日本古典文学を原文で読む(第2回)『古事記』

古事記』について
古事記』は、「日本最初の書」という栄誉に輝いているので、タイトルはほとんどの人が知っています。
けれども、実際に読んだことがある人は少ないのではないでしょうか。
かく言う僕も、今まで読んだことはありませんでした。
ただ、内容については、僕が中学生の頃によく読んでいた事典に日本の神話の章があったので、有名なエピソードなら分かります。
イザナギイザナミとか、天の岩戸、ヤマタノオロチ因幡の白ウサギ、海幸彦・山幸彦などです。
これらは、『古事記』の上巻に載っています。
一方、中巻の内容は、神武天皇から始まる天皇の歴史ですが、これは戦後教育ではタブーとされて来た部分なので、あまり知っている人はいないでしょう。
下巻になると、仁徳天皇から推古天皇までなので、日本史を勉強した人なら分かるかも知れません。
古事記』は人気があるようで、世の中には関連書が溢れています。
しかし、高校の古文の教科書には、『古事記』は載っていません。
前回、書きましたが、僕が受験生の時に持っていた(使った訳ではありません)駿台の『古典文学読解演習』という参考書には、1問目から『古事記』と『日本書紀』の問題文が載っていて、驚いたことがあります。
国文科に進むと、『古事記』を読まされるようです。
僕が在籍していた学部でも、当時のシラバスを見ると、3年生の「日本文学演習IIA」という授業が「『古事記』研究」となっていました。
もっとも、僕は英文科だったので、この授業は受けていませんが。
僕は、なぜ『古事記』を読んでみようと思い立ったのか。
前回も書きましたが、先日、僕の行き付けの喫茶店で、そこのアルバイトの某難関大学生の女の子が、岩波文庫の『古事記』を読んでいるのを目撃して、大いに刺激されたからです。
おそらく、国文科に在籍しているのでしょう。
古事記』は、当然ながら、日本史の教科書にも出て来ます。
山川の『詳説日本史』を引いてみましょう。

天武天皇の時代に始められた国史編纂事業は、奈良時代に『古事記』『日本書紀』として完成した。712(和銅5)年にできた『古事記』は、宮廷に伝わる「帝紀」「旧辞」をもとに天武天皇稗田阿礼によみならわせた内容を、太安万侶(安麻呂)が筆録したもので、神話・伝承から推古天皇に至るまでの物語であり、日本語を漢字の音・訓を用いて表記している。

なお、脚注には次のようにあります。

神話は、創生の神々と国生みをはじめとして、天孫降臨神武天皇の「東征」、日本武尊の地方制圧などの物語が律令国家の立場から編まれており、そのまま史実とはいえない。

僕の手元にある高校生用の文学史のテキストには、もう少し詳しく解説されているので、引いてみましょう。

古事記 三巻。太安万侶の撰録。和銅五(七一二)年成立。安万侶の序文によれば、天武天皇(六七二―六八六在位)が発意し、諸家の持つ帝紀(皇室の系譜や事績)と旧辞(物語風に伝承された歴史的事件や説話)の誤りを正し、稗田阿礼に命じて誦習させたものを、元明天皇(七〇七―七一五在位)の勅によって完成させたもの。上巻は神話で天地のはじめから神倭伊波礼毘古(神武天皇)の誕生まで。中巻は神武東征から応神天皇まで。下巻は仁徳天皇から推古天皇までを記す。漢字を用いた表記法に安万侶の苦心があり、本文は漢字の音と訓と交用、人名や歌謡は一字一音式の万葉仮名で記し、日本語の語法や音韻を忠実に表そうとしている。

テキストについて
それでは、実際に読むには、どのようなテキストがあるのでしょうか。
ここでは、現在の日本で流通している主な文庫版を取り上げたいと思います。
ビギナーズ・クラシックス

初版は平成14年。
編者は角川書店
この本は、『古事記』の中から主要な場面を選んで、現代語の「通釈」→原文(書き下し文)→解説の順に掲載されています。
とりあえずアウトラインをつかむには、この本を読めば十分です。
岩波文庫
古事記 (岩波文庫)

古事記 (岩波文庫)

