『ヴェニスの商人』を原書で読む(第1回)

僕のハンドル・ネームは、畏れ多くも「シェイクスピア」ですが、拙ブログでは未だシェイクスピアの作品をほとんど取り上げていません。
そこで、彼の喜劇の代表作である『ヴェニスの商人』を原書で読みたいと思います。
本作の初演は、学者によって諸説ありますが、大体1596~98年頃とされています(最初に出版されたのは1600年)。
日本で初めて上演されたシェイクスピア劇であり、また、上演回数も『ハムレット』をしのいで、最も多いのだそうです。
日本での初演は、『新訳 ヴェニスの商人』(角川文庫)の「訳者あとがき」によると、1885年に大阪・戎座にて中村宗一郎により上演された『何桜彼桜銭世中(さくらどきぜにのよのなか)』という翻案作品だったとのこと。
学校演劇でも頻繁に上演されているので、シェイクスピアに関心のない人でも、何らかの形で一度くらいは触れたことがあるでしょう。
この作品は、ユダヤ人の金貸し・シャイロックのキャラクターがあまりに際立っているため、悲劇として演出されることが多いですね。
特に、学校演劇などでは、有名な「人肉裁判」の場面だけを切り取って、「人種差別反対」をテーマに打ち出した芝居に仕立てたりします。
僕が初めて観たシェイクスピアの舞台は、中学生の時に文化祭で先輩方が演じた『ヴェニスの商人』ですが、やはり、裁判のシーンのみの上演でした。
シャイロックの「公明正大なお方だ」というセリフは、今でも鮮明に覚えています。
しかしながら、シェイクスピアがこの作品を書いた頃は、ユダヤ人は差別されるのが当たり前の存在であり、これは、あくまで「喜劇」として書かれたのだということに留意しておく必要があるでしょう。
それでも、主役もかすんでしまうほどの、これだけ深みのある人物を生み出したのは、さすがシェイクスピアと言わざるを得ません。
僕がかつて在籍していた大学の英文科では、必修で「英語原書講読」という授業がありました。
小説や詩など、幾つかのクラスがあったのですが、その中で一番人気があったのは、「エリザベス朝演劇」だったと思います。
僕も、当然のように、そのクラスを選択しました。
例年、シェイクスピアの作品を講読し、僕の年は、『恋の骨折り損』だったような気がします。
何故、「気がします」かと言うと、僕は情けないことに、その授業にロクに出席せずに、単位を落としてしまったのです。
シェイクスピア入門的な位置付けの授業で、ちゃんと出ていれば、色々と勉強になったと思うのですが。
この講座では、年によって違う作品が選ばれていて、『ヴェニスの商人』を読んだ年度もありました。
シェイクスピアは、さすがに英文学を代表する作家だけあって、大学での原書講読の歴史も古く、『英語教師 夏目漱石』(新潮選書)によると、漱石東京帝国大学の講師時代に『ヴェニスの商人』等の講義を行なっています。
ヤフー知恵袋」によると、シェイクスピアの原文の中で、最も読み易いのは『ヴェニスの商人』だそうです。
僕は、『ハムレット』と『ヴェニスの商人』を原書で読みましたが、確かに、『ヴェニスの商人』の方が圧倒的に読み易かったと思います。
有名で、かつ読み易いということで、最初に読むシェイクスピア作品にふさわしいのではないでしょうか。
シェイクスピアについて
ウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare, 1564-1616)は、言うまでもなく、イギリスを代表する文学者です。
それでは、『はじめて学ぶイギリス文学史』(ミネルヴァ書房)から、彼の略歴を引いてみましょう。

劇作家、詩人。ストラットフォード・アポン・エイヴォンに生まれる。18歳のときに、8歳年上の豪農の娘と結婚するが、数年後に妻子を残してロンドンへ出て劇団に加わる。舞台に立つかたわら、既存の脚本に手を加えているうちに、創作をはじめたと推定されるが、20代の後半で、早くも先輩作家のねたみを買うまでに名をなした。20余年間に、37編の劇と3冊の詩集を書き、50歳足らずで引退した後は故郷に帰り、悠々自適の余生を送った。

