日本古典文学を原文で読む(第5回)『懐風藻』

懐風藻』について
今回は、『懐風藻』を取り上げたいと思います。
古事記』『日本書紀』『風土記』と読んで来ましたが、『懐風藻』はかなりマイナーなのではないでしょうか。
読んだことがある人も、ほとんどいないと思います。
僕は、文学史も日本史もロクに勉強しなかったので、名前すら知りませんでした。
ものすごく大雑把に言うと、『古事記』は日本最初の物語、『日本書紀』は日本最初の歴史書、『風土記』は日本最初の地理書で、『懐風藻』は日本最初の漢詩集ということになります。
漢詩の基本については、確か中学の国語で習いました。
懐風藻』は、中学や高校の国語の教科書には載っていないので、大学で国文科にでも行かないと、一生読む機会はないでしょう。
僕が在籍していた大学のシラバスを見ると、日本文学専修の日本文学研究IVA(日本漢文学の世界)という授業で本作を読むとありました。
高校日本史の教科書にも、名前だけは出て来ます。
山川の『詳説日本史』を引いてみましょう。

また、貴族や官人には漢詩文の教養が必要とされ、751(天平勝宝3)年には現存最古の漢詩集『懐風藻』が編まれ、大友皇子大津皇子長屋王らの7世紀後半以来の漢詩をおさめている。

これだけです。
簡単な記述ですね。
僕の手元にある高校生用の文学史のテキストには、もう少しだけ解説があるので、こちらも引いてみましょう。

現存する最古の漢詩集は天平勝宝三(七五一)年に成立した『懐風藻』である。『懐風藻』の詩は儀礼的な宴席での作が多く、中国の詩を形式的に模倣する傾向が強いが、大津皇子藤原宇合などには自己の心情を率直に表現した詩情豊かな作もある。

以上が本文の記述で、次は脚注です。

懐風藻 一巻。撰者は淡海三船と言われるが不明。作者六十四人の詩約百二十編を収める。五言(一句五字)の詩が大部分で、主な詩人として上記以外に大友皇子弘文天皇)・文武天皇藤原不比等長屋王藤原房前らがある。

漢詩集なので、当たり前ですが、原文は漢文です。
テキストについて
それでは、実際に読むには、どのようなテキストがあるのでしょうか。
現在の日本で流通している文庫版では、次の講談社学術文庫のものしかありません。

懐風藻 (講談社学術文庫)

懐風藻 (講談社学術文庫)

初版は2000年。
全訳注は江口孝夫(東京成徳大学日本語日本文化学科教授)。
現存する全百二十編(正確には百十六編)の本文(漢詩のみ)、訓読文、現代語訳、語釈、さらに解説を加えてあります。
原文読解
それでは、『懐風藻』本文の冒頭部分を読んでみましょう。
下に、「訓読文」「現代語訳」を記しました。
いずれも、講談社学術文庫版からの引用です。
また、書き下し文の下には、語注も付けてあります。
なお、原文はもちろん縦書きですが、ここでは、ブログの書式のため、横書きになりますが、ご了承下さい。
(1)

(訓読文)
(テキスト40ページ、1行目)
懐風藻

懐風藻(作品名)漢詩集。一巻。編者は淡海三船(おうみのみふね)説などもあるが、未詳。天平勝宝三年(七五一)成立。近江朝(六六七―六七三)以後八十数年間の六十四人の漢詩百二十編を収める。五言八句が多く、六朝(りくちょう)詩・初唐詩の影響が著しい。独創性は乏しいが、わが国最古の漢詩集として貴重。
(2)

