『独裁者』

連休中は、ブルーレイで『独裁者』を見た。

1940年のアメリカ映画。
製作・監督・脚本・主演は、『キッド(1921)』『巴里の女性』『黄金狂時代』『サーカス』『街の灯』『モダン・タイムス』の喜劇王チャールズ・チャップリン
共演は、『モダン・タイムス』のポーレット・ゴダード、『錨を上げて』のビリー・ギルバート、『モダン・タイムス』のカーター・デヘイヴン、『モダン・タイムス』のチェスター・コンクリン、『グランド・ホテル』『カサブランカ』のレオ・ホワイト、『街の灯』『モダン・タイムス』『スミス都へ行く』のハンク・マン。
僕は本作を多分、以前に一度はテレビか何かで見たような記憶はあるが、それがいつだったかははっきりと覚えていない。
本作はヒトラー初の完全トーキー作品であり、政治的主張も強くて賛否両論があるのだろうが、やはり映画史に残る作品であるのは間違いない。
『モダン・タイムス』と本作によって、チャップリンは単なる喜劇役者ではなく、笑いを通じて社会全体を覆う不平等や巨悪と闘おうとした。
本作が製作されたのは1940年だが、その時点で、独裁者の本質の滑稽さ、強権を発動しながら実は臆病な一面、理解者がいない孤独さなどを描き、ヒトラーの行く末を暗示している。
まさに、先を見通す目があったと言えるだろう。
モノクロ、スタンダード・サイズ。
画質は良い。
高らかなファンファーレが鳴り響き、華やかなテーマ曲から始まる。
「独裁者ヒンケルユダヤ人の床屋が似てるのはまったく偶然である。2つの世界大戦の中間の時代、狂気が世界を支配し、人類の自由が失われていた頃の物語である」と字幕。
「第1次世界大戦 1918」
キューブリックの『突撃』みたいな前線の塹壕
最新兵器として巨大な大砲が完成した。
トメニア(という国。多分ドイツがモデル)に革命が起きた。
この大砲の目標はノートルダム寺院である。
ユダヤ人の床屋である二等兵チャールズ・チャップリン)は砲兵だ。
大砲の弾が落ちて、グルグルとチャップリンを狙って回転したり、火花を散らしながら爆発したり、おなじみのドリフみたいなドタバタがある。
榴弾の使い方が分からず、ピンを抜いた後に軍服の中に入ってしまい、大慌て。
白煙の中で敵陣に迷い込んだり。
この辺の展開は全部、小学生の頃に『8時だョ!全員集合』で見たぞ。
で、シュルツという飛行士官(レジナルド・ガーディナー)が動けなくてうずくまっているのを助け、戦闘機まで連れて行き、自分も一緒に乗る。
が、ガソリンがほとんどない。
戦闘機は逆さまになり、気を失いそうなシュルツが「Water!」と言うので自分の水筒の水を与えるが、全部こぼれ落ちてしまう。
そして、ガソリンがなくなり、落ちる戦闘機。
しかし、二人とも奇跡的に助かる。
シュルツは自分が命懸けで持参した報告書を届ければ戦況が変わると信じていたが、ちょうど戦争は終わり、トメニアは敗北したのであった。
「休戦」
トメニアに反乱が起こり、独裁者ヒンケルチャールズ・チャップリン二役)が政権を握る。
ところが、床屋は先の落下で気を失って、ずっと入院していたので、政変を知らなかった。
ここから、独裁者ヒンケルと床屋のエピソードが交互に進む。
ドイツ語っぽい言葉で演説するヒンケル
これが、実にヒトラーっぽいアクセントなのだが、デタラメな言葉らしい。
ヒンケルが一小節語るごとに英語の通訳が入り、それによって彼が何を話しているかが観客に判るようになっている。
ユダヤ人め!」
ヒンケルユダヤ人を罵る演説を始めると、通訳は黙ってしまう。
余りに酷過ぎて通訳出来ないのだ。
ヒンケルが車に乗って屋敷に向かう道中の石像までもが敬礼の手を挙げている。
一方、床屋は入院しているが、ユダヤ人街にある店はそのままである。
大家は「必ず戻って来ると手紙が来たから、物件を他人には貸せない」と言う。
通りをアーリア人の軍隊が我が物顔で行進する。
八百屋のトマトを盗んだり、やりたい放題である。
大家の娘のハンナ(ポーレット・ゴダード)は、そんな軍人どもを見て、「私が男だったら黙ってないわ!」と叫ぶ。
いいね、気の強い女性は。
軍人どもは、あろうことか、熟したトマトをハンナに向かって片っ端から投げ付ける。
その頃、床屋は入院していた病院から脱走した。
彼は記憶を失っているのである。
久々に店に戻り、ドアを開けると、中から何匹もの野良猫が飛び出して来る。
店の中には蜘蛛の巣が張っている。
軍人が床屋の店の窓に白いペンキで「JEW(ユダヤ人)」と大書する。
要するに、床屋は長い間、記憶を失って入院していたので、まさか政権が変わって、自分達の民族が迫害されているのだなどと思いも寄らなかったのだ。
ここから、軍人の顔にペンキを塗ったり、ハンナが軍人やチャップリンの頭をフライパンで殴る笑劇。
ハンナは床屋をかくまおうとするが、床屋は軍人に囲まれ、あわや街灯にロープで首を縛られて逆さ吊りにされそうになる。
そこへ、「何をしているんだ?」とシュルツ閣下が通り掛かる。
シュルツは床屋の顔を見て、「あ!」となる。
シュルツはあの飛行機乗りで、これは自分を助けてくれた男ではないかと。