また、彼の作品については、次のようにあります。

シェイクスピア劇は、史劇からロマンス劇にいたるまで多様である。構成には、複数の筋があり、悲劇的局面と喜劇的局面、日常性と非日常性など相反するものが巧みに混入され、融合されている。また登場人物は、あらゆる階層に及び、その性格描写には追随を許さぬものがある。語彙の広いこと、複数の意味をひきだす掛け言葉や隠喩、暗喩が豊富なことでも知られている。

テキストについて
一口にテキストと言っても、様々な版が出ていますが、僕が選んだのは下のペンギン版です。

The Merchant of Venice

The Merchant of Venice

初版は2015年。
注釈はW.Moelwyn Merchant氏。
一般的には、演劇関係者はペンギン版、大学関係者はアーデン版やオックスフォード版を選ぶと言われています。
確かに、僕が学生の時の「シェイクスピア研究」という講義でも、教科書はオックスフォード版でした。
では今回、僕はなぜペンギン版を選んだのでしょうか。
それは、この版が大型書店の洋書コーナーなどで普通に売られていて、最も入手しやすいからです。
近所の調布市立中央図書館に置いてあるのも、このペンギン版。
価格も手頃です。
学術関係では、どうしてペンギン版が使われないのかはよく分かりません。
おそらく、他の版では注釈がページの下半分にあるのに対し、ペンギン版では巻末にまとめらているため、本文と対照しづらいからではないかと想像しています。
逆に、役者の場合は、細かな注など不要だから、ペンギン版でいいのでしょうか。
僕は別に学術的な目的で『ヴェニスの商人』を読んでいる訳ではないので、この版で問題ないのです。
本書の注釈は全部で40ページ以上ありますが、概ね固有名詞の解説が中心で、語釈と呼べるようなものはあまりありません。
従って、普通の日本人が本書の注だけを頼りにして原文を読むことは、ほぼ不可能でしょう。
注の英語のレベルは、専門的な語も出て来ますが、辞書を引けば理解できる程度です。
翻訳について
シェイクスピア作品を原書で読むに当たって重要なのは、翻訳を参照しながら読むということです。
シェイクスピアの原書は難しいので、翻訳がなければ、分からないところがあった時に、確認する手段がありません。
翻訳を選ぶ際、『ヴェニスの商人』のような有名作品では複数の版が出ていることがありますが、その場合、なるべく新しいものを選択することです。
古い翻訳だと、日本語の意味を読み取るだけで一苦労、ということもあります。
また、新たに翻訳する人は必ず先行訳を参照しているので、仮に前の訳に欠点があったとしても、それが改められている可能性が高いので。
現在、日本では、廉価な文庫や新書版だけでも、6種類もの翻訳版が入手可能です。
それらを以下に紹介します。
岩波文庫
ヴェニスの商人 (岩波文庫)

ヴェニスの商人 (岩波文庫)

初版は、何と1939年。
現在流通しているのは、1973年に発行された改訳版です。
翻訳は英文学の大家・中野好夫氏。
古い版だけあって、活字は小さく、かすれて読みにくいですが、そんなことは全く気にならないほど、味のある言葉を駆使した名訳です。
確かに、今では使わないような言い回しが多用されているものの、それが何とも言えない情緒を醸し出しています。
初版刊行時は、参考になる先行の翻訳は坪内逍遥のものしかなかったそうですが、それでこの完成度はスゴイです。
改訳の際にも、それほど大幅には手を加えられていないそうなので、初版の風合いはそのまま残っているのでしょう。
中野氏は、巻頭の「改版にあたって」の中で、「学術的翻訳でも、上演用台本のつもりでもない」と述べています。
日本語としての自然さを意識しつつ、原文と併読する読者のことも考えて、極端な意訳は避けたそうです。
中野氏は、「独自の翻訳理論を持たない」などと謙遜していますが、翻訳に対して、達観のような境地に達していると思われます。
例えば、原文の「詩」を日本語に移すことは不可能だと認めながらも、散文との区別を付けるために、詩の部分を「わかち書き」にしました。
また、本文の下に行数が表示されています。
注解も、なかなか充実していますね。
巻末の「解説」は、ほとんど初版のままだそうですが、作品を理解するために必要な事項を簡潔にまとめてあります。
翻訳の底本はグローブ版。
新潮文庫
ヴェニスの商人 (新潮文庫)