一 淡海朝大友皇子 二首

(いち)(名)いちばんはじめ。最初。
近江(あふみ)(地名)旧国名。「東山道(とうさんだう)」八か国の一つ。今の滋賀県。「近江」は「近つ淡海(=都ニ近イ湖、スナワチ琵琶(びわ)湖」の意。「遠つ淡海(=浜名湖)」の意の「遠江(とほたふみ)(静岡県)」に対した名。江州(ごうしゅう)。=淡海(あふみ)
大友皇子(おほとものわうじ)(人名)(六四八―六七二)天智(てんじ)天皇の第一皇子。天智天皇没後、近江(おうみ)朝廷の中心的存在となったが、壬申(じんしん)の乱で大海人皇子(おおあまのおうじ)に敗れて、縊死(いし)。明治三年(一八七〇)、「弘文天皇」の諡号(しごう)を追贈された。「懐風藻」に漢詩二首を残す。
(-しゅ)(接尾)漢詩や和歌を数える。
(3)

皇太子は淡海帝の長子なり。

(係助)特に提示する意を示す。(主語のように用いる)。~は。
淡海帝(あふみてい)第三十八代の天智天皇大化改新を敢行された中大兄皇子小倉百人一首の第一首目に登載されている天皇
(格助)連体修飾語をつくる。/所有を表す。~が持っている。~のものである。
なり(助動ナリ型)断定を表す。~である。~だ。

(現代語訳)
大友皇子天智天皇の第一皇子である。

(4)

魁岸奇偉、風範弘深、眼中精耀、顧盼煒□。

魁岸奇偉(くわいがんきゐ)優れて大きく、立派な体格。
風範弘深(ふうはんこうしん)風采が広大で深遠なこと。魁岸奇偉の外面性に対し、内面性を述べた。
眼中精耀(せいえう)ひとみがあざやかに輝いていること。
顧盼煒□(こべんゐえふ)振り返り見る目元が美しく輝くこと。

逞ましく立派な身体つきで、風格といい器量といい、ともに広く大きく、眼はあざやかに輝いて、振り返る目もとは美しかった。

(5)

唐の使、劉徳高見て異なりとして曰く、「この皇子、風骨世間の人に似ず、実に此の国の分にあらず」と。

(たう)中国の統一王朝(六一八―九〇七)。当時世界最大の文明国で、日本からも遣唐使を派遣した。安史の乱以後衰え、のち、朱全忠に滅ぼされた。都は長安
(格助)連体修飾語をつくる。/所属を表す。~のうちの。
つかひ(使ひ)(名)使者。
見る(みる)(他マ上一)見る。目にとめる。
(格助)ある事が起こって、次に後の事が起こることを表す。~て、それから。そうして。
(こと)(形動ナリ)格別である。特別である。
(格助)言ったり、思ったりする内容を受けていう。引用の「と」。
(自サ変)さまざまの他の自動詞の代用とする。
曰く(いはく)言うこと。言うことには。言うよう。
この 自分に最も近いものを指示する語。この。ここの。
皇子(みこ)(名)天皇の子または子孫。男女ともに用いる。
風骨(ふうこつ)風采骨柄。風姿・風容などとも。
世間(せけん)(名)世の中。人の世。また、世の中の人。
(ひと)(名)人間。
(格助)動作の対象を示す。~に。~に対して。
似る(にる)(自ナ上一)形態や性質がほとんど同じように見える。
(助動特殊型)打消の意を表す。~ない。
実に(まことに)(副)本当に。まったく。
(くに)(名)国土。国家。日本国。
(ぶん)(名)身のほど。分際。
(格助)資格を示す。~で。~として。
あり(自ラ変)(物事が)ある。

唐からの使者、劉徳高は一目見て、並外れた偉い人物と見てこういった。
「この皇子の風采・骨柄をみると世間並みの人ではない。日本の国などに生きる人ではない」と。

(6)

