『脱出』(1972)

この週末は、ブルーレイで『脱出』を見た。

脱出 [Blu-ray]

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1972年のアメリカ映画。
監督はジョン・ブアマン
僕はつい先日、彼が監督した『エクソシスト2』という超クソ映画を見たばかりだったので、正直なところ、本作にも全く期待していなかった。
ところが、僕の予想は見事に裏切られたのである。
主演はジョン・ヴォイト
本作では、『真夜中のカーボーイ』とは打って変わって、妻子ある常識人を演じる。
『脱出』は、彼の主演した『暴走機関車』のように、一見単なるアクション映画のようで、実は一筋縄では行かない作品だ。
4人の男たちが山奥にカヌーで川下りをするためにやって来る。
日常の雑事を忘れて、ちょっとスリルのある週末を楽しもう、というくらいのノリだった。
その近辺は、ダム開発の工事中で、数か月もすると、美しい自然も、わずかな集落も、湖の底に沈んでしまう。
村落に住む人たちは、怪しげな連中ばかり。
よくぞこんな人たちを集めたな、と思わせる。
あのカルト映画『フリークス』を思い起こした。
バンジョーをかき鳴らす、遺伝子疾患のある少年などは、どう見ても『ウルトラセブン』の「被爆星人」だ(永久欠番にされた回に登場する)。
彼らは上流から二人ずつ2艘のカヌーに乗って、川を下る。
この撮影が見事だ。
よくCGも使わず、ここまで急流を下る様子を撮影出来たものだ。
カヌーの上の役者のやり取りは、間違いなくセリフではなく即興だろう。
撮影のヴィルモス・ジグモンドは、後に『スケアクロウ』『未知との遭遇』『ディア・ハンター』『天国の門』などを手掛けている。
未知との遭遇』では、アカデミー賞撮影賞を獲得した。
そう言えば、本作で鹿を狙うシーンがあるが、ちょっと『ディア・ハンター』っぽい。
編集も素晴らしく、とにかく息をもつかせない展開だ。
最初は、楽しい川下りだった。
4人は川辺にテントを張ってキャンプする。
アウトドア派のルイス(バート・レイノルズ)はボウガンで見事に魚を捕まえたりする。
実は、これが重要な伏線になっているのだ。
翌朝、エドジョン・ボイト)とおデブのボビー(ネッド・ビーティ)が岸辺を散策していると、二人組の現地の男たちに因縁を吹っ掛けられる。
この二人組の身なりがまた奇妙だ。
一人は前歯がない。
一度見たら忘れない。
これも重要な伏線だ。
エドはナイフで脅され、木に縛り付けられる。
ボビーは、裸にされ、四つんばいでブタの鳴き真似をさせられるという屈辱を受けた上、ケツを犯される。
絶体絶命の危機。
その時、ルイスが後ろからボウガンで男の片割れを打つ。
倒れて死んでしまう男。
もう一人は逃げて行った。
死体役はずっと動かない。
バート・レイノルズが、ちょっとスティーヴン・セガールに似ているので、ここから彼が中心に活躍するアクション巨編になりそうなものだが、そうはならない。
4人は、これからどうすべきか思案する。
正当防衛とは言え、人を殺してしまったのだ。
ルイスは、死体を埋めて隠してしまえば、まもなくダムの底に沈むので、誰にもバレないと強硬に主張する。
一方、良識派のドリュー(ロニー・コックス)は真っ向から反対する。
では、多数決を取ろう。
運命の分かれ目。
エドは妻子の顔を思い浮かべた。
面倒な事態は避けたい。
ここで死体を埋めてしまえば、何もかもなかったことになる。
悪魔のささやきに負け、結局、エドは死体を埋めることに同意する。
4人は、意気消沈したまま川下りを続ける。
もはや放心状態のドリューは、救命着もつけていない。
そのまま川に飛び込んでしまった。
さらに、急流に巻き込まれて、カヌーは岩に衝突し、真っ二つに砕けてしまう。
ドリューは死体になって発見され、ルイスも足の骨を折って動けなくなる。
ドリューの折れ曲がった腕、ルイスの太ももから飛び出した骨が恐ろしい。
いちばん活躍しそうなヤツが、かえって足手まといになるこの理不尽な急展開。
こうなると、最早サバイバルなどと悠長なことは言っていられなくなる。
おまけに、さっき逃げた男が、ライフルを持って断崖絶壁の上から狙っている。
彼を探して、崖を登って行くエド
この、目もくらむような高さからのカメラ。
不吉なことに、エドは家族の写真を谷底に落としてしまう。
さあ、彼らの運命やいかに!
ネタバレになるので、この辺で止めておくが、何度も言うように本作は単なるアクションではない。
環境破壊への警告も含まれている。
ダムの底に沈む前に移動される教会が象徴的だ。
また、主役の4人のキャラクターが見事に描き分けられている。
そして、ほんのちょっとした日常の歯車の狂いから生まれる緊迫感のあるサスペンス。
楽しいはずのレジャーが重大な事態を引き起こし、仲間内で隠蔽工作をしても、いつバレるかとビクビクする。
仮にバレなくても、一生良心の呵責に苦しめられなければならない。
無事に帰還した者も、まるで戦争から帰って来たような表情をしている。
それまでの映像を見ていたら、その表情にも納得が行く。
下らないアクション映画とは違う。
70年代前半には、まだ映画に良識があった。
いわゆる「名作」とは違うけれど、隠れた傑作であるのは間違いない。
ちなみに、最後に原作・脚本のジェームズ・ディッキーが重要な保安官の役で出て来る。