ヴェニスの商人 (新潮文庫)

初版は1967年。
翻訳は劇作・演出でも高名な福田恒存氏。
福田氏の訳文は誠に格調高いものです。
僕が20年以上前、浪人時代に読んだのも、この福田氏の翻訳でした。
今回、久し振りに再読して、改めて「よく整理された作品だな」と感じました。
ちなみに、僕が以前観に行った、劇団四季の『ヴェニスの商人』も、福田氏の訳です。
本文中に注釈はありませんが、巻末の「解題」が充実しています。
また、英文学者の中村保男氏による「解説」、「シェイクスピア劇の執筆年代」、「年譜」もありますね。
福田氏が翻訳の原本として用いたのは、新シェイクスピア全集。
白水Uブックス
初版は1983年。
判型は新書サイズ。
翻訳は、日本で二人しかいない(もう一人は坪内逍遥シェイクスピア全訳という偉業を成し遂げた小田島雄志氏(東京大学名誉教授)。
訳文は、とてもリズミカルで、こなれた日本語なので極めて読み易いです。
韻文の形式に合わせて行分けがされています。
注は全くありません。
解説は英文学者の渡辺喜之氏。
訳者自身による解説は一切ないので、翻訳の底本などは分かりません。
ちくま文庫
シェイクスピア全集 (10) ヴェニスの商人 (ちくま文庫)

シェイクスピア全集 (10) ヴェニスの商人 (ちくま文庫)

初版は2002年。
翻訳は、目下シェイクスピア作品を精力的に訳し続けている松岡和子氏(翻訳家・演劇評論家)。
この調子で行くと、坪内逍遥小田島雄志に続き、日本で3人目のシェイクスピア全訳者になるかも知れません。
松岡氏の訳文は、素直な文体で、非常に読み易いです。
本文は、他の多くの翻訳と同じように、韻文の箇所が行分けされています。
注釈も豊富で、本文の下にあるため参照しやすく、また、原文を掲載してくれているのが、ありがたいですね。
「訳者あとがき」では、松岡氏が訳出に際して、代名詞の訳し分けに気を遣ったという記述が大変興味深かったです。
現在の英語では、二人称は全てyou一語に統一されていますが、シェイクスピアの時代には、まだ区別が存在していました。
目下や親しい相手に対して使う親称のthou(ドイツ語のduに当たる)と、目上やそれほど親しくない相手に対して用いる敬称のyou(ドイツ語のSieに当たる)です。
これらの代名詞の使い方に注目することで、登場人物たちの人間関係が浮き彫りになります。
この部分は一読の価値があるでしょう。
「アントーニオとポーシャのメランコリー」という題の解説は中野春夫氏(学習院大学教授)。
巻末の「戦後日本の主な『ヴェニスの商人』上演年表」は、資料的価値が高いです。
錚々たる役者の名前が散見されます。
本書の翻訳の底本はアーデン版。
角川文庫版
新訳 ヴェニスの商人 (角川文庫)

新訳 ヴェニスの商人 (角川文庫)

初版は2005年。
翻訳は河合祥一郎氏(東京大学大学院教授)。
河合氏によると、本書の主な特徴は次の二つです。
一つ目は、上演を目的として、原文の持つ面白さや心地良さを日本語で表現するように努めたこと。
シェイクスピアの原文には駄洒落がたくさん出てきますが、それを何とか日本語に移し替えようと苦心された様子が伺えます。
二つ目は、原典(翻訳の底本とした、1600年出版の初版本である第一・四折本)に忠実に訳したこと。
原典通り、本文中に幕場割り(第○幕第○場という区分け)をなくし、人物名の指示についても原典を尊重したそうです。
これは、ちょっと裏目に出ていて、同じ登場人物を違う呼び名で指示している箇所があり、少々読み難くなっています(もちろん、注で解説されてはいますが)。
しかしながら、訳文は分かり易く、本文中の注釈も充実していますね。
「訳者あとがき」では、本作品について簡潔に解説されています。
河合氏は、シャイロックを、単なる悪役か悲劇の主人公かといった二元論で考えるのではなく、この作品が放つ多様な問題提起を今日的に捉えようという立場です。
この部分を読むだけでも、本作を理解する上で、大いに参考になるでしょう。
光文社古典新訳文庫
ヴェニスの商人 (光文社古典新訳文庫)

