『シラノ・ド・ベルジュラック(1990)』

この週末は、ブルーレイで『シラノ・ド・ベルジュラック』を見た。

1990年のフランス・ハンガリー合作映画。
日本公開は1991年。
僕は浪人中に、渋谷の文化村ル・シネマでこの映画を観た。
ル・シネマでは、この作品を数ヶ月間の超ロングラン(確か、新記録だったと思う)で上映していた。
僕は浪人中、100本以上の映画を映画館で観たが(勉強もせず)、その中でも、最も感銘を受けた作品の一つである。
その後も、ビデオで見返したことがある。
文化村ル・シネマは、正統派のフランス映画(シネマライズ渋谷とか六本木シネ・ヴィヴァンのようにとんがった作品ではなく)ばかり上映していたので、よく通ったものだ。
一つ、浪人中のことで白状すると、ジャン・ポール・ベルモンドが池袋の東京芸術劇場で『シラノ・ド・ベルジュラック』を上演するために来日するということで、僕は月給8万円の新聞奨学生の身でありながら、S席2万円のチケットを買ったんだな。
けれども、結局、食費がなくて払い戻したという。
今なら、もう少し懐に余裕があるから、絶対に観に行くんだが。
一生の後悔だ。
この映画の監督は、ジャン・ポール・ラプノー。
あのルイ・マルの『地下鉄のザジ』の脚本を書いた人だ。
脚本はジャン・クロード・カリエール
他にも、『昼顔』(ルイス・ブニュエル監督)や『ブリキの太鼓』(フォルカー・シュレンドルフ監督)など、映画史に残る作品の脚本を物している。
原作はエドモン・ロスタン。
僕は、原作は読んでいないが、『シラノ・ド・ベルジュラック』を初めて知ったのは、中学生の時だった。
僕は中学3年間、文化祭で演劇をやったが、その時に脚本の候補に誰かが持って来たのを読んだのだと思う。
もちろん、中学生向けの脚本なので、原作通りではないが。
なので、「鼻のシラノ」のあらすじはその時に知った。
なお、結局、その年、僕のクラスは『とりかへばや物語』を上演した(ちなみに、演出は僕)。
シラノ・ド・ベルジュラック』はフランスの国民的(嫌いな言葉だが)戯曲で、イギリスで言えば『ハムレット』、日本で言えば『忠臣蔵』あたりに相当するのだろうか。
これで、実に7回目の映画化だという。
ロミオとジュリエット』や『ハムレット』よりも多いんだな。
有名なのは、ホセ・フェラーが主演してアカデミー賞主演男優賞を獲った1950年版らしいが。
フランスの古典を英語で見せられてもなあ。
僕は本作しか見ていないが、主役の素晴らしさと、スケールの大きさから考えて、こちらが「決定版」と言えるのではないかと思う。
当時の宣伝では、製作費は日本円で約26億円。
あの、フランスから出資してもらったという、クロサワの『乱』と同じくらいである。
古典が原作ということと、アカデミー賞衣装デザイン賞を受賞しているという点も共通している。
で、主役のシラノを演じたのは、フランスの大スター、ジェラール・ドパルデュー
僕は、前述のように、学生の頃、やたらフランス映画ばかり観ていたが、その大半に、ドパルデューかジャン・ユーグ・アングラードのどちらかが出ていた気がする。
『ジュ・テーム…』(セルジュ・ゲンズブール監督)、『隣の女』(フランソワ・トリュフォー監督)、『カミーユ・クローデル』(ブリュノ・ニュイッテン監督)、『さよならモンペール』(ジェラール・ロージェ監督)、『ハムレット(1996)』(ケネス・ブラナー監督)(※これはフランス映画じゃないか)…。
ドパルデューはスゴイ役者で、「フランスのロバート・デ・ニーロ」とも言える。
僕が学生時代、映画館でアルバイトをしていた時に、映画の大好きな先輩が『1900年』(ベルナルド・ベルトルッチ監督)を、「デ・ニーロとドパルデューの演技合戦が素晴らしい!」と絶賛していたが、残念ながら、今に至るまで未見。
この『シラノ・ド・ベルジュラック』は、ドパルデューの代表作の一つで、カンヌ国際映画祭の男優賞、セザール賞(フランスのアカデミー賞)の主演男優賞を受賞している。
剣の達人で、詩人。
全編暴れ回りながら詩的なセリフを喋りまくり、一方で、容姿にコンプレックスがあるので、愛する女性の前ではしゅんとするという、大変起伏の多い難しい役なので、相当な役者じゃないと務まらんだろう。
逆に言うと、主役が立派なら、それで成立する作品だと。
共演は、アンヌ・ブロシェとヴァンサン・ペレーズ
ヴァンサン・ペレーズの出演作は、『インドシナ』(レジス・ヴァルニエ監督)や『王妃マルゴ』(パトリス・シェロー監督)を文化村ル・シネマで観たような記憶がある。
で、『シラノ・ド・ベルジュラック』は、フランス映画界が威信を懸けて、総力を挙げて製作しただけあって、セットも衣装も豪華だし、エキストラもたくさん出て来るし、戦闘シーンもスゴイ迫力で、とにかくカネが掛かっている。
もちろん、上に書いたように、主役のシラノが完璧だから、それらの舞台装置も活きて来るのだが。
まあ、こういう映画は、もう二度と作れないだろう。
カラー、ワイド。
高らかなテーマ曲。
雨の中、走る人力車。
少年が降りて来て、劇場の中へ。
美男のクリスチャン(ヴァンサン・ペレーズ)はソワソワしている。
そこへ、美女ロクサーヌ(アンヌ・ブロシェ)がやって来る。
クリスチャンは、ロクサーヌに見とれて一目ぼれするが、そのためにスリに遭ってしまう。
シラノ・ド・ベルジュラックジェラール・ドパルデュー)は未だやって来ない。
役者が登場する。
すると、階上の観劇席の奥から、「失せろ!」と声が響く。
シラノだ!
