ラテン語を学ぼう

ラテン語を学ぼう
僕の英語力は全世界で最低レベルです。
これは、TOEICの点数が0点なので、数字によって客観的に証明されています。
そんな究極の語学音痴の僕でも、ドイツ語を少しかじると、何となく英語の起源が見えて来るような気がするのです。
英語とドイツ語は同じゲルマン語系なので、基本的な名詞、動詞等にお互い似通ったものがたくさんあります。
同様に、英語はノルマン・コンクェスト以降、フランス語経由でラテン語の影響もかなり受けました。
従って、同じ物事を、ゲルマン語系の単語とラテン語系の単語の二通りで言い表すことが出来たりします。
非常に荒っぽい分類をすると、中学で習うような英単語はゲルマン語起源、高校以上で習うような英単語はラテン語起源のものが多いと言えるでしょう。
そこで、英語を深く理解するためには、やはりラテン語を学んでおいた方がいいと思うのです。
昨今は第二外国語すら選択の大学も多いようですが。
黒田龍之助先生も『その他の外国語 エトセトラ』(ちくま文庫)の中で、次のように仰っています。

それに英語を教えていて実感したのですが、英語学習のために必要な言語は間違いなくラテン語です。少なくとも英文専攻の学生には、日本でもラテン語を必修にしていいのではないでしょうか。

全く同感です。
実際、1886(明治19)年、帝国大学文科大学(現・東京大学文学部)に日本で最初の博言学科(言語学科)が出来た時、そこで教えられた言語は英語、ドイツ語、ラテン語でした。
夏目漱石は同じ頃(1890年)に帝国大学の英文科に入学していますが、彼が大学で修めた言語もこの三つです。
三四郎』にあるように、漱石は必修科目の他にも、選択科目を目一杯受講したのでしょう。
ただ、漱石は英語に関しては相当な実力があったようですが、ドイツ語はそれにはかなり劣ったようですから、ラテン語は言うに及ばず、といったところだったかも知れません。
それは、『吾輩は猫である』の苦沙弥先生と迷亭の「こりゃ何と読むのだい」「何だって? こりゃ君ラテン語じゃないか」「ラテン語は分かっているが、何と読むのだい」「だって君は平生ラテン語が読めると言ってるじゃないか」というやり取りからも想像出来ます(もっとも、これはフィクションですが)。
漱石の蔵書の中に、ラテン語関係の書物は、小さな語彙集と名言集の2冊しかなかったようなので、やはり、それほど熱心には勉強しなかったのでしょう。
でも、たとえマスター出来なくても、勉強することに意義があるのではないでしょうか。
あのドイツ語の権威・関口存男も、アテネ・フランセラテン語を習っています。
英文学者の渡部昇一先生(上智大学名誉教授)は、『知的生活の方法』(講談社現代新書)の中で、「ギリシア語やラテン語をマスターするにはほとんど半生を要するし、またそれを忘れないようにしておくためにも、残りの半生を要すると言ってよいのである」「このために私は古典語を見切った。ラテン語ギリシア語をすらすら読めるようになろうという野心は捨てた」と仰っていました。
では、どの程度で「見切り」を付けるのが良いのでしょうか。
具体的にはカエサルの『ガリア戦記』が読めるレベルとのことです。
ガリア戦記』というのは、大学等のラテン語の授業で、初級文法が終わった後に読まされるテキストですから、まず中級の入り口といったところでしょう。
そもそも、ラテン語は初級文法が相当難しく、大学の授業でも、春に履修登録する学生は何十人もいても、単位を取れるのはその内の数人だそうです。
僕の在籍していた大学には西洋古典語学科はありませんでしたが、ラテン語の講座はありました。
今にして思えば、僕も学生時代にラテン語を学んでおけば良かったです。
後悔しても始まらないので、これからラテン語を勉強して、『ガリア戦記』を読んでみたいと思っています。
とは言え、ラテン語の参考書は、初心者には到底手が届かないような、敷居の高そうなものしかありません。
英語で書かれたものの中には、欧米の中等教育向けの分かり易いテキストもあるそうですが、全世界で最低レベルの英語力の僕には絶対に理解出来ないはずです。
ラテン語入門書を選ぶ
入門的な参考書は、以下に挙げるものが出ています。
しかし、どれも帯に短く、タスキに長いのです。
ラテン語の世界』