ヴェニスの商人 (光文社古典新訳文庫)

初版は2007年。
翻訳は安西徹雄氏(上智大学名誉教授)。
本書の訳文は、読んでいると、一人ひとりの役者の声が聞こえて来そうな名訳です。
それもそのはず。
本書は、1990年に安西氏自身が訳・演出した舞台の上演台本を基に加筆訂正した完訳版だからです。
シェイクスピアの作品は、読むためではなく、実際に舞台で上演するために書かれました。
ですから、舞台の洗礼を受けている本書の訳が「生きて」いるのは当然です。
翻訳のテキストは新オックスフォード版。
本文中の注釈は最小限なので、流れを追い易いです。
巻末の「解題」は、特に同時代の劇作家クリストファー・マーロウの『マルタ島ユダヤ人』と本作を詳細に比較して論じています。
また、「シェイクスピア略年表」も付いていますね。
注釈書・対訳などについて
シェイクスピアの原文は難しいですが、さすが英文学史上最も有名な作家だけあって、注釈書の類いが非常に充実しています。
その分だけ、他の作家よりも与し易いと言えるかも知れません。
ヴェニスの商人』については、現在流通している主なものだけで、下の3種類があります。
研究社小英文叢書
ヴェニスの商人 (研究社小英文叢書 (53))

ヴェニスの商人 (研究社小英文叢書 (53))

初版は何と1950年。
注釈者は英語英文学の大家・岩崎民平氏
古い本なので、活字はかすれ、また旧漢字で書かれているため、慣れるまでは読みにくいかも知れません。
「序」によると、岩崎氏は戦災で蔵書を焼かれてしまい、同僚の梶木隆一氏(元東京外国語大学名誉教授。2012年5月8日に101歳で逝去されました。)からシェイクスピアの注釈書を借りて本書を完成させた旨のことが書かれています。
日本における英文学研究の歴史の一端が垣間見えますね。
古い本なので誤植が多かったですが、これは仕方がないでしょう。
このシリーズは、ご存知のように、さほど注釈が詳しくありません。
最初の方は驚くほど懇切丁寧で、「この調子で最後まで息切れしなければいいが」と思っていたら、案の定、スペースが足りなかったのでしょう。
段々と簡潔になって行きました。
しかし、余計なことが書いていない分、分かり易いとも言えます。
研究社の対訳本や大修館の注釈書と比べると、本書の注釈が最も簡潔明瞭です。
学生や一般の読書人にとって大切なことは、目先の語句の意味ではないでしょうか。
辞書で調べても載っていないような古い言い回し等が、注にきちんと挙げられていることが一番ありがたいのです。
どのテキストではどの綴りになっているとか、この部分は学者によってこう意見が分かれているなどというのは、研究者にとっては大事かも知れませんが、普通の人にはあまり関係がありませんから(作品を理解する上で必要なこと以外は)。
大修館シェイクスピア双書
ヴェニスの商人 (大修館シェイクスピア双書)

ヴェニスの商人 (大修館シェイクスピア双書)