かつて夜夢みらく、天中洞啓し、朱衣の老翁、日を捧げて至り、げて王子に授く。

かつて(副)(肯定文に用いて)かねて。今まで一度も。ついぞ。
(よる)(名)日没から日の出までの間。
(ゆめ)(名)睡眠中の幻覚。ゆめ。
みる(他マ上一)見る。目にとめる。
-らく 連体形末尾が「る」となる語のク語法の語尾。その語を名詞化する。文末では詠嘆の意を添える。~すること。~することよ。
天中洞啓(てんちゅうとうけい)天の一角がからりと開け、かぐや姫の昇天や、仏の来迎図のように、天から下界にくだるような趣を表現した。古代人は「天つ風雲の通ひ路」などとも表現した。
(他サ変)ある動作を起こす。ある行為をする。
(格助)性質・状態を示す。
(おきな)(名)年とった男性。老人。
(ひ)(名)太陽。日輪。また、太陽の光・熱。
(格助)対象としてとりあげたものを示す。~を。
捧ぐ(ささぐ)(他ガ下二)手に持って高くさしあげる。
至る(いたる)(自ラ四)やって来る。~になる。
かかぐ(他ガ下二)高く上げる。さし上げる。

皇子はある夜夢をみた。天の中心ががらりと抜けて穴があき、朱い衣を着た老人が太陽を捧げもって、皇子に奉った。

(7)

忽ち人有り、腋底より出で来て、すなはち奪ひ将ち去ると。

忽ち(たちまち)(副)すぐさま。そのまま。
(ひと)(名)他の人。よその人。
あり(自ラ変)(人・動物が)いる。
腋底 腋の下。「掖庭」の誤りとし、宮間のわきの小間ととる説もある。
より(格助)動作・作用の時間的・空間的な起点を示す。~から。
出で来(いでく)(自カ変)出て来る。現れる。
すなはち(副)すぐに。たちまち。ただちに。
奪ふ(うばふ)(他ハ四)無理に自分のものにしてしまう。取り上げる。
もつ(他タ四)手にする。たずさえる。身につける。
去る(さる)(自ラ四)離れて行く。遠ざかる。

するとふとだれかが腋の下の方に現われて、すぐに太陽を横取りして行ってしまった。

(8)

覚めて驚異し、具に藤原内大臣に語る。

覚む(さむ)(自マ下二)眠りからさめる。起きる。
具さ(つぶさ)(形動ナリ)くわしくていねいなさま。詳細なさま。
藤原内大臣 藤原鎌足のこと。内大臣は令外の官で、左右大臣の上に置かれていた。
語る(かたる)(他ラ四)ことばで相手に伝える。話す。

驚いて目をさまし、怪しさのあまりに内大臣藤原鎌足公に事こまかに、この旨をお話しになった。

(9)

歎じて曰く、「恐らくは聖朝万歲の後、巨猾の間釁あらむ。然れども、臣平生曰く、『あにかくのごとき事あらむや』と。臣聞く、天道親なし。ただ善をこれ輔くと。願はくは大王勤めて徳を修めよ。災異憂ふるに足らざるなり。臣に息女あり。願はくは後庭に納れて、以て箕帚の妾に充てむ」と。