「二度とこんなことさせない」とシュルツは床屋に告げる。
その頃、ヒンケル総統は世界最大の軍隊を作ろうとしていた。
そこへ、絹のように軽い防弾服を作ったとの報告が。
しかし、それを着用した開発者をヒンケルがピストルで撃つと、敢え無く即死。
軽やかにピアノを弾くヒンケル
まあ、チャップリンは映画音楽を自分で作曲するくらいだからな。
ヒトラーがピアノを弾けたかどうかは知らん。
美人秘書に手を出そうとするが、未遂に終わる。
超軽量の落下傘が出来たので、実験のため塔まで見に来て下さいと言われるが、この実験者も敢え無く転落死。
「忙しいのに一々時間を取らせるな」とヒンケル
命が軽いな。
合間に隣室で肖像画と彫刻のモデルになるが、数秒で次の用件に呼び出されてしまい、いつまで経っても完成しない。
しかし、このために画家と彫刻家はずっとこの部屋で待機していないといけない。
ヒトラーの実際の人物像は知らないが、案外、これに近い感じだったのかもと思わせる。
これも、チャップリンの人間観察力と演技力だろう。
で、ヒンケルは隣国のオーストリッチ(ダチョウの革?)侵略を企て、その資金をユダヤ系金融機関から引き出すために、ユダヤ人迫害政策を緩和し、ユダヤ人の処刑を中止する。
一方、床屋は大家からヒンケルについて聞かされる。
ユダヤ人の男は皆、逮捕されていなくなったので、床屋に「女性客を取れ。ハンナを稽古台にしろ」と助言。
洗濯の仕事をしていて貧しいハンナ。
「いつか私もこんな店を持ちたい」と語る。
遠回しに、「あなたと店を一緒に持ちたい」と言っている。
床屋は、ヒゲのないハンナの顔にシェービング・クリームを塗って、「どうかしてた!」と笑う。
でも、一時期、眞鍋かおりが「女性も床屋に行って顔を剃ると化粧のノリが良くなる」というキャンペーンをしていたが。
ハンナは見違えるほどキレイになった。
軍人が彼女に優しくなったのは、キレイになったから?
いや、ユダヤ人政策が緩和されたからだろう。
ヒンケルのもとに女スパイがやって来る。
ヒンケルのドイツ語風言葉は基本的にデタラメだが、たまに「ダンケ・シェーン」などと聞こえることもある。
ユダヤ人が3000人規模の労働争議を起こしたと聞かされるヒンケル
「逮捕しろ! 毒ガスでユダヤ人を殺せ! アーリア人の国を作る! 黒髪も殺せ!」
さらに、側近のガーベッジ(=ゴミ?)がヒンケルをそそのこす。
「オーストリッチに侵攻して、2年で世界を征服できる! エンペラーだ!」
そして、有名な地球儀とのダンス。
地球儀は風船で出来ていて、やがて破裂してしまう。
ラジオで「ハンガリー舞曲を流して、楽しく仕事をしよう」というキャンペーン。
床屋はノリノリでカミソリを振り回すので、おっかないことこの上ない。
会計は「15セントです」って、マルクじゃないのか?
いつの間にか、ハンナと床屋は恋人同士になった。
ハンナは洗濯で手が荒れている。
ハゲ頭のオッサンを、靴磨きのようにピカピカに磨き上げる床屋。
ユダヤ人社会に平和が戻るような気がしたが。
突然、オーストリッチ侵攻は延期になった。
ユダヤ人の資本家が「ユダヤ人迫害を許せない」として、融資を断ったのである。
ヒンケルは激怒。
「突撃隊にユダヤ人街を襲撃させろ!」
シュルツはユダヤ人(=床屋)と通じているとして逮捕される。
「裏切り者!」と罵倒するヒンケルに、「無実の者を罰すると、必ず報いがある」とシュルツ。
何か、ヒトラーの悲惨な最期を暗示しているな。
シュルツが連行された後、「シュルツ、なぜ私を見捨てた?」と嘆くヒンケル
独裁者の孤独な一面。
「すべてのユダヤ人を地球上から抹殺しなければならない!」といきり立つヒンケル
恐ろしいね。
昨今、ネット上に溢れ返るヘイト・スピーチも似たような感じだが。
人種差別はイカンよ。
床屋やハンナ達のユダヤ人街に突撃隊が乗り込んで来て、「お前らは収容所送りだ!」
さあ、これからどうなる?
中盤、ムッソリーニをモデルにしたという独裁者ナパロニが登場すると、一気にドタバタ喜劇トーンが強くなる。
ちょっとやり過ぎのような感は否めず、笑えない。
スタンリー・キューブリックが『博士の異常な愛情』のクライマックスのパイ投げのシーンを「風刺ではなくて笑劇になる」と言ってカットしたというエピソードを思い出した。
それから、床屋とヒンケルが入れ替わる。
そのために、チャップリン一人二役を務めていたのだが。
クロサワの『影武者』を思い出すな。
もちろん、『影武者』の方がずっと後だが。
有名なラストの演説は公開当時、賛否両論を巻き起こしたという。
いいことは言っているが、確かに取って付けたような感じはあるな。
しかし、チャップリンにとってはこれこそが言いたかったことなのだろう。
いずれにしても、困難な時代を切り取っていて、後世に影響を残す偉大な作品であるのは間違いない。
それにしても、麻生が言ったように、ナチスは合法的に政権を掌握したんだよなあ。
よく当時のドイツ国民は支持したな。
歴史というのは恐ろしい。

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