初版は1963年。
改版は2007年。
校注は倉野憲司氏。
本書は、『古事記』の訓み下し文に脚注を施したもの、原文、解説、および歌謡全句索引から成っています。
もっとも、原文は漢文なので、そのままでは到底読めませんが。
講談社学術文庫
古事記 (上) 全訳注 (講談社学術文庫 207)

古事記 (上) 全訳注 (講談社学術文庫 207)

初版は昭和52年。
全訳注は次田真幸氏(元お茶の水女子大学名誉教授)。
この本は、『古事記』の原文を書き下し文に書き改め、適宜章段に区切り、一段ごとに現代語訳と注(語釈)、解説を記してあります。
1冊に原文(書き下し文)と現代語訳の両方が載っているので、便利です。
上巻は神代。
古事記 (中) 全訳注 (講談社学術文庫 208)

古事記 (中) 全訳注 (講談社学術文庫 208)

初版は1980年。
中巻は神武天皇から応神天皇まで。
古事記 (下) 全訳注 (講談社学術文庫 209)

古事記 (下) 全訳注 (講談社学術文庫 209)

初版は1984年。
下巻は仁徳天皇から推古天皇まで。
角川ソフィア文庫
新版 古事記 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)

新版 古事記 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)

初版は平成21年。
訳注は中村啓信氏(國學院大學名誉教授)。
訓読文、現代語訳、本文(漢文)、解説、索引という構成です。
これらが1冊にまとめられています。
河出文庫
現代語訳 古事記 (河出文庫)

現代語訳 古事記 (河出文庫)

文庫の初版は2003年。
ただし、元になった版は、1976年の『日本古典文庫1 古事記日本書紀』なのだそうです。
訳は福永武彦氏(詩人、小説家)。
文春文庫版
口語訳 古事記 神代篇 (文春文庫)

口語訳 古事記 神代篇 (文春文庫)

初版は2006年。
訳・注釈は三浦佑之氏(立正大学教授)。
古事記』の上巻に対応しています。
口語訳 古事記 人代篇 (文春文庫)

口語訳 古事記 人代篇 (文春文庫)

初版は2006年。
古事記』の中巻・下巻に対応しています。
岩波現代文庫
現代語訳 古事記 (岩波現代文庫)

現代語訳 古事記 (岩波現代文庫)

文庫の初版は2013年。
ただし、元になった版は1979年に、古川書房より古川選書として刊行されました。
訳は蓮田善明氏(文芸評論家、詩人、国文学者)。
原文読解
それでは、『古事記』本文の冒頭部分を読んでみましょう。
下に、「原文(書き下し文)」「現代語訳」を記しました。
書き下し文は岩波文庫版、現代語訳は岩波現代文庫版からの引用です。
また、書き下し文の下には、語注も付けてあります。
なお、原文は縦書きですが、ここでは、ブログの書式のため、横書きになりますが、ご了承下さい。

古事記

古事記(作品名)歴史物語。三巻。序文によると、天武天皇稗田阿礼(ひえだのあれ)に誦習(しょうしゅう)させた帝紀(=天皇ノ系譜)・旧辞(=伝承サレタ神話・伝説ナド)を元明天皇の命により太安万侶(おおのやすまろ)が撰録(せんろく)したもの。和銅五年(七一二)成立。上巻は天地開闢(かいびゃく)から鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)までを記す「神代」の巻。中・下巻は「人皇代」の巻で、中巻は神武天皇から応神天皇まで、下巻は仁徳天皇から推古天皇までを記す。歴史と神話・伝説が混交した文学的歴史書とでもいうべきもので、日本最古の書籍。

(訓み下し文)
(テキスト19ページ、1行目~)
別天つ神五柱

(現代語訳)
天地初発

(1)