恐らくは(おそらくは)たぶん。大方。
聖朝万歲 聖朝は天皇の朝廷。万歳は崩御のことを謹んで、天子の御寿万歳と申した。
(格助)連体修飾語をつくる。/時を示す。
(のち)(名)あと。次。以後。
巨猾(きよくわつ)の間釁(かんきん) 巨猾は大悪人。間釁の間はうかがう。釁はすき間。乗ずべき間隙を狙う意。
(助動マ四型)推量を表す。~だろう。~でしょう。
然れども(しかれども)(接)そうではあるが。しかしながら。
(おみ)(名)家来。臣下。
あに(副)(下に反語表現を伴って)どうして。なんで。
かく(副)このように。こう。
(格助)連体修飾語をつくる。/「ごと(し)」「まにまに」「から」「むた」などの形式語を下に伴う。
ごとし(助動ク型)ある一つの事実と他の事実とが同類・類似のものである意を表す。~ようだ。~と同じ。
(こと)(名)世の中に起こる事柄。現象。
(係助)反語の意を表す。~(であろう)か、いや~で(あり)は(し)ない。
聞く(きく)(他カ四)音声を耳にうけて知覚する。聞いてそれと思う。
天道親なし 天は人に対して親疎の意をつけない。えこひいきをしないの意。
ただ(副)それ一つに限っているさま。こればかり。それだけ。ただ。他になく。
(ぜん)(名)正しいこと。よいこと。理にかなったこと。
これ(代)(漢文の助字「之」「是」などを「これ」と訓読したことから)漢文訓読体の文章で、語調をととのえ、または強める語。
輔く(たすく)(他カ下二)事をしている人に力を添える。助ける。補佐する。助力する。
願はくは(ねがはくは)願うことには。どうか。なにとぞ。
大王(おほきみ)(名)親王・皇女・諸王の敬称。のちにはもっぱら諸王の称。
勤む(つとむ)(他マ下二)努力して行う。
(とく)(名)心が正しくて、すべての行為が人の道にかなっていること。道徳。
修む(をさむ)(他マ下二)学芸・礼儀などを身につける。習得する。
(間助)命令の意を強く確かめる。
憂ふ(うれふ)(他ハ下二)心をいためる。心配する。
足る(たる)(自ラ四)相応している。ふさわしい。また、価値がある。
息女(そくぢょ)むすめ。また、他人のむすめの敬称。
後庭(こうてい)後宮。奥御殿。女中の部屋。
(格助)場所を表す。~に。~で。
いる(他ラ下二)中に入れる。
以て(もって)(接)それによって。そのために。それゆえ。であるから。
箕帚(きそう)の妾 箕はちりとり、帚はほうき。妾は妻に対する語であるが、女の召使いの意もある。ここでは妻の意をへりくだって妾と表現した。
あつ(他タ下二)身に負わせる。
(助動マ四型)勧誘を表す。~しないか。

内大臣は歎きながら、「恐らく天智天皇崩御ののちに、悪賢い者が皇位の隙をねらうでしょう。しかしわたしは普段申し上げておりました。『どうしてこんな事が起りえましょう』と。わたしはこう聞いております。天の道は人に対して公平であり、善を行う者だけを助けるのです。どうか大王さま徳を積まれますようお努めください。災害変異などご心配に及びません。わたしに娘がおります。どうか後宮に召し入れて妻にし、身の廻りのお世話を命じて下さい」と申し上げた。

(10)

遂に姻戚を結んで以てこれを親愛す。

遂に(つひに)(副)結局。終わりに。最後に。とうとう。
結ぶ(むすぶ)(他バ四)契る。約束する。
これ(代)人代名詞/近称。この人。

そこで藤原氏と親戚関係を結び、親愛の仲になっていった。

(11)

年甫めて弱冠、太政大臣を拝す。百揆を総べて以てこれを試む。

(とし)(名)年齢。よわい。
はじめて(副)最近。
弱冠(じゃくくゎん)(名)(中国の周代の制で、男子の二十歳を「弱」といい、元服して冠をかぶるところから)男子の二十歳の称。また、青年に達すること。
太政大臣 太政官の最高職、内閣総理大臣にあたる。ただし天皇の師範となり、国内の手本となる人で、その人がいなければ置かないこともあった。大友皇子は最初の太政大臣であった。
拝す(はいす)(他サ変)官を授ける。
百揆を総べ 多くの官掌をはかりすべる。
これ(代)近接の指示代名詞。話し手に近い事物・場所などをさす。/事物をさす。このもの。これから。
試む(こころむ)(他マ下二)「こころみる」の転。

息子がようやく二十歳になられたとき、太政大臣の要職を拝命し、もろもろの政治を取りはかられた。

(12)

