『ベン・ハー』(1959)

この週末は、ブルーレイで『ベン・ハー』(1959)を見た。

ベン・ハー 製作50周年記念リマスター版(2枚組) [Blu-ray]

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1959年のアメリカ映画。
普段「リメイクに名作はない」などと公言している僕であるが、本作はルー・ウォーレスによる大ベストセラー小説の3度目の映画化である。
本作はリメイクでありながら、アカデミー賞史上最多タイ(『タイタニック』と、もう1作)の11部門を受賞し、「『ベン・ハー』イズ・ザ・グレイテスト!」などと言われ、映画史上で極めて高い評価を得ている例外的な作品だ。
オスカー獲得数に関しては、『タイタニック』と何ちゃら(知っているけど書きたくない)は技術部門の受賞が大部分だったが、『ベン・ハー』は主演男優賞、助演男優賞という演技部門で二つも賞を得ているのが大きな違いだ。
いかに技術の進歩した昨今でも、さすがにシュワルツェネッガーブルース・ウィリス辺りを主演にしてCG満載のリメイクを作り、名作の評価を地に貶めるような無謀な試みはされていない。
と思ったら、どうやら本当にリメイクされるようだ。
プロデューサーが『ハムナプトラ何ちゃら』の人らしいから、まあ、完成前から駄作確定だな。
当然、時間とカネの壮大な無駄なので、絶対に観に行かない。
さて、僕は、本作をこれまでに何度見たかは分からない。
本作は、僕の亡き母が一番好きな映画であった。
母は事あるごとに「『ベン・ハー』はスゴイ!」「『ベン・ハー』みたいなスペクタクルが見たい」と口癖のように言っていた。
母は、若い時にリバイバル上映で本作を見たらしい。
ちなみに、父も本作を映画館で見ている。
これに匹敵する最近の作品と言えば、『タイタニック』くらいしか思い浮かばない(もはや「最近」でも何でもないが)。
僕が『ベン・ハー』というタイトルを初めて知ったのは、確か小学2年生くらいの時だったと思う。
母が父と「今日はテレビで『ベン・ハー』やるで!」と騒いでいた。
よく「長い映画」の代表として語られる4時間近くの作品なので、テレビだと、おそらく2週に渡って放映したのだろう。
その頃の僕は、夜8時には寝なければいけなかったので、残念ながら、その時は本作を見ることが出来なかった。
まあ、小学2年生では、見ても理解出来ないだろうが。
初めて本作をちゃんと見たのは、確か高校生の時だったと思う。
今は亡き大阪のシネラマ常設館OS劇場で本作を上映すると聞き、母の「絶対に見といた方がええで」という言葉に後押しされて観に行った。
その頃には、さすがに『ベン・ハー』という映画がどのような作品であるかは聞き知っていたので、僕も勇んで劇場に出掛けた。
後にも先にも本作を劇場で観たのはこの一度きりだが、シネラマの大画面で観ておいて良かったと思う。
特に、「映画史上最もスリリングな15分」とも言われるクライマックスの大戦車競走のシーンなどは、劇場で観ないと、あの迫力は分からない。
そして、昨今の進歩したCG技術でも、あんな映像は撮れないだろう。
あれは、本物の迫力だ。
大学に入って上京してからは、金がない癖に、当時映画ファンの間で流行っていたパイオニアのレーザー・ディスクなんぞで、自分の「映画ライブラリー」を作ろうと思い立った。
池袋のリサイクル・ショップで、ソニーの25型トリニトロンを買い、丸井のカードでレーザー・ディスク・プレイヤーを買った。
これらが、四畳半風呂なしトイレ共同の部屋に、鎮座ましましていたのである。
アルバイトの給料が入ったら、高田馬場のタイムという中古レコード屋に行った。
この店は中古レーザー・ディスクも充実していた。
ここで、欲しい作品を物色し、5枚くらい買う。
当時、レーザー・ディスクはある程度普及していて、登場した頃は1万円以上したソフトが3900〜4900円くらいで買えるようになっていた。
