日本近代文学を文庫で読む(第1回)ガイダンス

日本近代文学を学ぼう
僕は、これまでの半生において、ロクに本を読んで来ませんでした。
小学校2年生の時、母親に初めて駅前の書店に連れて行かれてからは、毎日、学校帰りに立ち読みに寄っては店主に追い返される日々。
でも、読んでいたのは、主に雑誌や、当時、学研や小学館などから出ていた漫画版の雑学本などです。
初めて日本近代文学に触れたのは、小学校4年生の時、母に買ってもらった夏目漱石の『吾輩は猫である』でした。
母が小学生の頃、漱石の『猫』や『坊っちゃん』を夢中になって読んだから、「あんたも読みよし」ということでです。
もちろん少年版で、文章は原文どおりだったと思いますが、上・下巻に分かれており、最初は上巻だけを買い与えられました。
「上巻を読み終わったら下巻も買うたげる」とのことで、確か、上巻は読み終えたと思うのですが、結局、下巻は買ってもらえませんでした。
理由は、今となっては思い出せませんが、多分、忘れていたのでしょう。
少し飛びますが、高校1年生の時、全国の多くの高校生と同様、国語の授業で芥川龍之介の『羅生門』を読みました。
それから、芥川の作品を読んでみようと思い立ち、新潮文庫から出ていたものを何冊か読みましたが、それっきりでした。
同じ頃、高校生にありがちですが、太宰治にハマりました。
学校の図書館で、筑摩書房から出ていた全集を1巻から順に借りて、全巻(10巻)読破したのです。
後にも先にも、文学作品の全集を読破したのは、これ一度きり。
太宰は読みやすかったですし、この年代特有の鬱々とした気分に響くものがありました。
夏休みには、『人間失格』で読書感想文を書いて賞をもらったりして、ちょっと有頂天でした。
数学の授業中に太宰を読んでいて、「だから君はダメなんだ!」と本を取り上げられたこともありましたが。
何せ、数学は赤点だったもので。
ただ、それ以外に、特に日本近代文学を積極的に読んだ記憶はありません。
国語の教科書の巻末に載っている文学史の年表を見て、「ここに載っている作品を全部読もう」などと思ったこともありますが、当然ながら挫折しました。
高校時代は、学校図書館での本の貸し出し冊数は年間100冊くらいで、学年の3本指には入っていましたから、本を読まなかった方ではないと思います。
もっとも、学年1位の生徒は300冊くらい借りていたそうなので、越え難い壁がありました。
当時、読んで印象に残っている本は、講談社現代新書の『全学連全共闘』や『60年安保闘争』などです。
高校2年生の夏休みには、生まれて初めて上京して、東大の安田講堂を見に行ったりしました。
さて、高校も3年生になり、進路を決める時期です。
僕は、学校の成績はクラスでビリから2番目と、壊滅的でしたが、国語の成績だけは学年でトップだったので、当然のように文学部を目指すことにしました。
僕の第一志望だった私立大学の文学部の国語では、現代文・古文・漢文とも、毎年必ず1問ずつ文学史の問題が出題されていたのですが。
怠惰な僕は、文学史の対策を一切行ないませんでした。
唯一、当時人気講師だった代々木ゼミナールの田村秀行先生が薦めていた奥野健男氏の『日本文学史』(中公新書)を読んだくらいです。
奥野氏は太宰の評論で著名な方で、文庫の巻末の解説などもよく書かれていたので、馴染みはありました。
しかし、僕は作家と作品名はともかく、あのナントカ派というのを、興味もなかったので、全く覚えられませんでした。
ですから、この本を読んでも、何が書いてあったのか、ほとんど記憶に残っていません。
進学校だと、例えば、明治書院の『精選 日本文学史』のような、文学史のテキストを使うようです。
今、僕の手元にもありますが、ずいぶんと細かい事柄まで書かれていて、記憶力の悪い僕には、到底覚えられませんね。
僕が大学に入ってから出た『田村の「本音で迫る文学史」』(大和書房)は、読みやすくて面白い本でしたが、今では絶版になっているようです。
そんな訳で、文学史については、古文・漢文も含めて、ほとんど勉強せずに受験に挑みました。
結局、二浪しましたが、第一志望には3年連続で不合格で、第二志望に進学します。
都内の私大の文学部(夜間部)です。
僕が入学したのは1993年で、当時のシラバスを見ると、一般教養科目で「文学」という授業がありました。
国文科の先生が担当です。
確か、僕も選択したような気がするのですが、授業に出席した記憶がほとんどありません。
僕は学生時代、バイトと映画と酒に明け暮れて、ほとんど学校に行っていないのです。
僕の在籍していた学部では、1年生の時の成績で、2年生に進級する時に所属する学科が決まるのですが、僕は入学初年度はほとんど単位を取っていなかったので、留年しました。
2回目の1年生は、さすがに心を入れ替えたので、今度は進級出来ました。
その時に、文学の授業も再履修したような気がするのですが。
どうも記憶が曖昧で、シラバスを見ると、95年度の授業を受けたのではないかという気がします。
と言うのが、シラバスには、主に鴎外と漱石の作品を読むと書かれているのです。
教科書には、授業を担当された先生が書かれた『鴎外と漱石』という本が指定されています。
僕が受けた授業では、最初のガイダンスで、先生が「鴎外と漱石の作品を読んで行きます」と仰ったような記憶があるのです。
まあ、もう四半世紀前のことなので。
しかしながら、情けないことに、僕は学生時代、ロクに日本近代文学を読みませんでした。
いや、日本近代文学だけではありませんが。
進学したのが英文科だからというのもありますが、だからと言って、英文学も全く読んでいません。
結局、大学は7年在籍して、中退してしまいます。
社会人になってすぐの頃は、何も感じませんでしたが、30歳代になると、じわじわと自らの不勉強さを省みるようになりました。
それで、突然、漱石の作品を幾つか読んでみたり。
日々の忙しさに負けて、なかなか継続しなかったのですが。
ところが、ある時、水村美苗氏の『日本語が亡びるとき』を読んで、衝撃を受けます。
こんなにも深く、日本文学を読み解こうとしている人がいるのかと。
僕も、せめて日本近代文学の代表作くらいは一通り読んでおかなければ、と思ったのです。
日本人のアイデンティティーとして。
たとえ英文科の学生であったとしても、英文学を学ぶ前に、その前提として近代日本文学の教養は必要だと思うのです。
そこで、これから、日本近代文学の代表作を少しずつ読んで行きたいと思います。
テキストについて
羅針盤となる国文学史のテキストとしては、前述の高校生向けのものでも良いのですが、どうしても事項の羅列になってしまうので、ここでは、もう少し本格的な大学生向けのものを選んでみましょう。
いかに文学部が衰退しているとは言っても、国文科はさすがに最もポピュラーな学科なので、国文学史のテキストも無数に出版されています。
ところが、1冊で上代から近代まで網羅しているものは多くありません。
日本文学は、英文学とは違い、学生が高校までで多数の作品(少なくとも、作品名)に触れているため、多くの大学の国文科の国文学史の授業は、時代ごとに詳しい内容を扱うようになっています。
そのため、国文学史のテキストも、ほとんどが時代ごとに分かれているのです。
1冊もので、僕の近所の調布市立図書館にもあるようなポピュラーなもので、かつ、新刊書店で流通しているものとなると、次の本しか見当たりませんでした。

