『ミニヴァー夫人』

お盆休みには、ブルーレイで『ミニヴァー夫人』を見た。

ミニヴァー夫人 [Blu-ray]

ミニヴァー夫人 [Blu-ray]

1942年のアメリカ映画。
監督は、『大いなる西部』『ベン・ハー(1959)』の巨匠ウィリアム・ワイラー
撮影は、『恋の手ほどき』のジョセフ・ルッテンバーグ。
主演は、グリア・ガースンウォルター・ピジョン
共演は、『疑惑の影』のテレサ・ライト
メトロ・ゴールドウィン・メイヤー
モノクロ、スタンダード・サイズ。
優美なテーマ音楽が流れる。
時は1939年夏。
平和なイギリスの中産階級にも、戦争の影が迫っていた。
二階建てバスが走るロンドンの街。
店へと急ぐミニヴァー夫人(グリア・ガースン)。
彼女は、どうしても欲しかったという帽子を買う。
それも、かなりの高級品のようだ。
実は、彼女には浪費癖があるのであった。
そんな彼女のことを、たまたま列車の個室で乗り合わせた(上流階級と思しき)婦人が、「近頃は非常時なのに、中産階級の女が身分不相応な買い物をする」と揶揄する。
イギリスは大変な階級社会であるということが、本作でも示される。
列車は地元のベルハムの駅に着いた。
ここのバラード駅長は、自分が品種改良をして作ったバラに「ミニヴァー夫人」という名前を付けたいという。
そして、それを花の品評会に出したいと。
ミニヴァー夫人はご満悦。
彼女が帰宅すると、夫である建築家のクレム氏(ウォルター・ピジョン)は、「どうしても高級車を買いたい」という。
要するに、夫婦揃って浪費家なのである。
娘はピアノの練習をしている。
飼い猫の名前はナポレオン。
このニャンコが、なかなかの演技派だ。
まあ、一口に「中流」と言っても、アッパー・ミドル・クラスだな。
お手伝いさんもいるし。
今は知らないが、イギリスでは、お手伝いさんがいるのが中流階級の条件だと、学生の頃、イギリス文化の授業で習った。
長男ヴィン(リチャード・ネイ)はオックスフォード大学の学生だ。
第2次大戦前夜なのに、この優雅な暮らしには、かなり違和感があるが、まあ、これが一変する様を後半に描いて、落差を強調したいのだろう。
でも、買い物依存症の夫婦に感情移入するのは、なかなか難しい。
翌日、長男が帰省するというので、家族総出で駅まで迎えに行く。
息子は、さすがオックスフォードの学生だからか、昨今で言うところの「意識高い系」になっていた。
両親は、息子のぶつ理想論にウンザリしている。
翌日、地元の名家・ベルドン家のベルドン夫人の孫娘キャロル(テレサ・ライト)がやって来る。
彼女は、祖母が主催する花の品評会に「ミニヴァー夫人を出さないで」と圧力を掛ける。
なぜなら、祖母は自分の出品するバラで一番を取りたいからだ。
封建時代か。
当然ながら、意識高い系のエリート・ヴィンは彼女に噛み付く。
しかし、彼は頭でっかちで理屈をこねるばかりで、行動力がない。
火炎瓶を持って安田講堂に立てこもりもしないのだ。
そこで、キャロルはヴィンに言う。
「いくらたくさん本を読んでも、現実の問題は解決しないわ!」
ごもっとも。
その夜、ダンス・パーティーがあった。
昼間は大喧嘩していたのに、ヴィンとキャロルは、船着き場で落ち合って急接近。
いつの間にか二人で踊っている。
若い二人の余りにも素早い心変わりに、両親はあんぐりである。
翌日からしばらく、キャロルはスコットランドに行った。
その頃、敵(つまり、ナチス・ドイツ)はポーランドに侵攻していた。
少しずつ、庶民にも戦争が始まったという空気が伝わって来る。
ヴァンを始め、ミニヴァー夫人の家族らが教会に行くと、キャロルが戻って来ていた。
ここで、牧師は宣言する。
「戦争が始まったので、礼拝は打ち切り。」
この映画は、要するに「戦意高揚映画」なのだが、この牧師がクセモノである。
普通、宗教家というのは、戦争に反対して、平和を願うのではないか。
ところが、彼は、ラストでヒトラーも真っ青なアジ演説をぶち上げるのである。
宗教家を使って戦争をさせるなんて、実にトンデモナイ映画だと思うのだが。
ちょっとネタバレしてしまったか。
ミニヴァー夫人らが帰宅すると、家政婦グラディスの恋人が召集されたとのことで、涙涙。
その恋人が、挨拶にやって来る。
もちろん、戦う気満々である。