とは言え、手取り10万ちょっとのアルバイト代からすれば大金だ。
たちまち金が足りなくなって、給料日の1週間くらい前になると、せっかく買ったソフトをまた売りに行く。
そんな訳で、僕のレーザー・ディスクは、いつまで経っても5枚を超えることはなかった。
もちろん、その中には『ベン・ハー』も含まれていた。
初めて『ベン・ハー』のソフトを買った時、僕は興奮して、アパートの隣の部屋に住んでいた高校時代の友人を呼び出し、無理やり見せた。
まあ、彼は全く興味なさそうだったが。
実家に帰れば、母が見たがるので、レンタル屋でビデオを借りて来る。
結婚してからは、細君に見せるためにDVDを借りて来る。
こんな調子で、これまでに僕は何度も『ベン・ハー』を見た。
昔は高嶺の花だったライブラリーが、今や高画質のブルーレイで1枚1500円くらいで(映画館に1回行くよりも安く)手に入るだなんて、時代は変わった。
長々と、どうでもいい僕の思い出を綴ってしまった。
話を『ベン・ハー』に戻そう。
監督のウィリアム・ワイラーは、言わずと知れた巨匠中の巨匠。
誰でも知っている『ローマの休日』以外にも代表作多数。
『ミニヴァー夫人』『我等の生涯の最良の年』そして、この『ベン・ハー』と、アカデミー賞監督賞を3回も受賞している。
ローマ帝国の滅亡』のアンソニー・マンの凡庸な演出と比べると、ウィリアム・ワイラーの卓越さがよく分かる。
ベン・ハー』は、上映時間が4時間近い超大作だが、登場人物の性格や心理の描写がはっきりしていて分かりやすく、そのためドラマに起伏があって、長さを感じさせない。
映画というのは、やはり金さえ掛ければ良いというものではない。
主役のジュダ・ベン・ハーを演じたチャールトン・ヘストンも、言うまでもなくハリウッドの名優だ。
本作で、アカデミー賞主演男優賞を受賞している。
本作以外にも、『十戒』『エル・シド』『北京の55日』など、歴史スペクタクルではお馴染みの顔である。
さらに、『猿の惑星』や『ソイレント・グリーン』といったSF映画、『大地震』や『エアポート'75』といったパニック映画と、活躍の幅は広い。
ジュリアス・シーザー』や『アントニークレオパトラ』(監督も)のようなシェイクスピア映画にも出ている。
ケネス・ブラナーの『ハムレット』では、旅役者の座長をさすがの存在感で演じた。
もっとも、彼のことを「大根役者」と呼ぶ人もいるが。
ベン・ハーの適役メッサラを演じたスティーヴン・ボイドも、『ローマ帝国の滅亡』や『天地創造』などのスペクタクルから『ミクロの決死圏』のようなSFまで、出演作の幅は広い。
残念ながら、若くして亡くなってしまったが。
ベン・ハーに戦車競争用の馬を手配する族長役のヒュー・グリフィスは、コミカルかつ存在感のある演技で、アカデミー賞助演男優賞を受賞している。
まあ、『スパルタカス』のピーター・ユスティノフに当たる役だろう。
テンションの高い大作には、こういう緊張を和らげる役が必要だ。
それから、役者ではないが、『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』のセルジオ・レオーネが助監督を務めている。
ストーリー自体は、こういう大作の常だが、単純だ。
込み入ったストーリーで長尺では、大量動員が出来ないから、製作費の回収が難しくなる。
本作は70ミリで撮られているから、上映館が限られ、しかも4時間近い上映時間だから、1日に2回しか興行出来ないのに、1960年の日本国内での興行ベスト・テン(外国映画)では1位を獲得している。
余程のロングラン上映だったのだろう。
また、話がそれた。
ベン・ハー』のストーリーだった。
まず、本作はキリストを軸とした宗教映画であることを覚えておかなくてはならない。
物語はキリストの誕生から始まる。
そして、その26年後。
ローマ帝国が支配するユダヤに司令官メッサラ(スティーヴン・ボイド)が派遣される。
メッサラは、任地エルサレムで、ユダヤの王族の血を引く幼馴染ジュダ・ベン・ハーチャールトン・ヘストン)との再会を喜び合う。
