『ロリータ』

この週末は、ブルーレイで『ロリータ』を見た。

ロリータ [Blu-ray]

ロリータ [Blu-ray]

1962年のイギリス映画。
監督は、僕が尊敬するスタンリー・キューブリック
キューブリックが、一部で評価を得た『現金に体を張れ』、戦争映画の秀作として高く評価された『突撃』、30歳代前半の若さでハリウッド超大作を演出した『スパルタカス』に続いて題材に選んだのは、センセーショナルな本作だった。
中年男とローティーンの恋愛という、内容が内容だけに、余計な干渉を避けるため、本作はアメリカではなく、イギリスで撮影された。
何せ、当時ハリウッドで最もタブーとされていたテーマの一つなのだ。
僕が以前に本作を見たのは学生の時なので、もう十数年前である。
その時は、ダラダラと長い映画だなという印象しかなかった。
本作には、いわゆる性愛描写は全くない。
時代的にも、そうしたものが許されなかったのだろう。
もっとも、そこにばかり重点を置いてしまうと、1997年のリメイク版のように、目も当てられない駄作になってしまう。
今回改めて見ると、2時間半と長いのは確かだが、ストーリー自体はむしろ無駄なくポンポンと進む。
本作はキューブリックの映画としては失敗作と言われているが、やはり彼の映画のテイストはあちこちに見られる。
原作はウラジーミル・ナボコフ
ロリコンロリータ・コンプレックス)」という言葉の元になった作品だから、誰でも知っているだろう。
ナボコフ旧ソ連からの亡命作家だ。
『ロリータ』は、その非倫理的な内容から、発禁処分にもなっている。
僕は、高校生の時に原作を読んだが、それこそ観念的でダラダラと長かったという印象しかない。
その原作と比べると、映画の方はなかなかテンポよく仕上がっていると思った。
原作とは順番を変えて、最初にクレア・キルティがハンバート・ハンバートに殺されるところから始まる。
こうすることによって、キューブリックが言うように、観客の興味は、キルティという男は何者で、なぜハンバートは彼を殺さなければいけなかったのか、に絞られる。
ここからサスペンスが生まれる。
大学でフランス文学を教えているハンバート・ハンバートを演じるのはジェームズ・メイソン。
『海底2万マイル』のネモ船長とか、『北北西に進路を取れ』のフィリップ・ヴァンダムとか、印象的な悪役が多い名優だが、本作では小娘に翻弄される中年男を演じる。
謎の男クレア・キルティを演じるのは、カメレオン俳優ピーター・セラーズ
後の『博士の異常な愛情』につながるような、何度も変装を繰り返す男を開演している。
奇妙な存在感は主役を食ってしまうほどだ。
ロリータの母親はシェリー・ウィンタース
いかにも「うざい」中年女を、これまた熱演。
彼女は『ポセイドン・アドベンチャー』で泳ぎの得意なおばちゃん役で出ていたな。
そして、ロリータ役は、オーディションで選ばれたスー・リオン
本作によく寄せられる批判として、「ロリータが12歳に見えない」というものがあるが、実際、彼女は撮影時に15歳だったそうだ。
さらに、『エクソシスト』のリンダ・ブレアなんかもそうだが、子役で脚光を浴びると、その後はロクな人生を歩まない。
スー・リオンも、『ロリータ』に出演したことで、人生の歯車を狂わされてしまった。
本作の後も、細々と女優活動を続けたが、大した出演作はない。
僕が小学生の時に「日曜洋画劇場」で見た『アリゲーター』というB級パニック映画には、端役で出ていたな。
淀川さんが「スー・リオンが出ていましたね。彼女は『ロリータ』ですね」と言っていたのを覚えている。
ストーリーは極めて単純。
フランスから大学での講義のためにアメリカへやって来たハンバート教授が、下宿を探しに、ヘイズ未亡人の家を訪れる。
何かとうるさくて面倒そうな未亡人に辟易して、他を当たろうと思った時、庭先で彼女の娘・ロリータを見掛けて、一目ぼれし、この家に下宿することを決める。
未亡人に言い寄られて、とうとう結婚までしてしまうが、彼の本音は、ロリータと一緒にいたいということだった。
ロリータがキャンプへ出掛けた夏のある日、ヘイズ夫人は、ハンバートのロリータに対する思いを綴った日記を見てしまう。
彼女は逆上して家を飛び出すが、車にはねられて死んでしまう。
邪魔者が消え、ハンバートはロリータを連れて、アメリカ中を旅する。
行く先々で、謎の男(クレア・キルティ)がつけて来る。
彼はいったい何者なのか。
口うるさいヘイズ夫人や、奇妙なキルティと比べると、ハンバートはいかにも常識人だ。
その彼が、どうして12歳の少女に恋したのか。
ロリータが、おきゃん(死語?)と言うか、単なる生意気な小娘にしか見えず、とても中年男をたぶらかすような魅力がないので、この物語のいちばん肝心な点にイマイチ説得力がない。
ハンバートは、娘が学校で男友達と仲良くしている話を聞く度に、いちいち嫉妬に狂う。
しかし、ハンバートとロリータとの関係の直接的な描写がないので、偏執的な父親が娘の私生活に干渉して叱っているようにも見えてしまう。
まあ、当時の状況を考えたら、妖しい魅力を振りまく少女を描写するのは難しかったのだろうが。
キューブリックも、それを分かっていたので、話の主軸を、クレア・キルティの謎解きに移したのではないだろうか。
キルティのキャラクターは際立っていて、ブラック・コメディを見ているようである。
全体として、作品のトーンは重くない。
ハンバートとロリータが泊まったモーテルでの、簡易ベッドを持って来た黒人給仕とのやり取りなど、ドリフのコントのようだ。
一本の映画として見ると、完成度は高いのだが、官能映画としては失格である。
キューブリックは、何故わざわざこんなに制約の多い映画を撮ろうと思ったのだろうか。