『続・夕陽のガンマン』

この週末は、ブルーレイで『続・夕陽のガンマン』を見た。

1966年のイタリア映画。
「続」とあるが、『夕陽のガンマン』の直接の続編ではない(原題は『善玉、悪玉、卑劣漢』)。
監督は、マカロニ・ウエスタンの巨匠セルジオ・レオーネ(『夕陽のガンマン』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』)。
主演は、もちろんクリント・イーストウッド
共演は、『夕陽のガンマン』のリー・ヴァン・クリーフ、『荒野の七人』『ザ・ディープ』のイーライ・ウォラック
音楽は、セルジオ・レオーネ作品を毎回担当しているイタリアの巨匠エンニオ・モリコーネ
勇壮なテーマ曲から始まる。
舞台は南北戦争時代のアメリカ。
荒野の中にある町。
吹きすさぶ風の中、荒くれ者3人がサロンへ入るが、卑劣漢(イーライ・ウォラック)が彼らを撃って飛び出す。
印象的なオープニング。
場面変わって、ある男の家へ悪玉(リー・ヴァン・クリーフ)がやって来る。
この家が、全然アメリカにあるようには見えない。
悪玉は、隠された金貨の情報を聞き出そうとしている。
彼は、男とその息子を殺し、自分を雇った男も殺す。
金貨について知っているのは、ビル・カーソンという変名を使っている男らしい。
一方、卑劣漢には2000ドルの賞金が懸かっているのである。
彼は、賞金稼ぎに囲まれる。
そこへ善玉(クリント・イーストウッド)が登場し、賞金稼ぎどもを撃つ。
卑劣漢を捕まえ、保安官に突き出し、2000ドルを受け取る。
見物人に囲まれる中、正に卑劣漢の絞首刑が行われようとしている瞬間、善玉は彼の首のロープを撃ち落とし、彼を助け出す。
あっけに取られる周囲の人々。
二人はカネを山分けする。
ちっとも善玉じゃないじゃないか。
彼らは、こんなことを繰り返している。
しかし、決裂の時が来た。
卑劣漢にうんざりした善玉は、彼を砂漠に置き去りにする。
今度は、ビル・カーソンを必死で探す悪玉。
彼は、ビルの恋人を脅して居場所を聞き出そうとする。
この作品に出て来るのは、悪い奴らばかりである。
続いて、砂漠から死ぬ思いで抜け出して来た卑劣漢は町へやって来る。
お尋ね者の来訪に急いで店を締めようとする拳銃屋。
彼は構わず押し入り、銃とカネを奪う。
とんでもない話しなのだが、コミカルなタッチで進み、何故か笑える。
時代は南北戦争の最中であった。
善玉が泊まっている町の宿に、卑劣漢がやって来る。
目的は、もちろん復讐であった。
しかし、そこへ大砲の弾が飛んで来て、大爆発が起きる。
善玉は首尾良く逃げ出す。
一方、悪玉は病院でビル・カーソンの情報収集をしていた。
彼は、目を負傷して、眼帯をしているという。
さて、卑劣漢は善玉を探し回り、ついに見付けた。
善玉は、相も変わらず別のヤツと、彼に懸かっている賞金を受け取っては、絞首刑執行の瞬間に首の縄を撃ち切るという稼業をしていたのであった。
今度は立場が逆転し、卑劣漢が銃で脅しながら、善玉に砂漠を歩かせる。
これは、いい画である。
アラビアのロレンス』みたいだ。
善玉は今にも倒れそうである。
そこへ、無人の馬車が走って来た。
中には、南軍の兵士4人の死体が。
卑劣漢は、ここぞとばかり、金品を奪う。
卑劣なヤツめ。
すると、その中の一人がかすかに動いた。
片目のビル・カーソンであった。
彼は、「20万ドルやるから水をくれ。金貨はオレが隠した」と言う。
卑劣漢は、ビルから墓地の場所を聞き出す。
だが、わずかなタイミングのズレで、墓碑の名前を聞いたのは善玉であった。
そして、ビルは死ぬ。
何という皮肉。
墓碑は5000以上ある。
今、善玉を殺してしまうと、20万ドルがパァだ。
卑劣漢は、突如態度を変えて、善玉にすり寄る。
まず、好きなだけ水を飲ませてやる。
二人は、死んだ兵士から軍服を奪い、南軍の兵士に変装する。
卑劣漢は、何故か眼帯をつけてビルに変装する。
二人は、馬車を走らせ、伝道所にたどり着く。
そこは、闘いで負傷した兵士達の巣窟であった。
もちろん、卑劣漢はカネが目的なのである。
この伝道所の神父は、卑劣漢の兄であった。
二人は追い出され、再び旅に出る。
なかなかのロード・ムービーである。
ちょっと、『バリー・リンドン』みたいだ。
彼らは南軍の馬車で出発する。
南軍の軍服は白い。
向こうから、軍隊の馬車が近付いて来た。
見ると、白い軍服を着ている。
味方だ!
喜んで手を振ると、砂ぼこりをかぶった軍服の下から、青い生地が現れる。
何ということだ!
相手は北軍だったのである。
善玉と卑劣漢は、北軍に連行され、捕虜収容所に入れられてしまった。
この捕虜収容所で、ようやく本作の主要登場人物である善玉、悪玉、卑劣漢の3人が顔を揃える。
何故か、悪玉は、エンジェル軍曹という名を名乗り、北軍下士官となって、この収容所に潜り込んでいたのであった。
彼は、捕虜の金品を奪っては、外で売りさばいていたのである。
とことん悪いヤツだ。
卑劣漢は、あろうことか眼帯をしてビル・カーソンなんかに変装していたがために、さあ大変!
悪玉から、「ここで会ったが100年目」とばかりに、手酷い拷問を受ける。
この生々しさは、マカロニ・ウエスタン特有のものだろう。
ここまでで、やっと半分くらいである。
長いね。
この後、物語は、この金貨を3人が如何にして手に入れられるか否かを巡って進んで行く。
後半では、スペインで保存されていた、南北戦争の頃の蒸気機関車を使って撮影が行われたらしい。
僕は、鉄道には多少詳しいので、線路の幅で、これはアメリカではないと分かってしまった(スペインとアメリカでは、鉄道の線路の幅が違う)。
卑劣漢が、自らの手につながれた鎖を切るため、レールの上に鎖を置き、走る列車に引かせるシーンがある。
これは、スタントなしの、命懸けの撮影だったらしい。
こういうことをやってしまうのが、如何にも低予算のイタリア映画だ。
けれども、本作は、多数のエキストラを使い、派手な爆発もある戦闘シーン等、見せ場も満載である。
『戦場にかける橋』もビックリだ。
低予算ながらも、大変面白く、見応えのある作品に仕上がっている。
マカロニ・ウエスタンとしては大作と言えるだろう。
話しは分かり易く、ドリフのコントのようにコミカルだ。
カネを掛けなくても傑作は生まれるという見本のような作品。