット (角川文庫)河合祥一郎・訳
ハムレット (対訳・注解 研究社シェイクスピア選集8)』大場建治・編注訳(研究社)
ハムレット (研究社小英文叢書 (173))』小津次郎・注釈(研究社)
新英和中辞典 [第7版] 並装』(研究社)
リーダーズ英和辞典 <第3版> [並装]』(研究社)
リーダーズ・プラス』(研究社)
新英和大辞典 第六版 ― 並装』(研究社)