ラテン語の世界―ローマが残した無限の遺産 (中公新書)

ラテン語の世界―ローマが残した無限の遺産 (中公新書)

初版は2006年。
著者は小林標氏(大阪市立大学名誉教授)。
ラテン語の背景知識については色々と詳述されていて興味深いのですが、文法等の解説は一切ないので、語学の勉強にはなりません。
ラテン語のしくみ』
ラテン語のしくみ (言葉のしくみ)

ラテン語のしくみ (言葉のしくみ)

初版は2014年(新版)。
著者は小倉博行氏(早稲田大学講師)。
「新書みたいにスラスラ読める」とありますが、「聞き流すだけで話せるようになる英会話」が大ウソなのと同様に、スラスラ読むだけでは語学は身に付かないのです。
網羅性もありません。
ラテン語のはなし』
ラテン語のはなし―通読できるラテン語文法

ラテン語のはなし―通読できるラテン語文法

初版は2000年。
著者は逸見喜一郎氏(東京大学名誉教授)。
ラテン語のしくみ』よりはボリュームがあり、「通読できるラテン語文法」とありますが、結局、通読しただけでは文法はマスター出来ません。
『はじめてのラテン語
はじめてのラテン語 (講談社現代新書)

はじめてのラテン語 (講談社現代新書)

初版は1997年。
著者は大西英文氏(神戸市外国語大学教授)。
テキストとしてはしっかりしているので、これを軸に学習するのなら良いでしょう。
でも、多くの人は新書にそのような機能を求めていません。
気軽に読み流すだけなら、上に並べた本と同じ事です。
『初級ラテン語入門』
初級ラテン語入門

初級ラテン語入門

初版は1964年。
著者は有田潤氏(早稲田大学名誉教授)。
変化表の並び方が独特(研究社の『羅和辞典』とは違う)であり、アマゾンのレビューに「全ての文法事項を網羅していない」とあるので、これまた基本書にするのはためらわれます。
『ニューエクスプレス ラテン語
ニューエクスプレス ラテン語《CD付》

ニューエクスプレス ラテン語《CD付》

初版は2011年。
著者は岩崎務氏(東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授)。
会話でラテン語文法を学ぶというコンセプトの本ですが、英語やドイツ語ならともかく、ラテン語の会話を勉強して、何か意味があるのでしょうか。
ご丁寧にCDも付いていますが、ラテン語は死語ですから、もちろんネイティヴの発音ではありません。
『標準ラテン文法』
標準ラテン文法

標準ラテン文法

初版は1987年。
著者は中山恒夫氏(元共立女子大学教授)。
東大や早稲田の授業でも使われている定評ある教科書ですが、教室用の教材なので、もちろん解説はなく、自修は出来ません。
なお、「文法抜きで読むだけで理解出来る」をうたっているような本は、何の役にも立たないので、時間の無駄です。
英語よりも遥かに複雑なラテン語を、読むだけで理解出来る筈がありません。
結局、遠回りのように見えても、動詞の変化表をブツブツと何百回も唱えながら暗記するしか道はないのです。
『基本から学ぶラテン語
基本から学ぶラテン語

基本から学ぶラテン語

初版は2016年。
著者は川島思朗氏(東海大学文学部ヨーロッパ文明学科専任講師)。
本書の「はじめに」には、次のようにあります。

本書はラテン語の初等文法を身につけることを目的としています。初等文法の目標は「辞書をひけるようになる」ことです。辞書をひけるようになれば、ラテン語で書かれたどんな文書でもある程度自力で読み進めることができるからです。しかし、この文法書を終えた段階で、ラテン語の文学作品をすらすら読めるようになることは難しい、と思ってください。わたしが勉強をはじめたとき、習得には8年かかると言われました。ラテン語はそれほど難しい言語なのです。

「すらすら」でなければ読めるようになるのでしょうか。
また、8年掛ければ読めるようになるのでしょうか。
この本だけで基本文法を学ぶには充分なのかが、これでは分かりません。
ただ、ラテン語が難しい言語だということだけは分かります。
『しっかり学ぶ初級ラテン語
さて、具体的にどの参考書を使おうかと悩んでいた時、書店で『しっかり学ぶ初級ラテン語』(ベレ出版)を発見しました。

