『ジョーズ』

この週末は、ブルーレイで『ジョーズ』を見た。

1975年のアメリカ映画。
僕は幼稚園の頃、今は亡き母に連れられて本作の続編『ジョーズ2』を映画館で観た。
相当気に入ったらしくて、自分で紙を綴じ、クレヨンで絵を描いて、『ジョーズ』の絵本なんかを作ったりしていた。
正編の方は、小学校高学年の時だと思うが、近所のスーパー・ニチイ(サティ、マイカルを経て現イオン)の家電売り場でVHSのデモンストレーションをしており、そこでテレビ放映された『ジョーズ』の録画テープを流していたので、毎日通って見ていた記憶がある。
と言う訳で、本作を今までに何度見たかは分からない。
監督は、言わずと知れたスティーヴン・スピルバーグ
彼の大出世作である。
日本でも記録破りのヒットになり、1976年の興行収入1位(歴代1位更新)であった。
まあ、スピルバーグについては色々と言いたいことがある。
「子供向け映画監督」というイメージを払拭したくて『カラー・パープル』なんぞを撮り、その後はアカデミー賞狙いの作品ばかり作って興醒めしたが、『激突』『ジョーズ』といった初期の作品は、僕は高く評価している。
音楽はジョン・ウィリアムス。
本作のテーマ曲は誰でも知っている。
これでアカデミー賞作曲賞を受賞した。
ただ本編では、例の音楽はそんなに頻繁には使われない。
主演はロイ・シャイダー
彼にとっては、『フレンチ・コネクション』『オール・ザット・ジャズ』と並ぶ代表作だろう。
そして、ロバート・ショウ
『スティング』での悪役が印象的だった。
本作でも、クセのある役柄を見事に演じている。
更に、リチャード・ドレイファス
アメリカン・グラフィティ』とは打って変わったヒゲ面の学者役で登場。
本作が、単なるパニック映画を超えて映画史上に名を残しているのは、これら役者陣の演技によるところも大きいだろう。
原作はピーター・ベンチリーのベストセラー小説。
僕は小学生の頃、行きつけの本屋で、ハヤカワ文庫から出ていた原作を最後のページだけ立ち読みした。
舞台は、アメリ東海岸のアミティ島。
オープニングは、海辺で遊ぶ若者たち。
チャラチャラした若者は、後のパニック映画の定番にもなった。
戯れていた男女の、女性の方が第一被害者になるが、この時点では、サメは一切姿を見せない。
翌朝、砂からはみ出した女性の手に、小ガニが群がっている画はインパクトがある。
警察署長ブロディ(ロイ・シャイダー)は、女性の死因を「サメの襲撃」と断定し、ビーチを遊泳禁止にしようとするが、海水浴シーズンを前に島の収入が断たれることを心配する悪徳市長(マーレイ・ハミルトン)がこれを拒否する。
そう言えば、マーレイ・ハミルトンは『卒業』にも出ていたな。
タワーリング・インフェルノ』にも見られた主人公と有力者の対立構図だが、これは現代日本にもそのまま置き換えられる。
原発を巡る政府や電力会社の対応を見ろ!
そのまんまじゃないか!
「海を閉鎖する」と言ったら、利害関係者みんな大騒ぎ。
原発だって、資本家側も労働者側も、それでメシを食っているから、危険だと分かっていてもなくせない。
ああ、この話はここらで止めておこう。
ビーチを監視しているブロディの前を人が通る度にショットが切り替わる。
見事な編集だ。
この辺は、さすが映像派のスピルバーグである。
サメが出るか出るかと思わせておいて、出ない。
この「こけおどし」が巧みだ。
しかし突然、海面から噴き出す大量の血。
やはりサメ本体は見えないが、少年が第二の犠牲者となった。
本作は、なかなかサメが姿を現さない。
子供の頃の僕は、そのものズバリのシーンを見たかったので、この前半部は冗長に感じたものだ。
当時はハリボテのサメで撮影したので、技術的な限界から、あまりサメの姿を写せなかったのだろうが、これが観客を焦らし、緊迫感を盛り上げるのに役立っている。
今なら、CGのサメを冒頭からバンバン見せて、観客をウンザリさせることだろう。
前半はホームドラマ風でもある。
ブロディの、どこにでもいるありふれた家族の様子が描かれて、観客に親近感を与える。
その一方で、事態を受けて、サメ退治に賞金が賭けられることになり、全米から賞金目当ての連中が訪れて町は大騒ぎになる。
サメ退治に絶対の自信をもつ地元の漁師クイント(ロバート・ショウ)の登場場面は衝撃的だ。
町の人たちが大勢集まっている会場で、彼が爪で黒板を引っかくのである。
キーッという、あのイヤな音で、一瞬にしてみんな静かになる。
今度は、ブロディが自宅でサメの図鑑を読んでいる。
巨大なサメや、サメに襲われた人の傷口など、被害写真が次々と画面に映し出される。
サメの被害を、カネをかけずに読者に視覚で見せる、うまい方法だ。
そんな中、小さいサメが捕まる。
これで海開きが出来ると島の人たちは喜ぶが、海洋学フーパー(リチャード・ドレイファス)は「サメの腹を開いてみよう」と提案。
市長は、何だかんだと屁理屈をこねて、この提案をもみ消す。
貴様は東京電力か!