天地初めて發けし時、高天の原に成れる神の名は、天之御中主神。次に高御產巢日神。次に神產巢日神。この三柱の神は、みな獨神と成りまして、身を隱したまひき。

天地(あめつち)天と地。乾坤(けんこん)。「天地の分かれし時ゆ(=天地ノ分カレタトキカラ)」
初(はじ)めて(副)最初に。初めて。
ひらく(自カ下二)始まる。起こる。「(和歌は)天地(あめつち)のひらけ始まりける時より出(い)できにけり」
(助動特殊型)今より前(過去)に起こったことをいう。以前~た。~た。
(名)ころ。時分。折。場合。
高天原(たかまのはら)(名)日本神話で、「天(あま)つ神」の住む天上の国。「葦原(あしはら)の中つ国」・「根の国」に対していう。「天地(あめつち)初めて発(ひら)けし時。高天原に成れる神の名は」
(格助)場所を表す。~に。~で。
なる(自ラ四)生まれる。生じる。
(助動ラ変型)動作・作用の完了した意を表す。~た。
神(かみ)(名)神話で、国土を創造し、支配した存在。神代に登場する神々。
(格助)下にくる体言の内容を示す。
名(な)(名)他と区別するために呼ぶことば。呼び名。名前。
(係助)特に掲示する意を表す。(主語のように用いる)。~は。
天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)高天の原の中心の主宰神。
次(つぎ)(名)あとに続くこと。また、そのもの。
(格助)時を示す。~(とき)に。
高御產巢日神(たかみむすひのかみ)以下の二神は生成力の神格化。
神產巢日神(かみむすひのかみ)
この 話題になっているものを指示する語。この。
柱(-はしら)(接尾)神仏を敬って数える。「二(ふた)柱の神、天(あめ)の浮き橋に立たして」
みな(名)すべての人や事やもの。
獨神(ひとりがみ)男女対偶の神に対して単独の神の意。
(格助)~の状態になる意を表す。変化の結果を示す。~と。
成(な)る(自ラ四)(それまでと違った状態やものに)なる。成長する。変化する。
ます(補動サ四)動詞の連用形に付いて、尊敬の意を表す。お~になる。お~なさる。
(接助)ある事が起こって、次に後の事が起こることを表す。~て、それから。そうして。
身(み)(名)からだ。
(格助)対象としてとりあげたものを示す。~を。
隠(かく)す(他サ四)見えないようにする。
たまふ(補動ハ四)動詞・助動詞受身の「る」「らる」、使役の「す」「さす」「しむ」の連用形に付いて、尊敬の意を表す。お~になる。お~なさる。

世界の始めに、高天原にお生れになった神は、アメノミナカヌシノ神、タカミムスビノ神、カミムスビノ神で、この三神は、みな独身の神で、姿は隠していられた。

(2)

次に國稚く浮きし脂の如くして、海月なす漂へる時、葦牙の如く萌え騰る物によりて成れる神の名は、宇摩志阿斯訶備比古遲神。次に天之常立神。

国(くに)(名)(天に対する)地。大地。⇔天(あめ)
わかし(形ク)生まれて間もない。幼い。
浮(う)く(自カ四)空中や水面などに、支えから離れて不安定な状態にある。浮かぶ。漂う。
脂(あぶら)(名)植物の種子などから絞りとった、水に溶けない液体、および動物の脂肪。
(格助)「ごと(し)」「まにまに」「から」「むた」などの形式語を下に伴う。
如(ごと)し(助動ク型)ある一つの事実と他の事実とが同類・類似のものである意を表す。~ようだ。~と同じ。
して(接助)連用修飾語に付いて状態を表す。~で。~といっしょに。
海月(くらげ)(名)海産の動物名。体は寒天質。「海月なす(=ノヨウニ)ただよへるとき」
-なす(接尾)(体言、まれに動詞の連体形に付いて)~のように、~のような、の意を表す。「くらげなす」
漂(ただよ)ふ(自ハ四)浮かんで揺れ動く。
(助動ラ変型)完了した動作・作用の結果が存続している意を表す。~ている。~てある。
葦牙(あしかび)(名)葦の若芽。
萌(も)ゆ(自ヤ下二)草木の芽が出る。芽ぐむ。
騰(あ)がる(自ラ四)成熟する。実る。芽が出る。
物(もの)(名)(形式名詞として)ある属性を有する実体や事柄を表す。
(格助)原因・理由を表す。~により。
より(格助)原因・理由を表す。~のために。~によって。
(接助)原因・理由を表す。~のために。~ので。
宇摩志阿斯訶備比古遲神(うましあしかびひこぢのかみ)葦の芽を神格化して生長力を現したもの。男性。
天之常立神(あめのとこたちのかみ)天の根元神。

次に、国がまだ稚く、浮いた脂のようで、水母みたいにふわふわしているとき、葦の芽の萌え上がる勢いでお生れになった神は、ウマシアシカビヒコヂノ神、アメノトコタチノ神である。

(3)