しっかり学ぶ初級ラテン語 (Basic Language Learning Series)

しっかり学ぶ初級ラテン語 (Basic Language Learning Series)

初版は2013年と、新しい本です。
著者の山下太郎氏はラテン語愛好家。
ラテン語の先生と言えば、「○○帝国大学西洋文学科名誉教授」といった、偉そうな肩書の方が多いですが、「愛好家」とは珍しいですね。
でも、京都や東京で、よくラテン語の講習会を開かれています。
先日も、池袋のリブロで講演会を行なわれました(行けば良かった)。
本書は、この著者の肩書通り、大変取っ付き易い本です。
見た目は、あの高校向け英文法参考書『Forest』(桐原書店)のよう。
語り口も、『英文法講義の実況中継』や『ビジュアル英文解釈』、はたまた『関口・初等ドイツ語講座』のように、とてもソフトなものでした。
敷居の高いラテン語を、初心者向けに分かり易く解説したという意味では、これまでにない画期的な参考書だと思います。
僕は、本書に2014年の12月9日から取り組み始め、2015年7月11日、ようやく読了しました。
幾らソフトな語り口とは言え、ラテン語自体が難しく、仕事が終わった後に会社の近くの喫茶店で1日1〜2時間ずつ、ノートを取りながら読んだので、8ヵ月も掛かってしまいましたが。
山下先生に「読了しました」というメールをお送りしたところ、「教科書を書いて本当によかったと心から思いました」とのお返事を頂きました。
先生の素晴らしいお人柄が伺えます。
羅和辞典を選ぶ
語学学習には、当然ながら辞書が必要になります。
ラテン語も、もちろん例外ではありません。
それどころか、変化や活用が多いラテン語では、英語よりも遥かに辞書に頼る場面が多いと思います。
しかしながら、現在の日本では、羅和辞典(ラテン語=日本語辞典)はわずか3種類しか出ていません。
語学力のある人(ラテン語に手を出す位ですから、こういう人は多いでしょう)なら、羅英辞典や羅独辞典という選択肢もあるのでしょうが、英語もドイツ語も万年初級レベルの僕には到底無理です。
『基礎羅和辞典』
基礎羅和辞典

基礎羅和辞典

初版は2011年。
編者は川崎桃太氏(京都外国語大学名誉教授)
本書は、「辞典」と銘打っていますが、実質的には、語数の多い単語集に過ぎません。
『古典ラテン語辞典』
古典ラテン語辞典

古典ラテン語辞典

初版は2017年(改訂増補版)。
著者は國原吉之助氏(名古屋大学名誉教授)。
本書は、個人で購入するには余りにも高価過ぎます。
我が家でも、細君の許可が未だに下りません。
という訳で、3種類の羅和辞典があるとは言っても、実際には研究社の『羅和辞典』一択となります(もっとも、英和や独和と比べると、これも結構な値段ですが)。
『羅和辞典』
羅和辞典 <改訂版> LEXICON LATINO-JAPONICUM Editio Emendata

羅和辞典 <改訂版> LEXICON LATINO-JAPONICUM Editio Emendata

初版は1952年。
故・田中秀央氏によって編纂され、定評のあった版を、水谷智洋氏(東京大学名誉教授)が改訂したのが本書です。
改訂版の発行は2009年。
本書の収録語彙は古典ラテン語が中心です。
見出し語は約4万5千。
懇切丁寧な英和辞典等とは違い、記述が非常に簡潔なため、本文は732ページしかありません(ただし、紙が分厚いので、全体として、普通の辞書くらいのかさがあります)。
けれども、固有名詞も多く、また、著名な文学作品からの用例もあるため、『ガリア戦記』の最初の部分を読む程度なら、この辞書で何とか間に合うのではないでしょうか。
欲を言えば、学習用独和辞典のように、その単語の意味を英語でも書いてくれていると良かったですね。
文法用語が英語で書かれているのには、多少の慣れも必要ですが。
ラテン語の教材は、どうしてこうペダンティックなのでしょうか。
それはさておき、言うまでもありませんが、ラテン語は変化や活用が激しいので、まず文法をきちんと勉強しなければ、辞書も引けません。
ただ、文法を勉強している途中でも、例文に使われている単語は小まめに確認して、辞書を引くことに慣れておく必要があるとは思いますが。
本辞典の「付録」には、「変化・活用表」がまとめられています。
また、巻末の「和羅語彙集」は、語数は少ないものの、古典に出て来るような語彙が実によく精選されていて、有難いです。
ガリア戦記』の原文を読んでいて、変化形から不定形(辞書に載っている形)が推測出来ない時、日本語訳からこの「和羅語彙集」を引くと、かなりの確率で載っています。
ただし、これは日本語訳のあるテキストでないと使えない方法ですが。
ラテン語単語集について
語学を勉強していて、誰でも一度は考えるのが、「単語集で語彙を覚えよう」ということでしょう。
ただ、英語の場合は、本屋に行けば大量の単語集や熟語集が棚を埋め尽くしていますが、ラテン語では、現在日本で普通に入手出来るのは、下の本しかありません。
ラテン語基礎1500語』
ラテン語基礎1500語

