『フレンジー』

この週末は、ブルーレイで『フレンジー』を見た。

1972年のイギリス映画。
監督はアルフレッド・ヒッチコック
ヒッチコックの最後から2番目の作品である。
久々に故郷のイギリスに戻って撮影し、評価を落としつつあったヒッチコックの復活作と評されたらしい。
実際、映画としての完成度は非常に高いと思う。
文章では到底書き尽くせないが、実に巧みに伏線が張り巡らされている。
いつもはヒッチコック作品に辛口な細君も、今回は珍しく絶賛していた。
主演はジョン・フィンチ。
本作の撮影時には、未だ無名であった。
ロマン・ポランスキーの『マクベス』(残念ながら未見)が完成したばかりの頃らしい。
彼はマクベスの他、シェイクスピア作品に多数出演している立派な役者である。
僕が見た出演作では、『ナイル殺人事件』で『資本論』を愛読している青年(オリヴィア・ハッセーの恋人役)が印象的であった。
他の役者は、失礼ながら、僕如きではよく存じ上げないような方ばかりである。
ヒッチコックは、リアリティを出すために、わざとマイナーな役者を選んだのであろうか。
オープニングはロンドンのテムズ川の空撮。
ロンドン・ブリッジ付近である。
バックには、サスペンス映画にはあまり似つかわしくない盛大な音楽が流れる。
川辺で公害問題について演説する男。
政治家だろうか。
聴衆の中にヒッチコックがいる。
突如、川に全裸の女性の死体が浮かび上がる。
ネクタイで絞殺されたようだ。
このところロンドンの街を騒がせているネクタイ殺人の犠牲者が、また出たようである。
犯人は、まず女性をレイプし、それから絞め殺すのだとか。
場面変わって、街中のパブ。
主人公のリチャード・ブレイニー(ジョン・フィンチ)は、かつて空軍で英雄だったが、現在は落ちぶれて、ここの店員をしている。
しかし、売り物の酒をタダ飲みしたため、クビになってしまう。
彼はアル中で、友人のラスクから勧められた馬券(20倍の当たり馬券)も買わず、わずかな所持金で酒を飲んで文無しになってしまう。
仕方なく、元妻ブレンダが所長を務める結婚相談所に行き、彼女に泣き付く。
夕食をご馳走になった上、秘かにカネまで恵んでもらう。
男として、こんなに情けないことはないねえ。
夜は、ルンペン・プロレタリアートの巣窟である格安の救世軍ホテルに泊まった。
イギリスはヒドイ階級社会である。
翌日、ブレンダの結婚相談所を、ロビンソンという偽名を使ったラスクが訪れる。
彼女は「あなたの希望に合うような女性はここにはいません」と強く言う。
だが、彼はブレンダに気があるようである。
何と、卑劣な男は彼女をレイプし、ネクタイを外して首を締めた。
彼こそが、世間を騒がせている連続殺人犯だったのだ。
この場面が、なかなか強烈である。
幾分戯画化はされているものの、昔のヒッチコック作品では見られなかったような直接的な描写だ。
時代を経て、検閲の基準が変わったのだろう。
ラスクが去った後、入れ違いでブレイニーがやって来る。
でも、鍵が閉まっていたので、諦めて帰る。
彼がオフィスから出て来たところを、ちょうど昼食に出ていた女性秘書が目撃。
彼女がオフィスに戻ってみると、そこには所長の死体が!
彼女は、ブレイニーを犯人だと思ってしまったようである。
未だ自分が疑われているとは知らないブレイニーは、パブの同僚の女性とホテルへしけ込む。
なかなかの女たらしである。
彼はホテルに泊まる際、シャレのつもりで「オスカー・ワイルド」という偽名を使う。
余談だが、ホテルで偽名を使うと「有印私文書偽造罪」になるらしい。
そもそも発覚しようがないので、普通はこの程度では捕まらないが、暴力団関係者なんかだと、よく別件逮捕の口実にされる。
僕も昔、ファミレスやカラオケの順番待ちの時に本名とは違う名前を使っていたが、この話を聞いて以来、怖くなって止めた。
ブレイニーはホテルに着いてすぐ、自分の着ていた服をクリーニングに出す。
昨夜の救世軍ホテルのルンペンの匂いが染み付いていたからだ。
ところが、ホテルの従業員が、ちょうど新聞記事に書かれた上着の特徴と、ブレイニーの上着が一致することに気付いた。
偽名を使って宿泊したこともあって(オスカー・ワイルドじゃあ、誰だってウソだと分かるだろう)、「きっとあの男だ」と、ブレイニーは一気に疑われる。
上着をクリーニングに出したのは証拠隠滅に違いないと。
この畳み掛けるような展開が素晴らしい。
こういう風に偶然が重なって、無実の者が犯人に仕立て上げられてしまうことは現実にある。
「松本サリン事件」なんか、正にその最たるものだった。
一度警察という強大な国家権力が動くと、一般市民の人権など簡単に蹂躙されてしまう。
断じて許し難い!
つい興奮して、話が逸れてしまった。
警察が部屋に到着すると、二人は裏から逃げた後だった。
ブレイニーは、新聞を読んだ彼女にも連続殺人の犯人だと疑われたのだ。
でも、彼は「俺はネクタイを2本しか持っていないよ」と言って、一笑に付す。
僕も20歳代前半の頃は、2本のネクタイを交互に締めていたものだ。
それはさておき、ブレイニー達は公園で偶然、パイロット時代の仲間と出会う。
友人が窮地に陥っていることを知った彼は、二人を自分の家にかくまおうとする。
けれども、奥さんが猛反対。
一方、ブレイニーが勤めていたパブでは、新聞記事を読んだ店長が「犯人を知っている」と警察に電話していた。
マスコミも、このように警察の大本営発表を垂れ流して、人権侵害に加担する。
僕も一応マスコミ人の端くれなので、こういうのを見ると、忸怩たるものがある。
パブには、ラスクが客として来ていた。
そして、そこへ荷物を取りに訪れたブレイニーの彼女に声を掛ける。
言葉巧みに自分の部屋へ連れ込み、またも凶行に及ぶ。
更なる殺人事件で、ブレイニーはいよいよ友人の家も追い出されてしまう。
誰も頼る相手がいなくなった彼は、よりによってラスクのもとへ。
この異常性癖の殺人者も、他人の前では偽善に満ちた態度を取る。
「しばらく僕のところにいなよ。」
ブレイニーは彼に感謝するが、あろうことか、ラスクは警察に通報してしまうのであった。
しかも、証拠品をブレイニーのカバンに入れた上で。
ああ、哀れなブレイニーは逮捕され、終身刑の判決を下される。
「俺はやっていない!ハメられたんだ!犯人はラスクだ!」
叫び声がむなしく法廷に響いた。
ブレイニーの運命や如何に?
で、もちろん話はここでは終わらない。
この後に大ドンデン返しがある。
それを書いてしまうのは野暮なので、止めておく。
若干ネタバレになってしまうけれども、警部の奥さんが毎度繰り出す、舌を噛みそうな名前のゲテモノ料理は、笑いどころである。
続きが気になる方は、是非ご自分でご覧になって下さい。