『プラトーン』

この週末は、ブルーレイで『プラトーン』を見た。

本作を見るのは2回目。
1986年のアメリカ映画。
監督はオリヴァー・ストーン
彼は『スカーフェイス』の脚本も書いていた。
『サルバドル/遥かなる日々』のような売れない映画を撮った後、本作で一躍有名になる。
以後、『ウォール街』『7月4日に生まれて』『JFK』などを連発し、一気に社会派の巨匠扱いされるようになった。
プラトーン』は、彼自身のベトナム従軍経験を基にして生まれた。
本作以前、ベトナム戦争映画には『ディア・ハンター』『地獄の黙示録』などがあったが、前者はベトナム戦争というよりロシアン・ルーレットが主役だし、後者は、戦場を描いたのは前半だけで、後半はあまりベトナムとは関係のない観念的なシーンばかりだ。
と言う訳で、本作が「初の本格的なベトナム戦争映画」ということになっている。
本作が公開された当時、僕は中学生で、この頃、ベトナム戦争映画が立て続けに3本公開されて、ちょっとしたブームになっていた。
すなわち、本作、『ハンバーガー・ヒル』『フルメタル・ジャケット』である。
ハンバーガー・ヒル』は大して話題にならず、今や覚えている人も少いだろう。
僕の友人たちは、『プラトーン』派と『フルメタル・ジャケット』派に分かれた。
僕自身は、『プラトーン』には全く興味がなく、観に行きもしなかった(従って、かなり大人になってからDVDで見た)。
ある友人は「『プラトーン』は全くピンと来なかったが、『フルメタル・ジャケット』を見て、キューブリックは天才だと思った」と語ったが、僕も同感である。
今回、改めて見直してみて、オリヴァー・ストーンキューブリックには、言葉は悪いが、「アマチュアとプロ」の差があると感じた。
映画としての完成度の高さは、圧倒的に『フルメタル・ジャケット』に軍配が上がる。
完璧に計算された構成、強烈な役者の演技、感情に流れない音楽。
CMでパロディにされたように、『フルメタル・ジャケット』には一度見ると忘れられない凄まじいインパクトがある。
しかし、『プラトーン』は緻密な構成ではない。
荒削りな作品である。
画質も悪く、画面は暗く、カメラワークも不安定だ。
音楽も、確かに作品の雰囲気には合っているが、冒頭から悲壮感を漂わせようと意図していることが分かる。
若干、狙い過ぎなのだ。
オリヴァー・ストーン自身の従軍経験に寄りかかって、勢いで作られた作品なのだろう。
ただ、やはり実際の戦争の現場は経験した者にしか分からず、現代の平和ボケした日本人には、一つ一つの描写が生々しく突き刺さって来る。
主演のチャーリー・シーンは、本作が初主演のようだ。
奇しくも、『地獄の黙示録』に出演したマーティン・シーンに続き、親子二代に渡るベトナム戦争映画主演だ。
彼の演じるクリス・テイラーは、大学を辞めてベトナムに志願した。
少数民族貧困層の若者ばかりが徴兵されて来ている中では、彼はエリートで異端である。
最初は、差別的な徴兵に違和感を覚え、正義感から志願したのであったが、想像を超える過酷な戦場を目の当たりにして、彼はすぐに後悔する。
彼の表情が、最初はボンボンだったのに、次第に鋭い目つきの軍人のものに変わっていくのはスゴイ。
余談だが、いつの時代も、貧乏人が階層移動するには教師か軍人になるしかない。
頭脳の優秀な者は教師に、そうでない者は軍人になる。
戦前の日本もそうだった。
今は、そうした階層移動装置が崩れてしまっている。
僕の高校の同級生は、大学を出てから職業軍人になったが、最初から幹部候補で、高卒の兵士とは全然待遇が違うらしい。
それでも、軍人はいざとなったら国のために命を捨てなければならないから、彼のお母さんは「本人が決めたことだから仕方がないけど、何でわざわざ自衛隊なんかに…」と泣いていた。
話がそれてしまった。
糞尿処理の場面や、延々と続くジャングル、容赦なく噛み付く大アリやヒル、足元をスルリと抜ける毒蛇、ジトジトと降りしきる熱帯雨林、そして、おびただしい死体の山などのリアリティは、さすが実際にベトナムに行った監督だけある。
終わりの見えない戦争の中で、兵士たちは気を紛らすために、マリファナやアヘンを吸い、ジャック・ダニエルを一気飲みする。
かつて日本でも「突撃錠」という覚醒剤を、特攻前の兵士が飲んだそうだが。
それから、見ていて苦しくなるのは、やはり現地の村にアメリカ兵が踏み込んだ時である。
彼らから見ると、現地の人間は敵なのか味方なのかも分からない。
英語を話せず、従って何を言っているのかも判らず、ただキイキイとうるさいだけの黄色い猿でしかない。
長引く戦闘で兵士たちは疑心暗鬼に陥っていて、とにかくベトナム人を見つけたら殺してしまうのだ。
片目・片足の若者を「ニヤニヤ笑う」と言って母親の前で撲殺。
必死で何事かを訴える中年女性を夫と娘の前で射殺。
強姦も。
最後には村に火を放つ。
この残虐さ。
アメリカ人にとっては、有色人種など人間ではないのだろう。
もし、太平洋戦争で日本の本土にアメリカ人が上陸していたら、同じようなことが起こったに違いない。
そうでなくても、アメリカ軍は、多くの一般市民の命を空襲によって奪っているのだ。
ベトナム人と同じアジアの一員として、このシーンは真に看過ならない。
本作では、ひたすら戦場の描写が続き、それほど明確なストーリーはないが、柱になるのは、軍隊内部の仲間割れである。
味方を平気で撃ち殺すバーンズ軍曹(トム・べレンジャー)と、それに抗議するエライアス軍曹(ウィレム・デフォー)の対立だ。
二人の対立は抜き差しならなくなり、ついに、エライアスはバーンズに裏切られ、大勢のベトコンに囲まれて死ぬ。
ポスターにもなった、ひざまずくエイリアスの有名なシーンだ。
この善と悪との対立が、実際にあった出来事なのかどうかは分からないが、ちょっと類型的過ぎるような気もする。
確かに、こういう事件も起こるほど、狂った戦場だったと言いたいのは理解出来るのだが。
最後に、テイラーだけ助かるというのも、どうもご都合的。
この辺りが、本作のちょっと甘い所だろうか。
ともあれ、全体としては、大変衝撃的な作品であるのは間違いない。
ちなみに、トム・べレンジャーもウィレム・デフォーも、無名の俳優だったが、本作の演技で一躍注目された。
個性派俳優のフォレスト・ウィテカー(顔を見れば誰でも知っている)も出ている。
さらに、ジョニー・デップも出ているらしいが、確認出来なかったな。
それから、本作には「fuck」とか「shit」とか「ass」みたいな言葉が頻繁に出て来るが、その割には字幕の訳が大人し過ぎると感じた。
アカデミー賞作品賞、監督賞、編集賞、録音賞受賞。