はじめて学ぶ日本文学史 (シリーズ・日本の文学史)

はじめて学ぶ日本文学史 (シリーズ・日本の文学史)

初版は2010年。
編著者は榎本隆司氏(早稲田大学名誉教授)。
500ページ以上の大部の本ですが、1冊で上代から近代まで網羅されています。
偶然ですが、僕は、このシリーズの『イギリス文学史』や『アメリカ文学史』も持っているので、親しみ易いのです。
通読するのは大変ですが、その都度、時代の概観や作家・作品の解説などを参照したいと思います。
それから、ここで読むのは、文庫で現在手に入るものに限ることにしました。
その方が入手し易いからです。
もっとも、日本文学の「代表作」ですから、ほとんど複数の文庫版があると思いますが。
僕の手元に、早稲田大学教育学部の2012年度の教科書目録があります。
それによると、同学部の名物教授である石原千秋先生の「文学の近代」という授業では、岩波文庫版の『舞姫うたかたの記』『にごりえたけくらべ』『金色夜叉(上・下)』『破戒』『蒲団』『浮雲』『小説神髄』などが教科書として指定されていますが、そんなイメージです。
本来なら、学生の内に、日本近代文学の代表作など、一通り読んでおくべきなのでしょうが。
後悔しても仕方がないので、今から読みましょう。
読んで行く作品は、『詳説日本史』(山川出版社)に載っているものを基準にします。
何故、日本史の教科書かと言うと、文学史の教科書だと、細かくなり過ぎて、「代表作」でないものも多数、含まれるからです。
僕の細君は、大学受験の時に日本史を選択しましたが、国語の文学史の問題は、特に勉強はしなくても、日本史の知識だけで対応出来たと言っていました。
それでは、次回以降、具体的に作品を読んで行きましょう。
【参考文献】
日本文学史―近代から現代へ (中公新書 (212))奥野健男・著
精選日本文学史』(明治書院
田村の〈本音で迫る文学史〉 (受験面白参考書)』田村秀行・著(大和書房)
1993年度 二文.pdf - Google ドライブ
1995年度 二文.pdf - Google ドライブ
鴎外と漱石―終りない言葉』佐々木雅発・著(三弥井書店
増補 日本語が亡びるとき: 英語の世紀の中で (ちくま文庫)水村美苗・著
詳説日本史B 改訂版 [日B309] 文部科学省検定済教科書 【81山川/日B309】笹山晴生佐藤信五味文彦、高埜利彦・著(山川出版社