皇子博学多通、文武の材幹あり。

博学多通 博学で色々な方面にも通じている。
文武の材幹 文芸武芸の才能。

息子は博学で、各種の方面に通じ、文芸武芸の才能にめぐまれていた。

(13)

始めて万機に親しむ。群下畏れて粛然たらざることなし。

始めて(はじめて)(副)最初に。初めて。
万機 よろずの政治。
畏る(おそる)(自ラ下二)畏敬する。
粛然たらざることなし 慎しみ改まらない者はいなかった。

はじめて政治を自分で執り行うようになったとき、多くの臣下たちは恐れ服し、慎み畏まらない者はいなかった。

(14)

年二十三にして立ちて皇太子となる。

にして(時を表す)~で。~の時に。
立つ(たつ)(自タ四)高い地位・位につく。
(格助)~の状態になる意を表す。変化の結果を示す。~と。
なる(自ラ四)(それまでと違った状態やものに)なる。成長する。変化する。

年二十三のときに皇太子になられた。

(15)

広く学士沙宅紹明、塔本春初、吉太尚、許率母、木素貴子等を延きて、以て賓客となす。

広し(ひろし)(形ク)数が多い。栄えている。
学士(がくし)(名)令制で、皇太子に儒学を講じる学者。
沙宅紹明(さたくせうめい) 百済から帰化した者。法律に長じており、大錦下の位をえた。
塔本春初(たふほんしゅんしょ) 百済から帰化した者。兵法に長じ、大山下の位をえた。
吉太尚(きつたいしやう) 百済から帰化した者。医学に長じ、小山上の位をえた。
許率母(きょそつも) 五経に明らかであり、小山上の位をうけた。
木素貴子(もくそきし) 百済から帰化した者。兵法に長じ、大山下の位をえた。
(-ら)(接尾)(主として人を表す体言に付いて)法的である意を表す。
ひく(他カ四)誘う。心をひく。うながす。招く。
賓客(ひんかく)(名)客。客人。
なす(他サ四)(官職に)任命する。

広く学者沙宅紹明、塔本春初、吉太尚、許率母、木素貴子などを招いて顧問の客員とした。

(16)

太子の天性明悟、雅より博古を愛す。

太子(たいし)(名)天皇の位を継ぐべき皇子。皇太子。春の宮。東宮
天性(てんせい)(名)天から授かった性質。生まれつき。
明悟 さとりの早いこと。
もとより(副)元来。もともと。
博古(はくこ)ひろく古典に通じていること。
愛す(あいす)(他サ変)たいせつにする。執着する。

皇子は生まれつき悟りが早く、元来ひろく古事に興味を持たれていた。

(17)

筆を下せば章と成り、言を出せば論となる。

(ふで)(名)紙面上に文字や絵を書く筆記具。ふで。
下す(くだす)(他サ四)(「筆をくだす」の形で)書く。
(接助)その事に続いて、次に述べる事が起こったことを表す。~すると。
(こと)(名)ことば。ことばで言い表したもの。
出だす(いだす)声に出す。歌う。
(ろん)(名)議論。言い争い。

筆を執れば文章となり、ことばを出すとすぐれた論となった。

(18)

時に議する者その洪学を歎ず。

(とき)(名)そのころ。当時。
(格助)時を示す。~(とき)に。
(もの)(名)人。
その 近い前に話題にのぼった事物であることを示す語。その。あの。
洪学(こうがく)博学と同じ。

当時の議論の相手となった者は皇子の博学に感嘆していた。

(19)

いまだ幾ばくならずして文藻日に新たなり。

いまだ(副)(下に打消の表現を伴って)まだ。今でもまだ。
いくばく(副)(「いくばくも」の形で、下に打消の語を伴って)いくらも。
なる(自ラ四)その時期、あるいは時刻にいたる。
して(接助)逆説の条件で下に続ける。~のに。
文藻(ぶんそう)詩文の才。
(ひ)(名)一日。日。
新た(あらた)(形動ナリ)新しいさま。改まるさま。

