『シャイニング』

この週末は、ブルーレイで『シャイニング』を見た。

シャイニング [Blu-ray]

シャイニング [Blu-ray]

今までに何回見たかは分からない。
1980年のイギリス・アメリカ映画。
監督は、僕が尊敬するスタンリー・キューブリック
原作はモダンホラーの巨匠スティーヴン・キング
主演は大スターのジャック・ニコルソンという、何とも豪華な作品である。
しかしながら、本作は、いわゆるホラー映画としては失敗作だと思う。
この映画の怖さは、一般的なホラー映画の怖さとはかなり質が違う。
原作を読んでいないので何とも言えないが、キューブリックは、どうやら超常現象というものを信じていないようだ。
原作のスティーヴン・キングは、この映画の出来栄えに激怒し、後に自分で取り直している。
おそらく、超常現象に対するとらえ方が、監督と原作者で食い違っていたのだろう。
スティーヴン・キング原作のホラー映画は何本か見たことがある(『キャリー』『ペット・セメタリー』『ドリームキャッチャー』など)が、どれも、もっと単純というか、分かりやすかった。
映画『シャイニング』は、超常現象を前提としていない。
でも、それを超越したところで、この作品は映画史に残っている。
僕も超常現象などは全く信じていないので、本作は、主人公が狂って行く様を描いた心理ドラマだと思っているが、その観点から見ても、キューブリックの手腕は卓越している。
冒頭、重い低音の音楽と共に、アメリカの大渓谷の合間を縫うように飛ぶ空中撮影から始まる。
この音楽と安定したカメラの動きが、既に不気味な雰囲気を醸し出している。
本作の音楽は、決して派手ではないが、全編に渡って重々しい空気を漂わせるのに貢献している。
舞台となるのは、冬の間は雪で閉ざされてしまうホテル。
高山をバックに、白銀の雪化粧を施されたホテルが本当に画になっている。
こんなに美しいホラー映画はまずない。
主人公のジャック・トランス(ジャック・ニコルソン)は、冬の間、このホテルの管理人を引き受けることになり、家族と一緒に移り住む。
彼は小説家だ。
ホテルの管理をしながら小説を書くつもりでいる。
しかし、このホテルでは、昔、管理人が家族を惨殺したことがあったそうだ。
ジャックの一人息子ダニー(ダニー・ロイド)は、シャイニングという超能力を持っていて、このホテルであった惨劇の様子が見えるのだが、それは作品の本筋とはあまり関係ない。
超能力なんかは一切関係なくても、こんな山奥のホテルにずっと閉じ込められていたら、そりゃおかしくもなるわなという説得力がある。
ダニーが三輪車でだだっ広いホテルの廊下を走り回る。
カメラはそのすぐ後を一緒に付いて行くが、なぜか画面が全く揺れない。
本作で映画史上初めて使われたというステディカム(カメラの揺れを防止する装置)のおかげである。
ただ三輪車が走るだけのシーンが、既に「怖い」のだ。
ジャックがまともだったのは最初だけで、すぐにおかしくなり始める(いや、最初から狂っているようにも見えるが)。
ジャック・ニコルソンの狂気の演技は見事である。
カッコーの巣の上で』の100倍くらいスゴイ。
そして、それに振り回される奥さん(シェリー・デュヴァル)の逆上する演技が、ジャックに勝るとも劣らず壮絶だ。
子役のダニー・ロイドも、なかなか愛くるしい坊やで、正に「小悪魔的」だ。
本作には有名なシーンがたくさんある。
タイプライターに向かって小説を書いているジャックの原稿を、ふと妻が見てしまう。
そこには何と「All work and no play makes Jack a dull boy.(勉強ばかりして遊ばないとバカになる)」という文句が延々と打たれていた。
原稿をめくってもめくってもこれしか書かれていないのである。
夫は狂ってしまったんだわ!
僕は、この映画のおかげでこのことわざを覚えたくらいだ。
パーティのシーンもいい。
20世紀初頭のパーティという設定だが、衣装もダンスもとても優雅で格調高い。
まるで『タイタニック』の一等船客みたいだ。
ジャックはカウンターでバーボンのオン・ザ・ロックを注文する。
この時の初老のバーテンが、いい味を出している。
このシーンで、ジャックは「ジャック・ダニエル」を飲む。
僕も、それに影響されて最近、「ジャック・ダニエル」を飲んでいる。
水割りの飲み過ぎで腹を壊してしまったが。
迷路のシーンも素晴らしい。
ステディカムの威力が如何なく発揮されている。
特に、最後の雪の迷路は、青白い光の中で霧に煙った空間が、息を呑むようにキレイだ。
寒そうだしね。
ジャック・ニコルソンが斧を振り落とすシーンも、まだ切られた訳ではないのに、観客に恐ろしい緊張感を持たせる。
斧の動きにピッタリと寄り添うカメラ。
反対側から、ドアが少しずつ壊れて行くところを捉える。
恐怖に震える妻。
並みの映画監督なら、こういう風には撮れないだろう。
ここでは書けないが、結末がちょっと残念だ(それまでの怖さが半減する。いや、それどころか笑える)。
『シャイニング』は、それまでのキューブリックの作品(『博士の異常な愛情』『2001年宇宙の旅』『時計じかけのオレンジ』『バリー・リンドン』など)と比べると、明確な主張はない。
キューブリック自身、純粋な娯楽映画を作ろうとしたようだ。
けれども、単なるホラー映画の枠には収まっていない。
やはり本作も、どこまでも「キューブリックの映画」に仕上がっている。
ホラー映画の中で、映画史上に残るような作品は、本作も含め、数えるほどしかないだろう。
ちなみに、本作は当初アメリカで143分のバージョンで公開されたが、不評だったため、ヨーロッパでは119分のコンチネンタル・バージョンが公開された。
僕は以前、TSUTAYAのレンタルでオリジナル版を見たことがあるが、現在出回っているDVDなどは、いずれも119分のバージョンのようだ。