『続・猿の惑星』

この週末は、ブルーレイで『続・猿の惑星』を見た。

1970年のアメリカ映画。
監督は、『ダーティハリー2』のテッド・ポスト
出演は、前作に引き続きチャールトン・ヘストン
ただし、配役表では一番上に出て来るが、出番はそんなにない。
実質的な主演は、ジェームズ・フランシスカス。
他に、『猿の惑星』『新・猿の惑星』のキム・ハンター、『猿の惑星』『エアポート'75』のリンダ・ハリソン等。
音楽は、後に『バリー・リンドン』でアカデミー賞編曲賞を受賞するレナード・ローゼンマン
僕が本作を初めて見たのは、中学生の頃、KBS京都というローカル放送で、正月に『猿の惑星』シリーズ一挙放映というのがあった時だった。
以来、DVD等で3回くらいは見ていると思う。
まずは、前作の回想から始まる。
猿の惑星が、実は未来の地球だったという、SF映画史上に残る衝撃のラストが繰り返される。
その後、荒野を当てもなく馬に乗ってさまようテイラー(チャールトン・ヘストン)とノバ(リンダ・ハリソン)。
一方、この惑星に、我々の時代の地球から新たなロケットが不時着した。
時は西暦3955年。
彼らは、先にこの惑星に辿り着いたはずのテイラー達を探しに来たのであった。
しかし、船長は死に、残ったのは宇宙飛行士のブレント(ジェームズ・フランシスカス)一人になってしまう。
途方に暮れるブレント。
そこへ、馬に乗ったノバが現れる。
彼女はテイラーの識別票を持っている。
「テイラーのことを知っているのか?」とノバに尋ねるブレント。
だが、彼女は口が聞けない。
テイラーは、ノバの目の前で彼女を残して消えてしまったのであった。
ノバと共にテイラーを探しに行くブレント。
二人は、猿の町を通り過ぎる。
軍人の長であるゴリラが、猿達にとっての「禁止地帯」と呼ばれる地域を侵略しよう!と説いている。
ブレントは驚き、ノバと逃げる。
チンパンジーの科学者ジーラ(キム・ハンター)の家に隠れる。
すると、ジーラとコーネリアス夫婦が帰って来る。
彼らは、ジーラが言葉を話すので、驚く。
これまでに、言葉を話す人間はテイラーただ一人しか見たことがなかったからだ。
それにしても、なぜ猿達は英語を話すのだろう。
本シリーズにおける素朴な疑問だが、これも後の作品を見ると分かる(辻褄が合わせてある)。
リベラル派のチンパンジーには、ゴリラの軍人による弾圧が迫っている。
ブレントとノバは、ジーラの家を出て、馬で逃げる。
しかしながら、馬がゴリラに撃たれてしまい、二人は捕まってしまう。
本シリーズでは、ゴリラは軍国主義の象徴となっている。
ブレントとノバは、このままでは射殺されてしまうが、機転を利かせたジーラが馬車のカギを開けておいてくれたので、スキを見て脱出する。
けれども、ゴリラ達が追って来る。
ここまでの展開は、それなりにスリリングだ。
ブレントとノバは禁止地帯に辿り着いた。
洞窟に入って見ると、かつてのニュー・ヨークの残骸がある。
「そうか、(核戦争を)やっちまったのか」とブレント。
場面変わって、ゴリラの軍隊に対し、座り込みデモを繰り広げるチンパンジー達。
しかし、ゴリラどもが排除する。
ここら辺は、ベトナム反戦デモみたいで、時代を反映していて非常に良い。
ゴリラの大軍が、いよいよオランウータンのゼイウス博士と共に禁止地帯へ向かう。
洞窟の中のブラントとノバは、地下鉄の駅の跡の先に、謎の光を発見する。
核攻撃の残骸のセットはよく出来ているが、予算の都合か、明らかにマット・アートだと分かるものもある。
ブラントは、鍾乳石のように垂れ下がっている柱から落ちる水のしずくを飲む。
それにしても、よくそんなものを飲むよなあ。
どれだけ放射能が含まれているかも分からないのに。
ブラント、変なテレパシーに操られる。
扉を開けると、「何だ、ここは?」
この辺から、ちょっと『ウルトラセブン』っぽい、安上がりなSFになる。
子供の頃は熱心に見ていたが、今の大人の鑑賞に耐え得るかと言えば、どうだろう。
猿の惑星』の1作目は正統派のSFだが、2作目はオカルト色が強い。
それでも、本作までは何とか大作らしい風格は保っている。
この後の3本は、はっきり言ってB級。
本作には、有名な「ノバが口を聞く」シーンがある。
倒産した某英会話学校の名前は、本作に由来している。
要するに、それまで話せなかったノバが話す、ということだ。
英会話学校に行ったくらいで、それまで話せなかった人が突然話せるようにはならんだろ。
まあ、差し障りがあるので、学校名は伏せておくが。
本作には猿の大軍が出て来る。
1作目でアカデミー賞を獲った猿の特殊メイクだが、1人につき4時間も掛かるそうである。
これだけの人数にメイクを施すのは大変そうだ。
ネタバレになるので余り書けないが、本作の後半は、キリスト教を冒涜していることにはならないのだろうか。
これは、ちょっと信者にとっては抵抗があるような。
そして、結末。
1作目とは違う意味で、衝撃のラストである。
僕は、初めて本作を見た時、力が抜けた(もちろん、悪い意味で)。
こんな終わりにしておいて、更に続編を作るというのは、映画会社が火の車だったというお家の事情以外にないだろう。
メジャーな映画作品で続編を作ったのは、『猿の惑星』が最初らしい。
よく言われることだが、「続編とリメイクに名作はない」(『ゴッドファーザー』と『ベン・ハー』は例外)。
チャールトン・ヘストンは、当初出演を渋ったらしいが、やはり、キャリアの汚点になってしまった。
ああ、結末を書きたいのだが、止めておく。
第1作のテーマをブチ壊すような終わり方だ。
これは、『戦場にかける橋』のパクリである。
(と思ったら、原作者が同じだった。)
1970年洋画興行収入1位。