学問を始められてからまだ日が浅いのに、詩文の才能は日に日にみがかれていった。

(20)

壬申の年の乱に会ひて、天命遂げず。
時に年二十五。

壬申の年の乱 天智天皇の死後、六七二年に、大友皇子大海人皇子との間で争った戦。大海人皇子が勝って即位、四十代天武天皇となった。
会ふ(あふ)(自ハ四)あることの起こる時にちょうどそこにいる。うまく時期にめぐり合う。
天命 天から与えられた運命。
遂ぐ(とぐ)(他ガ下二)なしとげる。目的をはたす。

壬申の乱にあい、天から与えられた運命を全うすることができないで、二十五歳の年齢でこの世を去られた。

(21)

1 宴に侍す

(うたげ)(名)酒宴。宴会。
(22)

皇明 日月と光り

皇明(くわうめい)天皇のご威光。天皇は父の天智天皇をさしている。
(格助)比喩(ひゆ)を表す。~のように。~と同じに。
てる(自ラ四)(日や月が)光を放つ。輝く。

天子の威光は日月の如く輝き

(23)

帝徳 天地に載つ

帝徳 天皇のご聖徳。帝も天智天皇をさしている。
 載は「みつ」と読み、満ちあふれるの意にとったが、「のす」と読み、おおいのせるの意にとることもできる。

天子の聖徳は天地に満ち溢る

(24)

三才 ならびに泰昌

三才 天地人の三つをいう。
ならびに(接)二つの事物を並べ挙げる。および。また。それと同時に。
泰昌(たいしやう)太平で栄えるの意。

天・地・人ともに太平で栄え

(25)

万国 臣義を表す

臣義 臣下として仕える礼儀。
表す(あらはす)(他サ四)隠れているものを表面に出す。見えるようにする。

四方の国は臣下の礼をつくす

(26)

2 懷ひを述ぶ

おもひ(名)思うこと。考え。思慮。
述ぶ(のぶ)(他バ下二)話す。言う。説明する。文章に書く。
(27)

道徳 天訓を承け

道徳 人の守っていかなければならない理法。道。
天訓 天の訓え、天のさだめた法。
承く(うく)(他カ下二)(命令・頼み・願いごとなどを)承知する。聞き入れる。承諾する。

天の教えをいただいてこの世の教えとし

(28)

塩梅 真宰に寄す

塩梅(えんばい)「あんばい」とも読む。ほどよく加減する。塩かげん。適正な政治を行う。
真宰(しんさい)天の異称。
寄す(よす)(他サ下二)任せる。委任する。

天の教えに基づき正しく国家を運営する

(29)

羞づらくは監撫の術なきことを

羞づ(はづ)(自ダ下二)恥ずかしく思う。恥じらう。
監撫(かんぶ)の術 監国撫軍の略。太子が従軍するのを撫軍といい、本国に残って国を治めるのを監国という。ここでは太政大臣としての仕事。
なし(形ク)存在しない。ない。
こと(名)ことのようす。さま。

恥ずかしい事だが私は大臣の器ではない

(30)

安んぞ能く四海に臨まん

安んぞ(いづくんぞ)(副)(下に推量の表現を伴って)反語、まれに疑問の意に用いられ、係り結びに準じて連体形で結ぶ。どうして~ようか(~ない)。
能く(よく)(副)上手に。巧みに。
四海(しかい)(名)天下。世の中。=四つの海。
臨む(のぞむ)(自マ四)対する。直面する。

どのように天下に臨んだらよいのだろう

【参考文献】
1995年度 二文.pdf - Google ドライブ
詳説日本史B 改訂版 [日B309] 文部科学省検定済教科書 【81山川/日B309】笹山晴生佐藤信五味文彦、高埜利彦・著(山川出版社
精選日本文学史』(明治書院
旺文社古語辞典 第10版 増補版』(旺文社)