この本は、「大修館シェイクスピア双書」という全12巻のシリーズのうちの1冊です。
初版は1996年。
編注者の喜志哲雄氏(京都大学名誉教授)は、日本有数のシェイクスピア学者です。
ですから、内容は信頼できると思います。
(※本シリーズは、他の巻も、日本のシェイクスピア学者としては相当著名な方ばかりが執筆しています。)
最近は、大学の英文科などでシェイクスピア作品を講読する際にも、このシリーズをテキストにすることが多いようです。
本シリーズの『ハムレット』は紙質がイマイチで、蛍光ペンを使うと裏側にインクが染みてしまったのですが、『ヴェニスの商人』はそのようなこともありません。
本書は、右ページに原文、左ページに解説という見開き構成になっています。
原文は、研究社の対訳本と若干違う部分がありますが、『ハムレット』のように底本の問題はないので、気になるほどではありません。
解説は、かなり的確です。
上述の対訳本の解説で触れられていなかった部分にも注釈があるので、相互に補完できるでしょう。
この2冊で、原文の難しい箇所の大半は読み解けるのではないでしょうか。
ただ、最初の方は日本語の注が多いのですが、次第に英語の注が増えて来るので、読むのに多少骨が折れます。
また、発音表記が時折アメリカ式だったのが気になりました。
対訳・注解 研究社シェイクスピア選集
シェイクスピアの原文を読むに際して、最も取り組みやすいのは、英文が左ページ、日本語訳が右ページに掲載されている「対訳本」でしょう。
僕が尊敬する伊藤和夫先生(駿台予備学校英語科元主任)も、原書を読む前段階として、対訳本を読むことを推奨されていました。
シェイクスピア作品に関しては、研究社から立派な対訳本が出ています。
ヴェニスの商人 (対訳・注解研究社シェイクスピア選集 (3))

ヴェニスの商人 (対訳・注解研究社シェイクスピア選集 (3))

初版は2004年。
著者の大場建治氏は明治学院大学の元学長。
現在の日本においてシェイクスピア研究で著名な学者は何人かいますが、大場氏も間違いなくその一人でしょう。
本文は1600年発行の第一・四折本(Q1)に基づいていますが、異本(第一・二折本=F1など)と違う箇所がある場合はきちんと解説されているので、他の版を読んでいる人でも使えます。
ただ、現在出回っている『ヴェニスの商人』の原書は、概ねQ1に基づいているようです。
大場氏は、本来はF1を尊重しているのですが、『ヴェニスの商人』に関しては、Q1が最も「善本」だとのことでした。
テキストに関しては、本文の前の「凡例」や「The Merchant of Veniceのテキスト」という章で、詳しく解説されています。
また、作品そのものについても「The Merchant of Veniceの創作年代と材源」で説明されているので、あまり予備知識のない人でも大丈夫です。
単語の綴りは、基本的に現代綴りに直されていますね。
(※シェイクスピアの時代には、まだ正書法が確立していなかったため、原文には現代綴りと違う箇所がたくさんあるのです。)
シェイクスピアのセリフは、韻を踏んだり、ある語を強調したりするために、意図的に語順が変えられていることが多々あります。
ですから、日本語訳を見ても、原文との対応関係が理解しづらいこともあるのですが、これについては「シェイクスピアの詩法」という章で簡潔に説明されているので、大いに参考になるでしょう。
大場氏は前書きで「高校卒業程度の英語力があれば、後は辞書を引くだけで読み進める」ように配慮した旨のことを書いており、注釈は非常に詳しいと思います。
ただし、英語の注が多いです。
本文の下に掲載し切れない注については、巻末に「補注」としてまとめられています。
ところどころに挿入されている図版も大変興味深く、本文を読む合間の、良い息抜きになるでしょう。
最後に、付録として「シェイクスピアのFirst Folio」という解説が収められています。
しかしながら、訳文が意訳過ぎて、原文と対照し辛いというのは如何ともし難いです。
「他の翻訳者に負けたくない」という著者のプライドもあるのでしょうが、学生や一般読者が対象の本なのですから、ここはなるべく直訳に近付けて欲しかったと思います。
もっとも、昔は、このような便利な対訳本はなかったのですから、こういった本でシェイクスピアの原文を読むことが出来るのは、大変ありがたいのですが。
辞書・文法書などについて
辞書には色々ありますが、英文学を原書で読むには、最低でも大学生・社会人用の中辞典が必要になります。
本当は、シェイクスピアを読むには『OED(Oxford English Dictionary)』が必要なのだそうですが、全20巻もあり、アマゾンの中古でも20万円位するので、一般の人が所有するのはまず不可能です。
我が家でも、財務大臣に一蹴されました。
従って、中辞典から大辞典までを手元に置き、それらに載っていないものは諦めるしかありません。
ただ、辞書に載っていない様なことは、大抵、前述の注釈書に書かれていますが。
新英和中辞典
さて、中辞典の中で最も伝統があるのは、研究社の『新英和中辞典』(初版1967年)です。
新英和中辞典 [第7版] 並装