二人は親友同士だが、お互いの国を思う気持ちは譲れない。
これも物語のキーになる。
ある日、ローマの総監督が赴任して来たパレードを自宅の屋上から見物していたベン・ハーの妹は、誤って屋根瓦を行列の上に落してしまう。
ベン・ハーは家族である妹と母親を庇おうとして、メッサラから司令官暗殺未遂の罪を着せられ、妹と母親も捕らえられてしまった。
炎天下の砂漠を延々と歩かされ、ノドの渇きに倒れたベン・ハーに一杯の水を与えてくれたのは、救世主キリストだった。
キリストは、常に後姿だけ写され、顔は見えない。
ベン・ハーは、誰だか分からないが、命の水をもらった恩と、彼の神々しい姿を目に焼き付ける。
ベン・ハーは、罪人として、送られた者は1年も生き延びられないというガレー船の漕ぎ手にさせられる。
しかし、彼は3年も生き延びた。
たくましい姿が司令官アリウスの目に留まる。
このガレー船を囚人たちが太鼓のリズムに合わせて漕ぐシーンがいい。
僕の母が大好きな場面だった。
通常の速度から、「攻撃態勢」→「突撃態勢」と進むに連れ、太鼓の音も速くなり、脱落する漕ぎ手も出て来る。
この海戦シーンが前半最大の見せ場だが、本作では、残念なことに船がミニチュアだと分かってしまう。
これは、1925年のサイレント版『ベン・ハー』(フレッド・ニブロ監督)の海戦シーンで、実物大の船を使って撮影したところ、火の回りが早くて、泳げないエキストラが何十人も溺れ死んだという事故の教訓を生かしてであろう。
このサイレント版の海戦シーンは、それこそ本物の迫力だった。
さて、ベン・ハーはこの海戦で司令官アリウスの命を救うという大手柄を立て、彼の養子になる。
故郷ユダヤに戻ったベン・ハーは、妹と母が死んだと聞かされ、メッサラに復讐する誓いを立てる。
この辺りの心理描写が、実に格調高く、しかも分かりやすく描かれている。
ベン・ハーは族長(ヒュー・グリフィス)の4頭の白馬を調教して、戦車競走に挑むことになる。
この馬たちの演技がまた素晴らしい。
まるで、『ガリヴァー旅行記』のフーイヌムのように知性が感じられる。
この戦車競走には、ローマの代表としてメッサラも出場する。
ここで休憩。
後半、各地方の代表が並んで、いよいよレース本番。
戦車は4頭立ての馬車だ。
この戦車競走のシーンは、先にも書いたように「映画史上最もスリリングな15分間」と言われるが、昨今のCGなどでは到底出せない、正に本物の迫力だ。
僕は、DVDの特典映像でメイキングを見たが(ブルーレイには、この特典は入っていない)、スタントや人形を巧みに使い分け、見事なカメラと編集のテクニックで、撮影時にケガ人や死者は出ていないのだという。
けれども、大惨事が起こっているように見えるのだからスゴイ。
母は、このシーンで、戦車が1周する度にカクッとと下にさがる魚の彫り物が好きだった。
ここは本作のクライマックスなので、結果は明かさない。
この後のストーリーも伏せておくが、要するに、キリストの奇跡によって救われる「キリスト万歳!」な宗教映画である。
この辺りは、無宗教の日本人には本当のところは理解出来ないだろう。
ベン・ハー』をリメイク出来ないのは、「ハンセン病患者を差別している」と言われるからかも知れない。
これを書いてしまうとネタバレになるかな。
僕の母は、熱心なS学会の信者だったが、I田D作先生ではなく、異教であるはずのキリスト教を讃える映画をなぜ好んだのか。
まあ、同じ「宗教」というところで、相通じるものがあるのだろう。
でも、宗教的な部分は抜きにしても、本作のスケールの大きさと骨太な人間ドラマは、立派に映画史上に輝きを放っている。
フル楽団による勇壮な音楽も素晴らしかった。
アカデミー賞作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞、撮影賞、美術監督賞、衣装デザイン賞、劇音楽賞、音響賞、編集賞、特殊効果賞受賞。