『アマデウス』

この週末は、ブルーレイで『アマデウス』を見た。

アマデウス ディレクターズカット [Blu-ray]

アマデウス ディレクターズカット [Blu-ray]

1984年のアメリカ映画。
監督はミロシュ・フォアマン
原作はピーター・シェーファーによる大ヒット舞台で、映画の脚本も本人が書いている。
フォアマンは、本作で『カッコーの巣の上で』に続き、二度目のオスカーを手にした。
なお、ブルーレイに収録されているのは、公開時より20分長い(180分)「ディレクターズ・カット」版。
この映画が公開された時、僕は小学生だったが、本当に話題になっていたことを覚えている。
予告編で、例のテーマ曲(クラシックに詳しくないので、曲名は分からない)が流れると、その辺の小学生でも反応するほどだった。
僕は、映画館では観なかったが、後にテレビの洋画劇場で放映された際に見た(フォアマンの作品で映画館で観たのは『ラリー・フリント』。『アマデウス』とは打って変わった下世話な伝記だが、面白かった)。
その時は、内容がよく理解出来なかった。
それから、もっと大人になってから見ると、大変よく分かった。
これまでに3〜4回くらいは見ていると思う。
ただし、「ディレクターズ・カット」版は初めてである。
内容については、既に語り尽くされているし、僕のような凡人が下手クソな文章で綴るものでもない。
簡単に言うと、天才モーツァルトと同時代に生きた宮廷作曲家サリエリが、神を敬いながらも才能に恵まれなかった苦悩を描いている。
サリエリ役のF・マーリー・エイブラハムは、この苦悩を、見事に表現している。
彼は他にはあまり役に恵まれていないが(『スカーフェイス』には出ていたな。それ以外に僕の見た作品も何本かあるが、どれも脇役で覚えていない)。
本作に登場する人物は、演劇的に戯画化されているが、みんな表情を使った演技が非常に巧みだ。
神を愛し、地道な努力によって地位を築いた凡才・サリエリは、企業の中間管理職の姿を思い起こさせる。
一方、女たらしで、下品で、軽薄なのに、音楽の才能に溢れているモーツァルト(トム・ハルス)。
サリエリの苦虫を噛み潰したような表情は、正に、振る舞いは常識外れなのに仕事だけは出来る新人を見る会社の先輩と同じだ。
才能はないクセに適当なことを言い、取り巻きに「オレの言うことは間違っていないよな?」と確認する皇帝は、世襲の社長。
それにお追従笑いを返す旧態然とした周囲の連中は、体制に安住する老害の管理職。
こうして見ると、世の中の仕組みは、200年前も現在も、全く変わっていないなと思える。
人間なんて、そう簡単に変わるものではない。
神に対する思いについては、宗教心のない日本人には理解し難いかも知れないが。
しかし僕にとっては、S学会のI田D作先生を敬愛しながらも末期ガンで早死にした母を思い浮かべれば、痛いほど伝わって来る。
全編を通して、サリエリの嫉妬が憎悪に変わって行く様が、誠に説得力を持って描かれている。
まあ、史実とはかなり違っているらしいが、それだけ本作がよく出来ているということだろう。
モーツァルトは、天才故に薄命。
病に犯された彼からは、少し人間らしさも垣間見える。
その最期に付け入るサリエリの残酷さ。
異星人だったようなモーツァルトが、今や自分よりも弱い存在。
でも、結局彼は栄光を手に出来ず、何十年も精神病院で過ごす羽目になる。
精神病院の描写は、さすが『カッコーの巣の上で』の監督だ。
老けたサリエリの見事なメイク。
そして、音楽と映像が見事に融合している。
このリズミカルな編集が素晴らしい。
時代を反映した美しいセットや衣装。
ヨーロッパの古い街並みもいいね。
僕の大好きな正統派の「コスチューム・プレイ」(もちろん、大阪の軽薄短小な人類史上最低のインチキ詐欺ペテン低能無能クソ不倫市長が大好きな「コスプレ」のことでは断じてない!)だ。
余談だが、本編中の室内ではロウソクによる照明が行われている。
これを撮影するために、『バリー・リンドン』(僕のいちばん好きな映画)で使用されたカール・ツァイスのレンズをスタンリー・キューブリックに借りに行ったものの、断られたというエピソードもある。
20分長くなったディレクターズ・カット版は、どうやらオリジナルにかなり近付いているようだ。
原作は読んでいないので分からないが、以前、松本幸四郎主演の舞台版『アマデウス』を観に行った時、「どうも映画版と違うな」と思っていた箇所が幾つかあった。
だが、今回の「ディレクターズ・カット」を見て、ようやく合点がいった。
僕が舞台で違和感を覚えた部分は、当初は映画からカットされていたようなのだ。
舞台は舞台で素晴らしかったが、映画も稀に見る完成度の高さである。
格調高い芸術映画であるが、娯楽性もあり、見る者を少しも飽きさせない。
本作のことを「凡作」と評した人がいたが、これが凡作なら、世の中のほとんどの映画は「駄作」だろう(実際、そうとも言えるが)。
こういう映画が普通に作られ、ヒットもしたという80年代と比べ、今の映画の状況はどうだろうか。
昨今の映画は、「映画」ではない。
単なる「アトラクション」だ。
毎度同じ事ばかり言って恐縮だが、昔の名作映画を見る度、いつも思うことである。
(まあ、僕にとっては、80年代の映画は「昔の映画」でもないが。)
ちなみに、本作のセリフの英語は、比較的聴き取りやすい平易な言い回しが使われているように思った。
アカデミー賞作品賞、監督賞、主演男優賞(F・マーリー・エイブラハム)、脚色賞、美術賞、衣装デザイン賞、メイクアップ賞、録音賞受賞。