場内は大騒ぎ。
シラノは、デブの大根役者が大嫌いであった。
剣で緞帳のロープを切り、芝居をブチ壊す。
そして、払い戻しの入場料として、自分の財布を投げ付ける。
ロクサーヌがシラノに手を振る。
彼女はシラノの従妹であった。
シラノは鼻が人並み外れてデカイ。
鼻を侮辱されて怒るシラノ。
「オレが相手をしよう!」
しかし、侮辱の言葉がほんの一言しかない。
「オレなら言えるぞ、色々とな!」と、次から次へとと詩的な言葉が飛び出す。
相手は青年貴族であった。
この貴族は、シラノに「マヌケ!」と言われて激昂し、ついに剣を抜く。
シラノは、詩を唱えながら、見事に剣をさばく。
彼は、詩人であり、剣の達人でもあった。
そして、とうとう貴族の腹をブスリと刺す。
それまでやんやの喝采を送っていた物見高い聴衆は、さっと引く。
その後、シラノは友人に、財布を投げて一文無しになってしまったと告白する。
シラノが大根役者を嫌う理由は、ロクサーヌに色目を使ったからであった。
シラノは、ロクサーヌに惚れていたのである。
だが、色恋は、大きな鼻のせいで諦めていた。
そこへ、「ロクサーヌが明日の夜、お会いしたい」と使いの者がやって来る。
心ときめくシラノ。
友人の詩人が、権力者であるギーシュ伯爵の女癖の悪さを揶揄する詩を書いたので、伯爵の手先の者が100名ほど、門の前で待ち伏せしていて、家に帰れないとシラノに打ち明ける。
「オレが相手にしてやる!」
血気盛んなシラノは、100人の男達を、バッサバッサと斬り捨てる。
翌日、パティシエのラグノーの店では、女房が彼の大切な本を破って、パンを包む袋にしたと言って大騒ぎ。
そこへ、シラノがやって来る。
ラグノーは、「昨晩の韻文の決闘は素晴らしかった」とシラノを称賛する。
シラノは、この店でロクサーヌと待ち合わせしているのであった。
ふとテーブルの上に置いてある鏡に目をやってしまい、そこに映った己の鼻の醜さに、思わず鏡を伏せるシラノ。
「手紙を渡して逃げるか」と悩んでいると、ロクサーヌがやって来る。
彼女はシラノに、「昨夜、あなたが見事に打ちのめした男をとある貴族が私の夫にと」と打ち明ける。
「ある人を愛しているの」という彼女の言葉に一瞬、色めき立つシラノだが、「その人の名はクリスチャン・ド・ヌヴィレット」と聞いて、落胆する。
「もし彼が俗物なら?」
「私、死ぬわ。」
最初は、「私は役に立てない」と言うシラノだったが、彼女の懇願で、仕方なく、「よろしい、彼を守ってあげよう」と答える。
ロクサーヌが去った後のシラノが切ない。
シラノは、自分の中隊に顔を出す。
昨晩の大立ち回りを知っている部下達は、大いに歓迎の意を表するが、シラノは「うるさい!」と一蹴。
そこへギーシュ伯爵がやって来る。
気分の悪いシラノは、伯爵にもぞんざいな態度を取る。
「私の専属詩人にならんか?」
「お断りします。」
しかし、これは伯爵の皮肉であった。
伯爵は、自分を揶揄する詩を書いた詩人を捕まえようと100人の手勢を送ったのだが、それをシラノに邪魔されて、激怒していたのである。
「君は私の計画を妨害した。」
シラノは、権力者に媚びるのが嫌いなのであった。
そこへ、今日から入隊することになったクリスチャンがやって来る。
兵士達は、新人のクリスチャンに「ここでは、『鼻』は禁句だ」と警告する。
ところが、シラノが部下達に昨晩の武勲を聴かせている所で、クリスチャンは「鼻」を連呼。
シラノは、それがロクサーヌの恋するクリスチャンだと知って黙ったものの、ついに怒り心頭、部下達を追い出し、すわ決闘か!