この二柱の神もまた、獨神と成りまして、身を隱したまひき。

(係助)ある物事にさらにもう一つの物事を添える。~もまた。
また(副)同じく。同様に。やはり。また。

この二神もまた独身の神で、姿は隠していられた。

(4)

上の件の五柱の神は、別天つ神。

上(かみ)(名)位置の高い所。うえ。上部。
件(くだり)(名)前に記した事項。前記の箇条。「上(かむ)の件(=上述ノ通り)」
こと-(接頭)(名詞に付いて)別の、他の、普通と違った、の意を表す。
天(あま)つ神(かみ)(名)天上にいる神。また、天から地上に下った神。

以上の五神は、天つ神のなかでも「別天神」と申し上げている。

神世七代

神世七代

(5)

次に成れる神の名は、國之常立神。次に豐雲野神。この二柱の神もまた、獨神と成りまして、身を隱したまひき。

國之常立神(くにのとこたちのかみ)国土の根元神
豐雲野神(とよくもののかみ)

次にお生れの神々は、クニノトコタチノ神、トヨクモノ神で、この二神もまた独身の神で、姿は隠していられた。

(6)

次に成れる神の名は、宇比地邇神、次に妹須比智邇神。次に角杙神、次に妹活杙神。次に意富斗能地神、次に妹大斗乃辨神。次に於母陀流神、次に妹阿夜訶志古泥神。次に伊邪那岐神。次に妹伊邪那美神。

宇比地邇神(うひぢにのかみ)以下の二神は、泥や砂の神格化。
妹(いも)(名)男性から妻・恋人・姉妹、その他いとしい女性を呼ぶ語。おもに妻・恋人にいう。
須比智邇神(すひぢにのかみ)
角杙神(つのぐひのかみ)以下の二神は、名義未詳。杙の神格化か。
活杙神(いくぐひのかみ)
意富斗能地神(おほとのぢのかみ)以下の二神は、居所の神格化か。
大斗乃辨神(おほとのべのかみ)
於母陀流神(おもだるのかみ)以下の二神は、人体の完備と意識の発生の神格化か。
阿夜訶志古泥神(あやかにねのかみ)
伊邪那岐神(いざなきのかみ)以下の二神は、たがいに誘い合った男女の神の意で、夫婦。
伊邪那美神(いざなみのかみ)

次にお生れの神々の御名は、ウヒヂニノ神、妹スヒヂニノ神、ツヌグヒノ神、妹イクグヒノ神、オホトノヂノ神、妹オホトノベノ神、オモダルノ神、妹アヤカシコネノ神、イザナギノ神、妹イザナミノ神である。

(7)

上の件の國之常立神以下、伊邪那美神以前を、幷せて神世七代と稱ふ。

より(格助)動作・作用の時間的・空間的な起点を示す。~から。
下(しも)(名)あとの部分。終わりのほう。
前(さき)(名)空間的に前の意。
あはす(他サ下二)一つにする。いっしょにする。集める。合計する。
神代(かみよ)(名)天地開闢(かいびゃく)から神武天皇の前までの神々が国を治めたという神話時代。
代(よ)(名)治世の期間。時代。年代。代。
(格助)言ったり、思ったりする内容を受けていう。引用の「と」。
いふ(自他ハ四)名付ける。呼ぶ。

以上、クニノトコタチノ神からイザナミノ神までを合わせて「神世七代」と申し上げる。

(8)

上の二柱の獨神は、各一代と云ふ。次に雙へる十神は、各二神を合はせて一代と云ふ。

上(かみ)(名)はじめ。冒頭。
各(おのおの)(名)みんな。各自。それぞれ。
ならぶ(自バ四)一列に連なる。そろう。かねそなえる。

初めの二神は一人でおのおの一代、あとのかたは二神ずつを合わせておのおの一代と申し上げている。
(蓮田善明・訳)

【参考文献】
駿台受験叢書 古典文学読解演習 古典とともに思索を』高橋正治・著(駿台文庫)
1995年度 二文.pdf - Google ドライブ
詳説日本史B 改訂版 [日B309] 文部科学省検定済教科書 【81山川/日B309】笹山晴生佐藤信五味文彦、高埜利彦・著(山川出版社
精選日本文学史』(明治書院
旺文社古語辞典 第10版 増補版』(旺文社)