『屋根の上のバイオリン弾き』

この週末は、ブルーレイで『屋根の上のバイオリン弾き』を見た。

1971年のアメリカ映画。
監督は『華麗なる賭け』のノーマン・ジュイソン
華麗なる賭け』は、音楽以外は微妙な映画だったが、本作は名作である。
屋根の上のバイオリン弾き』と言えば、我が国では森繁久彌のロングラン上演で有名だが、恥ずかしながら、僕は舞台も映画も未見であった。
本作の主演はトポル。
イスラエル出身の俳優で、ミュージカル版の『屋根の上のバイオリン弾き』が当たり役で、映画でも主演した。
本作は、有名な役者は出ていないが、それがかえって登場人物にリアリティを与えている。
夜明けの美しい風景から始まる。
アカデミー賞撮影賞も受賞した素晴らしいカメラである。
屋根の上でバイオリンを弾いている男のシルエット。
しかし、彼は主人公ではない。
主人公は牛乳屋のテヴィエ(トポル)。
彼はウクライナのアナテフカという小さな村に住むユダヤ人である(ウクライナなのに英語を話しているというツッコミはナシ)。
彼には、おっかない奥さんと、嫁入り前の5人の娘がいる。
彼らを中心としたユダヤ人たちの生活が描かれる。
本作はミュージカルだが、音楽と映像のリズムが見事に合致している。
ドラマと曲を交互に挟む手法がうまい。
とても分かりやすい表現だ。
トポルは、ものすごくいい声で歌う。
未だ30歳代とは到底思えない。
そして、村人たちの生活感が非常によく出ている。
娘たちは、それぞれ結婚を夢見ているが、当時は彼女たちに決定権はなく、父親の選んだ相手と結婚するのが当然とされていた。
長女のツァイテルには肉屋のやもめ・ラザールとの結婚話が持ち上がるが、彼女には仕立て屋のモーテルという恋人がいた。
テヴィエは、そんなこともお構いなしに、金持ちであるラザール(しかも、テヴィエより年上でハゲでデブ)との縁談をオーケーしてしまう。
モーテルが優柔不断で、どうしてもツァイテルと結婚させて下さいとテヴィエに言い出せなかったのだ。
いやあ、僕が細君のご実家に挨拶に行った時のことを思い出したよ。
お父さんが気難しい人だと聞いていたので、緊張して頭皮に湿疹が出た。
結局、何事もなく無事に認められたが。
テヴィエは肉屋の申し出に「うん」と言って、酒盛りまでしてしまった。
この酒盛りの時の、酒場でのユダヤ教徒キリスト教徒たちとのダンスがいい。
両者は、信仰が違いながらも、お互い適度に距離を保ちながら、住み分けてうまくやっていた。
これが、この先の重要な伏線となる。
テヴィエは、酒盛りの帰りに、仲のいいキリスト教徒の巡査部長から「ユダヤ人追放」の話を小耳にはさむ。
翌朝、ツァイテルは泣いて肉屋との縁談を拒む。
古い伝統を何よりも重んじるテヴィエには、そんな娘の態度が許せない。
仕立て屋は貧しい。
金持ちと結婚した方がいいに決まっている。
だが、結局、娘の幸せを考えて認めてしまう。
喜ぶ二人。
仕立て屋の顔は、スピルバーグの若い頃にちょっと似ている。
今度は、キエフから大学生バーチックがやって来る。
彼は、テヴィエの娘たちに聖書を教える。
「これからは、女にも学問が必要だ」と。
彼は、革命を夢見る学生闘士であった。
いいねえ。
一気に僕のテンションが上がる。
万国の労働者よ、団結せよ!
いかん、また興奮してしまった。
さて、この大学生と次女ホーデルが恋仲になる。
次は、三女のチャバとキリスト教徒の本好きな若者との出会い。
忙しいねえ。
で、話を長女に戻すと、テヴィエは、一旦は認めてしまった肉屋との結婚をなかったことにして、仕立て屋との結婚を承諾したことを奥さんに言わなくてはならない。
奥さんは、娘と金持ちの肉屋との結婚を喜んでいた。
下手に切り出すと、おっかない。
さあ、どうしよう。
そこで、肉屋の先妻が墓から出て来て呪われる夢を見た、ということにした。
怖がって、「すぐに肉屋との結婚は撤回すべきだ」という妻。
この墓の場面は、コミカルなゾンビを見ているようで、面白い。
こうして、ようやく長女ツァイテルと仕立て屋モーテルは結婚式を挙げる運びとなる。
この場面で流れるのは有名な「サンライズ・サンセット」。
切ないメロディーの名曲である。
僕は、この曲をおそらく森繁久彌が歌っているバージョンで聴いたのだと思う。
ちなみに、どうでもいい話だが、この曲の出だしの部分は、八代亜紀の「舟歌」に似ているような気がする。
今度は、結婚式の席でテヴィエと肉屋のケンカが始まる。
「いったんオーケーしたじゃないか」と。
まあ、それも収まり、今度は学生のバーチックが女性たちと踊ろうと言い出す。
驚き、顔を見合わせる女性たち。
この時代、男と女が一緒に踊ることも禁止だったようだ。
この作品は、伝統的な価値観が時代の流れと共に崩れる様を描いているのだろう。
宴もたけなわなところに、キリスト教徒たちが乱入して来る。
打ち壊し、焼き打ち。
集団を率いているのは巡査部長だった。
お祝いムードは一気に吹き飛ぶ。
この後の、ユダヤ人たちに対する過酷な運命が見えて来るようだ。
ここまでが第一部。
第二部では、バーチックが革命のためにキエフへ旅立つことになり、その前に次女ホーデルにプロポーズする。
テヴィエは猛反対するが、結局認める。
また妻に言い訳。
キエフでは、赤旗を翻しながら、民衆を前に演説をするバーチック。
素晴らしいシーンだ。
血沸き肉躍る。
だが、彼は警官隊によって逮捕され、シベリアへ送られてしまうのである。
バーチックの元へ旅立つホーデル。
父と娘との別れのシーンは、地平線の見える広い野原の中にぽつんとある駅で。
とても美しい風景だ。
別れはいつも切ないねえ。
これは画になる。
二度あることは三度あるで、今度は三女チャバとキリスト教徒の青年との恋。
この二人の結婚だけは、父は頑として認めない。
なぜなら、宗教が違うから。
さまよえるユダヤ人にとって、いかに信仰が重大な支えになっているかが、無神論者の僕にも伺える。
この二人は、駆け落ちする。
若者の恋は誰にも止められない。
父も、どうしてもこの結婚だけは許せない。
そんなことをしている間に、いよいよ村に立ち退き命令が下される。
神に選ばれしユダヤ民族は一体どうなるのか。
村人たちがうたうアナテフカの歌は、まるで葬式の曲のように真っ暗だ。
アカデミー賞撮影賞、編曲賞、サウンド賞受賞。