『レイジング・ブル』

この週末は、ブルーレイで『レイジング・ブル』を見た。

1980年のアメリカ映画。
監督はマーティン・スコセッシ
彼は『タクシードライバー』で名声を得た後、本作が再び評価され、アメリカ映画界における地位を不動のものにした。
主演は我らがロバート・デ・ニーロ
デ・ニーロも、『ゴッドファーザーPART Ⅱ』でアカデミー賞主演男優賞を獲り、『タクシードライバー』『ディア・ハンター』と話題作に立て続けに出演し、本作で満を持してアカデミー賞主演男優賞を得た。
本作は、実在のプロボクサー、ジェイク・ラモッタの自伝が基になっている。
デ・ニーロは、ミドル級チャンピオンの鍛え上げられた肉体から、引退後の肥満体型を表現するために、体重を27キロも増やした。
実際、画面で見ると、ものすごい変わりようである。
CGのない時代に、これはスゴイ。
デブになったおかげでアカデミー賞を獲った、とも言える。
本作は、一部を除いてモノクロである。
オープニング・タイトルは、ヨーロピアン・ビスタ。
本編は、通常のハイビジョンの縦横比になる。
最初は1964年、引退後のジェイク・ラモッタロバート・デ・ニーロ)が何事か観客に向かってつぶやくところから始まる。
あまりの太りように、最初はデ・ニーロだと分からなかった。
何だか、シェイクスピアの『リチャード三世』の「A horse, a horse!」というセリフを唱え、「俺にはオリヴィエの演技は無理だ」と言う。
ここから、1941年の現役時代にタイム・スリップ。
一瞬にして、スリムなデ・ニーロへと変貌する。
黒人ボクサーをボコボコにするも、何故か判定負け。
家に帰ると、奥さんに当たり散らし、メシがまずいと言ってちゃぶ台(テーブルだが)をひっくり返す。
夫婦仲は最悪のようだ。
最初の方、セリフが妙にイタリアなまりの英語で聴き取りにくいなあと思っていたら、イタリア系のアメリカ人という設定だった。
弟ジョーイ(ジョー・ペシ)は、兄のマネージャーを務めており、仲が良い。
「ホモ兄弟」と噂されるほど。
ジョー・ペシもいい演技をしているね。
彼は後に、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』でも、デ・ニーロと共演する。
で、ジェイクはジョーイの紹介で、ブロンドの美女ビッキー(キャシー・モリアーティ)と出会い、一目惚れ。
15歳と言っているが、とてもそうは見えない。
外人は老けている。
最初の奥さんはどこへ行ったのやら、ジェイクとビッキーはいつの間にやら恋仲になり、結婚する。
試合の合間に、ジェイクとビッキーの結婚や、弟ジョーイの結婚といったプライベートな映像が、8ミリのように粒子の荒いカラー映像で流れる。
全編を通して、ここだけがカラー。
一方、試合のシーンは淡々と進む。
過剰な演出はない。
記録フィルムのようだ。
ジェイクは順調に試合で勝ち続ける。
月日は流れ、あれほど惚れたはずのビッキーともケンカの絶えない日々を送っている。
再婚しても、結局ケンカだ。
ビッキーは、ジェイクの束縛の激しさに、早くも嫌気がさしている。
ジェイクは結婚して、少し幸せ太りで腹が出た。
本当に出ている。
デ・ニーロは、美味いものでも食って、太ったのだろう。
「トレーニングすればすぐに痩せられるさ」とジェイクは言う。
どんな世界にも裏があるもので、ボクシングも例外ではない。
ジェイクとジョーイは、裏の組織のドンから八百長試合をするように迫られる。
勝ってばかりでは、面白くないからだという。
二人は、この悪魔の誘惑に負けてしまうが、明らかに八百長と分かる試合をして、猛烈なブーイングを浴び、しばらく干されてしまう。
ジェイクは、八百長試合をしてしまった悔しさに、子供のように泣く。
このシーンは胸に来るねえ。
同じボクシングを題材にした作品でも、『ロッキー』とは違って、こちらはドロドロとした現実を描いている。
時は1947年だが、この間、アメリカには戦争の影響はないのだろうか。
2年後、ジェイクはフランスの英雄に挑戦するチャンスを得る。
この世界タイトル・マッチで、ジェイクは見事チャンピオンに輝く。
そして、また太る。
住んでいる家が広くなり、偉そうなソファーなど、家財道具も立派になっている。
映りは悪いが、テレビまで入っている。
この時代にテレビがあるのだから、いい暮らしをしているのだろう。
ジェイクの妻への嫉妬はいよいよ異常なほどに深まり、弟との関係まで疑い出す。
兄弟の間にも決定的な亀裂が入った。
彼はついに現役を引退し、1956年、マイアミに移る。
ここで、いきなり太った。
痩せた小錦くらいはある。
あるいは安岡力也か。
地獄の黙示録』のマーロン・ブランドを思い出した。
ここまでの変わりようは、今ならCGを使って表現するところだろう。
息子まで太っている。
ジェイクは、ナイトクラブの経営を始めた。
口は悪いが、なかなかのエンターテイナーぶりを発揮している。
しかし、奥さんのことは締め付けて、自分はやりたい放題だ。
あまりのDV夫(ボクシング選手なのに)ぶりに、ついにビッキーも耐えかねて、三行半を突き付ける。
ホステスの年齢確認を怠り、14歳の小娘を雇っていたとして、ついに問答無用で逮捕される。
やはり、素人が夜の仕事に手を出しちゃいかん。
それにしても、こういう時、国家権力は容赦ない。
正に強権的だ。
雇っていた方は、年齢を偽られていたのだから、むしろ「被害者」だと思うのだが。
それでも、逮捕までされてしまうのだから、警察権力の横暴は断固許し難い!
ここはジェイクに大いに同情する。
彼は独房に放り込まれ、おいおいと泣く。
自分の人生は一体何なんだ、と。
苦悩が全身からにじみ出ている。
素晴らしい演技だ。
やはり、デ・ニーロの主演男優賞は、ただ太ったからだけではなかった。
「1万ドル積めば保釈される」と聞いて、彼はチャンピオン・ベルトの宝石を外して質屋に持って行く。
「ベルト本体を売るんじゃないんですか?」と店主に言われ、憤慨。
ボクシング一筋で生きて来たからか、こういうところで頭の弱さを露呈する。
出所後は、もう年増のホステスしか使わなかった。
月日は流れ、彼の髪の毛も薄くなった(これはメイクか?)
街で偶然再会した弟の髪も薄くなっていた。
単なるボクシング映画ではなく、一人の男の栄光と転落は、非常に見応えのある人間ドラマだ。
才能があるからといって、必ずしも幸せな人生を送れるとは限らないということだろう。
アカデミー賞主演男優賞編集賞受賞。