ラテン語基礎1500語

初版は昭和32年
競争がないためか、中身は改訂されず、古いままです。
活字も潰れかかっています。
編者は有田潤氏。
他にも、初心者向けのラテン語参考書を幾つか書いている人です。
「まえがき」には、次のようにあります。

ラテン語の基礎単語1500を選定するという仕事は予想よりもずっと困難であった。欧米で出版された統計や類書をできるだけ多く参照はしたが、相互にかなり矛盾があって、そのまま採用できるものは一つもなかった。

英語で言えば、ちょうど中学レベルに当たる単語ですね。
本書は、「頻出語」「生活語」「合成語の基礎となるもの」「ローマ史を反映するもの」という四つの基準で、掲載語を選んでいます。
再び、「まえがき」より。

本書の特色とでもいえるものを挙げるとすれば、ほとんどすべての見出し語に対して関連語を示したことである。なるべく英語にそれを求めたが、より適切だと思われた場合には仏語から選び(その旨を明示して)、時には英仏両語から拾った。

英語はともかく、フランス語については、僕は学生時代、最初の1時間で挫折したので、関連語を示されても全く分かりません。
全てのラテン語学習者がフランス語を学んでいるとは限らないでしょう。
ここは、関連語を示すよりも、学習用の独和辞典のように、単に「英語ではどの語に当たるか」を示してくれた方が、学習の役に立つと思います。
「略語・記号」が日本語で記されているのは、親切ですね。
「発音の要領」は、まあ簡潔で良いのですが、「活用篇」の「ラテン語小文法」は必要でしょうか。
ラテン語は、英語と違って、文法を一通り学び終えないと、辞書を引くことが出来ません。
単語集に手を出すような人は、既に文法を習得しているはずです。
文法書を見れば、もっと詳しく書かれていることが、ただ単にまとめられているに過ぎません。
まあ、辞書の巻末に付いているのと同じようなものでしょうか。
さて、肝心の本文ですが、これでは使い物になりません。
一つの単語に一つの意味しか載っていないのです。
ラテン語にも多義語はたくさんあります。
また、同じような意味でも、文脈によってニュアンスが変わるということも多々あるでしょう。
それらは結局、辞書を引くことによってしか理解出来ません。
そもそも、単語集で単語を覚えることなど出来るでしょうか。
僕が高校生の時、『試験にでる英単語』を完璧に暗記した同級生がいました。
「73ページの上から二つ目」と言えば「intelligence(知能、情報)」、「135ページの上から五つ目」と言えば「heretic(異端者、異教徒)」と即答できるレベルでした。
当然のように、彼は某難関私大に現役合格します。
しかしながら、そういう超人的な記憶力の持ち主は滅多にいません。
少なくとも、そろそろ若年性アルツハイマーも疑われるような僕には、到底無理な芸当です。
そこで、基礎単語を見極めるためのリストとして本書を利用することをオススメします。
具体的には、本書の見出し語について、辞書にアンダー・ラインを引いて行くのです。
そうすれば、辞書を引いた時に、どれが基本単語か分かります。
ただし、この1500語だけでは、『ガリア戦記』を読むには全然足りませんが。
【参考文献】
その他の外国語 エトセトラ (ちくま文庫)黒田龍之助・著
三四郎 (岩波文庫)夏目漱石・著
吾輩は猫である (岩波文庫)夏目漱石・著
知的生活の方法 (講談社現代新書)渡部昇一・著