新英和中辞典 [第7版] 並装

歴史のある辞書の方が、改訂される度に内容が良くなっている可能性が高いと思います。
『新英和中辞典』の収録語数は約10万語。
僕も高校生の頃から愛用しています。
リーダーズ英和辞典
英文学を原書で読んでいると、時には、中辞典には載っていない単語も出て来ますが、そういう場合には、プロの翻訳家にも愛用されている『リーダーズ英和辞典』(研究社)の登場です。
リーダーズ英和辞典 <第3版> [並装]

リーダーズ英和辞典 <第3版> [並装]

収録項目数は28万(見出し語、派生語、準見出し、イディオムを含む)。
リーダーズ・プラス
更に、『リーダーズ英和辞典』には、『リーダーズ・プラス』(研究社)という補遺版があります。
リーダーズ・プラス

リーダーズ・プラス

  • 作者: 松田徳一郎,高橋作太郎,佐々木肇,東信行,木村建夫,豊田昌倫
  • 出版社/メーカー: 研究社
  • 発売日: 2000/03/01
  • メディア: 単行本
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収録語数は19万語。
文学作品のタイトルや登場人物名等も詳細に載っているので、とても便利です。
新英和大辞典
2冊の『リーダーズ』があれば、かなりの範囲をカバー出来ますが、それでも載っていない語については、『新英和大辞典』(研究社)を引いてみましょう。
新英和大辞典 第六版 ― 並装

新英和大辞典 第六版 ― 並装

これは、日本で最も伝統と権威のある英和辞典です(初版1927年)。
収録項目数は26万ですが、さすが「ITからシェイクスピアまで」を歌い文句にしているだけあって、これまで挙げた辞書には載っていない語でも見付かることがあります。
語彙については、洋書で『A Shakespeare Glossary』または『Shakespeare-Lexicon』というものもありますね。
僕が学生の頃に受講した「シェイクスピア研究」という授業のガイダンスで、先生が「辞書に載っていない単語は、この2冊を引けば載っていますね」と、こともなげに仰いましたが。
当たり前ですが、語義は全部英語で書かれています。
ただでさえ難解なシェイクスピアの英文を読むだけでも大変なのに、その上、辞書まで読解しなくてはならないとなると、挫折の可能性が極めて高くなります。
学生がひけらかしのためにカバンに入れておくのは自由ですが、時間も英語力もない一般社会人は手を出さない方が無難でしょう。
英文法解説
文法書については、有名な『英文法解説』(金子書房)等は、あくまで現代英語の参考書です。
英文法解説

英文法解説

シェイクスピアの英語は初期近代英語で、もちろん、現代英語とそんなに大きく変わらない部分も多いのですが、これだけでは足りません。
かつては、大塚高信氏の『シェイクスピアの文法』(研究社)、あるいは、荒木一雄氏と中尾祐治氏の共著『シェイクスピアの発音と文法』(荒竹出版)という定評のある参考書があったのですが、これらは残念ながら絶版になっています。
従って、図書館を利用するか、中古で買うかしかありません。
ただ、大抵のことは、上の注釈書と大辞典で解決すると思います。
これから、どれくらい時間が掛かるか分かりませんが、頑張って『ヴェニスの商人』を原書で再読したいと思います。
次回以降は、例によって、僕の単語ノートを公開しましょう。
【参考文献】
1995年度 二文.pdf - Google ドライブ
英語教師 夏目漱石 (新潮選書)川島幸希・著
シェイクスピアを英語で読んでみようと思うのですが、内容的&文章的に読み... - Yahoo!知恵袋
はじめて学ぶイギリス文学史神山妙子・編著(ミネルヴァ書房