その場で、意識高い系のヴィンは「空軍に志願する」という。
オレは口先ばかりのエリートではない、と言いたいのだろう。
ミニヴァー夫人は落ち込む。
何か、戦意高揚映画だからか、母親の気持ちに現実味が感じられない。
普通、息子が戦争に行くと言ったら、母親は止めるだろう。
しかも、戦前の日本よりは、自由な発言が許されそうな(現に、ヴィンは階級制度について散々持論をまくし立てていた)イギリスなのに。
僕の高校時代の友人は自衛隊に入ったのだが、お母さんは泣いていたよ。
当時の日本は、未だ戦争の可能性など低かったけど、軍隊に入るとはそういうことだ。
今なら、いつ北朝鮮からミサイルが飛んで来るか、分からんからねえ。
そうなったら、自衛隊は真っ先に朝鮮半島へ乗り込まなきゃならない。
もう、連日のアメリカと北朝鮮のトップ同士の挑発合戦は止めて欲しいね。
本当に戦争になったら、日本なんか巻き込まれるだけじゃ済まないよ。
ネトウヨは「さっさとやれ!」なんて煽っているが。
正気か!
話しを元に戻そう。
ヴィンは、空軍に入る前にベルドン家へ挨拶しに行く。
テキパキと灯火管制の指示を出すと、ベルドン夫人は怒り出す。
彼女はヴィンが嫌いであった。
平民を見下しているから。
そして、空襲警報が鳴り響く。
何か、メチャクチャ展開が早いなあ。
さっき戦争が始まったと思ったら、もう空襲か。
まあ、日本とアメリカは何千キロも離れているけど、イギリスとドイツは近いからかな。
空襲警報が鳴ったら、わずかな灯りも禁物だ。
ミニヴァー家は地下室に避難する。
開戦から8ヵ月が経った。
ドイツ(つまり、ヒトラー)が英国民に警告するが、民衆は強気である。
そして、ヴィンは出世して、空軍少尉になっていた。
まあ、エリートだからね。
で、「空軍婦人部隊」とやらにお手伝いのグラディスが志願。
日本にも、「国防婦人会」というのがあったな。
こうして、庶民も否応なく戦争に巻き込まれて行くのであった。
とは言え、戦意高揚映画なので、皆嬉々としている。
ヴィンは、いよいよキャロルにプロポーズする。
よく戦争に行くのに、結婚の申し込みなんか出来るなとは思うが。
やはり、自分がどうなるか分からないから、約束しておきたいのだろう。
その直後、休暇中なのに、ヴィンに出頭命令が下った。
二人が婚約したことは、お祖母さん(ベルドン夫人)には内緒であった。
ヴィンが戦争から戻ってから説得するという。
その夜、自宅の上空を飛行機で飛び、合図するヴィン。
両親は喜んでいる。
時刻は深夜2時半。
そこへ、クレム氏にパトロールの呼び出しが。
深夜なのに、「パトロールは義務だ」と出掛けるクレム氏。
トロール隊の乗った小舟が何百隻も河口に集結する。
彼らに対し、軍艦がやって来て、「40万の味方を救え」と、ダンケルクへ向かうことを指示する。
ただのパトロール隊なのに。
民間人だよ。
でも、もちろん彼らは応じる。
戦意高揚映画だから。
ミニヴァー夫人は、旦那が朝になっても戻らないので、心配している。
それどころか、もう五日も経っていた。
展開が早いね。
大砲の音が、風に乗って聞こえてくる。
村人達は「ヒトラーが勝つはずがない」と、戦時中なのに、花の品評会を決行することにする。
一方、ミニヴァー夫人は偶然、倒れている敵兵(ドイツ兵)を発見する。
怪我をして、腹を空かした敵兵は、銃でミニヴァー夫人を脅す(何故か英語で)。
さあ、これからどうなる?
このドイツ兵の描写が、実にヒドイ。
幾ら敵兵とは言え、同じ人間のはずなのに。
とにかく、憎っくきヒトラーの手先、野蛮で残忍な人間としてしか描かれない。
それを助けるイギリス人を、むしろ高潔な人格者として描く。
そりゃ、まあ、ヒトラーは悪いだろけど、それは戦う口実であって、戦争に良いも悪いもないと思うよ。
この先、意外な展開もある。
戦意高揚映画としては、よく出来ている。
さすがウィリアム・ワイラーだ(皮肉)。
こんな巨匠でも、戦争に協力するという時代だったんだな。
ああ、戦争はイヤだ。
余談だが、ミニヴァー夫妻が最初に読んだ本は『不思議の国のアリス』だとか。
自分達の子供に朗読するシーンがある。
イギリスでも、昔から児童文学の代表なのだろう。
アカデミー賞作品賞、監督賞、主演女優賞(グリア・ガースン)、助演女優賞テレサ・ライト)、脚色賞、撮影賞(白黒部門)受賞。