『北北西に進路を取れ』

この週末は、ブルーレイで『北北西に進路を取れ』を見た。

北北西に進路を取れ [Blu-ray]

北北西に進路を取れ [Blu-ray]

1959年のアメリカ映画。
監督はアルフレッド・ヒッチコック
主演はケイリー・グラント
言わずと知れたサスペンス映画の傑作である。
僕は小学生の頃、母に「『北北西に進路を取れ』って知ってる?」と聞いたら、「知らいでか!」と言われた記憶がある。
母は1944年生まれなので、本作の公開時には中学3年生くらいか。
映画が娯楽の中心だったのだろうが、本当に誰でも知っている映画がたくさんあった、幸福な時代だと言えるだろう。
本作は、1959年の洋画興行収入5位。
ちなみに、今年の邦画の興行収入が今のところ1位なのは、『テル・エル・アマルナ』(仮)とかいうタイトルの風呂映画。
何と興収50億円突破だそうだ。
僕は観ていないので何とも言えないが、そもそも、いったい誰があんなものを観に行きたいと思うのか。
大の大人が映画館に並んでまで観るような映画なのか。
古い話で恐縮だが、興収50億円と言えば、『ジョーズ』とか『南極物語』と同じくらいである。
貨幣価値は若干変わっているかも知れないが、上の2作は、間違いなく映画史に残っているし、今でも知らない人はいないだろう。
なぜなら、本当に流行っていたからである。
『テル・エル・何とか』を、はたして30年後に覚えている人がどれだけいるだろうか。
もう一つ、先日、地下鉄の中で早稲田の学生らしき野郎二人の会話。
一人が映画館でバイトしていて、映画が好きらしい。
彼がもう一人に、「いい映画は何度見てもいいんだよ」としみじみ語っている。
今の早稲田の学生はどんな映画を好んで見るのだろうと思って耳を傾けていると、「さあ、今夜は『メン・イン・ブラック』を見なきゃ」。
は?
メン・イン・ブラック』って、確かに面白いかも知れないが、中味は何にもないし、到底「いい映画」とは言えないだろう。
聞いていて悲しくなった。
僕は昔、早稲田の映画研究会に少しだけ顔を出していたことがあったが、当時、先輩方は「フェリーニがどうだ、ゴダールがどうだ」と激論を交わしていたものだった。
隔世の感がある。
映画にしろ、音楽にしろ、本にしろ、最近は文化自体の質が著しく低下しているのではないか。
これは、僕が年を取ったから感じるのではないと思う。
ああ、また話がそれてしまった。
ヒッチコックの映画も、言ってみれば、サスペンスが主体で、見終わった後には何も残らない。
つまり、何かを訴えたいような映画ではない。
しかしながら、彼の映画の組み立て方は素晴らしい。
観客をグイグイと作品の世界に引き込むのである。
北北西に進路を取れ』の主人公・ソーンヒルケイリー・グラント)は、広告会社の社長。
ある日、ホテルで打ち合わせをしている時に、謎の男たちに拉致される。
連れて行かれたのは、門から家まで車でもしばらく掛かるような郊外の大邸宅。
その館の主・タウンゼント(ジェームズ・メイソン。彼は『ロリータ』の主役を演じていた。と言っても、ロリータではない)は、ソーンヒルに向かって「君はジョージ・カプランだろう」と決め付ける。
ソーンヒルは「人違いだ」と主張するが、無理矢理バーボンを一瓶飲まされ、さらに車に乗せられ、事故に見せかけて殺されそうになる。
彼は何とか逃走するが、案の定、事故を起こして警察の御厄介になる。
飲酒運転で酩酊状態の上に、車が盗難車だったので、警察は彼の言うことを全く信じてくれない。
翌日、警察官を連れて昨夜の館に行くも、タウンゼントは「今日は国連に行っている」とのことで留守。
応対した妻は「あなたが自分から酒を飲んだんでしょ」と言う。
ソーンヒルは「そんなバカな」と憤るが、警察は呆れて帰ってしまう。
納得の行かないソーンヒルは、国連本部へ出向いてタウンゼントを呼び出す。
すると、出て来たのは別人。
もう何が何だか分からない。
そこへ、何者かがナイフを投げてタウンゼントの背中に突き刺さる。
思わずナイフを手に取るソーンヒル
新聞記者がフラッシュを光らせる。
「人殺し!」
何と、ソーンヒルは殺人者に仕立て上げられてしまったのだ。
もう逃げるしかない。
という訳で、彼の逃走劇が始まる。
ニューヨークからシカゴへ向かう列車に乗り込む。
あれよあれよと物語が展開して、しかも先が読めない。
どうなるのかと身を乗り出して見てしまう。
謎の女に誘惑されたり、飛行機に追い掛けられたり、ラシュモア山(あのアメリカ大統領の彫像がある所ですね)と、息をもつかせず見せ場は続く。
謎だらけだが、観客には極めて分かりやすく作られている。
娯楽映画の鑑である。
映画史上有名なシーンもたくさんある。
サスペンスのトリックは、どこかで見たようなものばかりだが、それは後世の映画やドラマがみんなヒッチコックを真似ているのだ。
正に「古典」と呼ぶにふさわしいが、僕は本作を古典とは思わない。
僕が小学生の時(ほぼ80年代前半)は、テレビの洋画劇場で70年代くらいの映画は普通に放映されていた。
既に一般家庭のテレビはカラーだったので、カラーでありさえすれば、50年代の映画が掛かることもあった。
日曜洋画劇場○周年記念」などと銘打って、2週連続で『ベン・ハー』なんていうことも珍しくなかったのだ。
従って、僕なんかの感覚では、カラーの映画は「古典」ではない。
モノクロでも、60年代前半の、例えば『サイコ』とか『博士の異常な愛情』あたりだと、あまり古いという感じがしない。
僕にとって映画の古典というのは、『街の灯』や『市民ケーン』などになるだろう。
僕が小学生の頃、祝日の午前中にNHK教育で、こういった古典的名作映画を放映していた。
だから、そこで見たような映画が僕にとっての「古典」なのである。
ああ、また話が大幅にそれてしまったが、『北北西に進路を取れ』は、今見ても古めかしい感じはしない。
もちろん、街並みや車や衣装は半世紀前のものだが。
ただ、ちょっとメロドラマ色が強くて興醒めするのと、ラストが…。
細君は、このラストを見て「この映画は100点満点で38点!」と憤慨していた。
だが、そこに至るまでの巧みさは、やはり特筆に値すると思う。
サスペンス映画なので、これ以上細かいストーリーは書けない。
興味がある人は自分で見て判断して下さい。
ちなみに、本作は「ビスタビジョン」という方式で撮影されている。
ワイドスクリーンの一方式で、普通の映画はフィルムが縦に回るが、ビスタビジョンでは横に回る。
文章で書くと説明しづらいが、一コマの面積が2倍になるため、画質が良い。
同じワイドスクリーンでも、シネマスコープは通常の約2倍の横長の映像を圧縮して記録するため、画質が荒れる。
シネラマは3本のフィルムを同時に回すため、かなりワイドな画面を実現できるが、つなぎ目が2本出来てしまう。
70ミリは、文字通り、35ミリの2倍の幅のフィルムなので、その分、画質を維持したまま横長に出来る。
最近ではワイドスクリーンもすっかり下火になってしまった。
こういう技術的な話は大好きなのだが。
現在、一般的な「ビスタ・サイズ」というのは、通常の35ミリ・スタンダードサイズの上下をマスクして横長にしているだけなので、当然、画質は落ちる。
またまた雑談に走ってしまった。