放射能ダダ漏れのクセに「安全だ」などと抜かしやがって!
いや、話を元に戻そう。
公衆の面前で、一人の喪服を着たオバサンがブロディの顔面を殴る。
彼女は、先の被害者の少年の遺族だった。
これで、ブロディの正義感に火がつく。
本当は海が嫌いだったり、犯罪まみれのニューヨークに嫌気がさしてアミティに来たり、ブロディの人間性を浮かび上がらせるエピソードが盛り込まれている。
登場人物がきちんと描けないパニック映画には、リアリティがない。
その夜、ブロディとフーパーは秘かに船を出す。
調査のため海に潜ったフーパーは、漁師の死体を発見。
これがまた見事な脅しのシーン。
その上、巨大なホオジロザメの歯まで発見するが、フーパーはこれを海中に落としてしまう。
翌朝、二人は市長に海の閉鎖を提案する。
市長は利益を優先し、「証拠がない」として海開きを強行。
「ようこそアミティ島へ」という看板には、サメの絵が落書きされている(ここで笑う)。
海開きの日にも、サメのヒレを付けて泳ぐなどというイタズラを仕掛ける不届き者が現れるが、ついに本物のサメが観光客を襲うという最悪の事態が発生。
そこで、ブロディはクイントを雇い、フーパーと3人でサメ退治のため海へ乗り出す。
ここからは晴天の下、大海洋アドベンチャー
大海原の上、他に誰もいない船の中では、荒くれたオッサン漁師クイントは言いたい放題、やりたい放題の独裁者として振る舞う。
一方で、学者のフーパーは常に冷静である。
当然のように起こる、この二人の対立が面白い。
正に「階級闘争」だ。
おまけに、警察署長のブロディは海が怖い。
この3人のキャラクターの描き分けが見事である。
ブロディが海にエサをまいていると、初めてサメが姿を現す。
想像以上のデカさだ。
ここまでで約1時間が経っている。
これまで、状況証拠と音楽だけで、サメそのものの姿がはっきりと映し出されることはなかった。
それだけに、このシーンはインパクトがある。
本作は「焦らし」方が本当にうまい。
サメに樽を付けたワイヤーを打ちつけて引かせる。
樽が動くと、サメが海中にもぐっていても位置が分かる。
クイントは余裕をかまし、学者は焦る。
そうして、日暮れを迎えた。
3人が酒を酌み交わしている。
ここで、彼らの人間性がより一層浮かび出る。
クイントとフーパーは、これまでにサメと闘って受けた傷を互いに自慢し合う。
ブロディは黙って聞いている。
酒の力もあって、次第に彼らは打ち解けて来る。
やがて、クイントが戦争中の話を始める。
この時代には、まだ第二次大戦の生き残りが普通に活躍したいたのだ。
時の流れは恐ろしい。
クイントは、日本に原爆を運んだ帰りに魚雷を受けて船が沈没し、サメの大群に囲まれたという。
この描写がとても生々しい。
ハリボテのサメにリアリティを与える効果がある。
戦争の体験談には勝てない。
フーパーもブロディも、聞き入っている。
しこたま酒を飲んで、出来上がっているところに、突如としてサメの襲撃。
サメはちょっとずつしか姿を見せない。
翌日、応援を頼んでいるブロディの目の前で、自信過剰なクイントは無線機を叩き壊してしまう。
「何ということをするんだ!」
海洋シーンは、CGじゃないので、生き生きとしている。
ブロディは、サメをピストルで撃ってみるが、全く歯が立たない。
大きな樽を三つも引っ張っているのに、ものともせずに泳ぎ回るサメ。
歴戦の勇者であるクイントも、さすがに「信じられん」とつぶやく。
樽が、画面に動きを与える。
今度は、フーパーがオリに入って海中へ。
段々と海洋ドキュメンタリー風に。
クイントが船を飛ばし過ぎてエンジン出火。
サメにアタックされ、船が傾き始める。
この辺りのテンポの良さ。
ジェームズ・キャメロンは、『タイタニック』で間違いなく本作を参考にしているだろう。
サメの巨大さに比べて船が小さく見える。
ブロディの「船が小さい」というセリフは有名だ(アドリブらしいが)。
ジョーズ』は、音楽や編集については高い評価を受けた。
しかし、内容面ではあまり評価されなかった。
アカデミー賞では、作品賞は逃し、監督賞にはノミネートすらされなかった。
日本でも、キネマ旬報ベストテンに全くランクインしていない。
本作は、スピルバーグの最も得意な「得体の知れない怪物に追われる恐怖」を描いた作品である。
まあ、この作品以降、ハリウッド映画が次第にお子ちゃまして行くのは事実だ。
そのきっかけを作ったという意味で、スピルバーグには功罪があろう。
だが、映画史上に革新をもたらした作品であるのは間違いない。
続編とリメイクとCGに溺れている昨今の映画界は、もう一度原点に立ち返って、題材と役者とカメラと編集と音楽で魅せる映画を作るべきなのではないか。
最早手遅れかも知れないが。
アカデミー賞作曲賞、音響賞、編集賞受賞。