けれども、シラノが「私は彼女の従兄だ」と告げたので、急にクリスチャンが下手に出る。
シラノは、クリスチャンの顔を見て、「確かに美しい」と溜息を吐く。
だが、クリスチャンは見掛けだけで、黙っていればいいのだが、女性の前に出ると、うまく思いを伝えられなくなってしまうのであった。
「天は二物を与えんな」とシラノ。
そこで、シラノは「二人で一人。オレが弁舌を与えよう」と、自分の書いた見事な恋文をクリスチャンに渡し、「あとは署名をすればいい」。
これには、さっきまでの生意気な態度もどこへやら、クリスチャンは「Mon ami!」とシラノにすがり付く。
その手紙を受け取ったロクサーヌは、余りに美しい文面に、恍惚とした表情を浮かべる。
その後も、彼女の元には、何通もの手紙が届けられた。
ギーシュ伯爵がロクサーヌの所にやって来る。
伯爵は、美しいロクサーヌを愛人にしようと狙っていた。
「お別れです。戦争が始まる」と告げる伯爵。
戦争が始まると、シラノとクリスチャンも戦場へ赴かなければならない。
伯爵の狙いもそれであったが、ロクサーヌは逆に、「戦いに行けないことが最大の不名誉でしょう」と、彼らの中隊を戦闘に参加させないよう提案する。
彼女が自分に気があると勘違いした伯爵は、その提案を受け入れる。
ロクサーヌは、街でクリスチャンとばったり出くわす。
クリスチャンは逃げる。
もちろん、会っても何を話せば良いのかが分からないからだが。
困ったロクサーヌは、「手紙はくれるのに、姿は見えない」とシラノに訴える。
「彼を見付けて。今夜ぜひ会いたい。手紙の言葉を直接聞きたい。」
そこで、シラノはクリスチャンに、「オレの言うセリフを覚えろ」と言うが、浮かれトンチキな勘違い野郎は、「いやだ、自分の言葉で伝えたい!」
その夜、『ロミオとジュリエット』のような、ロクサーヌ邸のバルコニーの下。
「美しい愛の言葉を聞かせて」と言うロクサーヌに、下世話なセリフしか吐けないクリスチャン。
たちまち彼女は失望するが、シラノが船場吉兆の記者会見のように助け舟を出す。
そして、暗闇の中で、クリスチャンとシラノは入れ代わる。
シラノは、滔々と自分の想いを語る。
彼女がときめいているのを見て、「今だ!」と、クリスチャンはバルコニーに上る。
抱き合って、キスをする二人。
それを遠巻きから見て、落胆しながら帰るシラノ。
ああ、切ないねえ。
しかし、こんな真夜中にギーシュ伯爵の使いの者が手紙を届けに来る。
「どうしても会いたいので、今からあなたの所へ忍んで行く」とのこと。
シラノは、とっさにあるアイディアを思い付く。
伯爵が到着する前に、クリスチャンとロクサーヌに結婚式を挙げさせようというのだ。
とは言え、時間がない。
シラノは、鼻をマスクで隠し、「私は月から来た」などと頭のおかしなことを言って、伯爵の行く手を遮り、時間稼ぎをする。
ロクサーヌ邸に到着し、彼女が既に人妻となってしまったことを知った伯爵は激怒。
シラノ達に戦場へ赴くよう命じる。
「手紙を書いて」と抱き合いながらクリスチャンに懇願するロクサーヌ
かくして、シラノとクリスチャンは出陣した。
さあ、これからどうなる?
後半は、大合戦シーンのスペクタクルと、ドパルデューの独り舞台が見られる。
特に、ラストに至るまでの芝居が素晴らしい。
正に、独壇場だ。
本当に、泣きそうになる。
モリエールがシラノの詩を剽窃して、自分の戯曲の独白に使い、それが大当たりしたなんていう悪口もあるが、これは実話らしい。
シラノの最後のセリフは有名だ。
「C'est mon panache!」
日本語では、「俺の心意気だ」が定訳のようになっているが、どうだろうか。
細君も言っていたが、せっかくのフランス語のリズムも、日本語字幕にしてしまうと、かなり違った印象になってしまう。
かと言って、フランス語のまま理解出来るはずもないので、どうしようもないのだが。
まあ、しかし、ドパルデューの演技の力と、テンポの良い見せ場の数々で、2時間20分はあっという間に過ぎる。
カンヌ国際映画祭男優賞、アカデミー賞衣装デザイン賞受賞。

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