日本古典文学を原文で読む(第4回)『風土記』

風土記』について
今回は『風土記』を取り上げたいと思います。
古事記』や『日本書紀』は、「日本最古の書物」としてよく話題になるので中学生でも知っていますが、『風土記』の方は若干マイナーなのではないでしょうか。
実際に読んだことがある人となると、ほとんどいないと思います。
もちろん、僕もこれまで読んだことはありませんでした。
ものすごく大雑把に言うと、『古事記』は日本最初の物語、『日本書紀』は日本最初の歴史書、『風土記』は日本最初の地理書ということになると思います。
物語ではないので、事柄の羅列で、読んでも全く面白くありません。
「マイナーで面白くないなら、何で取り上げるのか」と思う方もいらっしゃるかも知れませんが、一応名のある古典なので、さわりくらいは読んでおいた方が良いと思うからです。
確かに、本作は高校の古文の教科書にも載っていませんし、いや、大学でも、文学部で卒論のテーマにでも選ばない限り、読むことはないでしょう。
僕が在籍していた大学のシラバスをざっと見ましたが、やはり、『風土記』関連の授業はありませんでした。
しかし、高校日本史の教科書には、名前だけ出て来ます。
山川の『詳説日本史』を引いてみましょう。

史書とともに、713(和銅6)年には諸国に郷土の産物、山川原野の名の由来、古老の伝承などの筆録が命じられ、地誌である風土記が編纂された。

なお、脚注には次のようにあります。

常陸・出雲・播磨・豊後・肥前の5カ国の風土記が伝えられている。このうちほぼ完全に残っているのは、『出雲国風土記』である。

簡単な記述ですね。
僕の手元にある高校生用の文学史のテキストには、もう少しだけ解説があるので、こちらも引いてみましょう。

風土記 地誌。和銅六(七一三)年の官命によって、諸国の国庁で作成した報告文書。国郡内の産物、土地の状態、山川原野の名の由来、古老の伝承などを記す。成立の年代は国によって異なり、現存する五か国(常陸・播磨・出雲・肥前・豊後)の風土記では『播磨国風土記』が最も古く、霊亀年間(七一五―七一七)以前と推定される。唯一の完全な形態を残す『出雲国風土記』は天平五(七三三)年の成立である。諸書に引用され、部分的に残ったものを風土記逸文と言い、山城国その他四十余国のものがある。

なお、『古事記』や『日本書紀』と同じく、原文は漢文です。
テキストについて
それでは、実際に読むには、どのようなテキストがあるのでしょうか。
ここでは、現在の日本で流通している主な文庫版を取り上げたいと思います。
角川ソフィア文庫版(全2巻)

風土記 (上) 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)

風土記 (上) 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)

初版は平成27年
中村啓信監修・訳注(各巻共通)。
本書には、現在伝えられている風土記の5ヵ国(常陸・出雲・播磨・豊後・肥前)と、諸文献に引用されて来歴した逸文と称されるものを採録しています。
5ヵ国の風土記については、訓読文、脚注、訓読文に対応する現代語訳、本文(漢文)を掲載。
逸文については、一部上記の構成とは異なる部分もあります。
さらに、各国末に解説。
現在、残っている風土記全体について、文庫で本文・書き下し文・現代語訳までを網羅しているのは、この角川ソフィア文庫版しかありません。
(上)には、「総解説」「常陸国風土記」「出雲国風土記」「播磨国風土記」を収録しています。
風土記 (下) 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)

風土記 (下) 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)

初版は平成27年
(下)には、「豊後国風土記」「肥前国風土記」「逸文畿内東海道東山道北陸道)」「逸文山陽道山陰道南海道西海道)」を収録。
巻末には、「主要語句索引」も付いています。
講談社学術文庫版(全2巻)
講談社学術文庫からは、「出雲国風土記」と「常陸国風土記」が出ています。
出雲国風土記 (講談社学術文庫)

出雲国風土記 (講談社学術文庫)

初版は1999年。
全訳注は荻原千鶴(お茶の水女子大学教育学部教授)。
各章毎に訓み読し文、現代語訳、注、解説の順で構成され、巻末には原文がまとめて掲載されています。
一巻本なので、当然ながら、「出雲国風土記」については、上の角川ソフィア文庫版より詳しいです。
常陸国風土記 全訳注 (講談社学術文庫)

常陸国風土記 全訳注 (講談社学術文庫)

初版は2001年。
全訳注は秋本吉徳(清泉女子大学教授)。
余談ですが、僕は大学受験生の時、京都の駿台で秋本先生の古文の夏期講習を受けたことがあります。
関西弁で分かり易く解説して下さいました。
講談社から『風土記』の訳注を出されるような、こんな立派な先生の授業だったとは、当時は全く知りませんでした。
本書も、『常陸国風土記』と同じく、各章毎に訓み読し文、現代語訳、注、解説がありますが、原文(漢文)は載っていません。
平凡社ライブラリー
風土記 (平凡社ライブラリー)

風土記 (平凡社ライブラリー)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2000/02/15
  • メディア: 文庫
初版は2000年。
訳者は吉野裕。
本書は口語訳のみで、上の角川ソフィア文庫版や講談社学術文庫版のように、書き下し文や原文は掲載されていません。
ただし、口語訳については、風土記の現存するもの5篇と、現在知られる逸文のほとんど全てを収めています。
各章毎に詳細な注と、巻末には「解説」「風土記地名対照表」を収録。
現在、新刊書店で流通している『風土記』の文庫版は、以上の3種類しかありません。
原文読解
それでは、『出雲国風土記』本文の冒頭部分を読んでみましょう。
下に、「原文(訓読文)」「現代語訳」を記しました。
いずれも、角川ソフィア文庫版からの引用です。
また、書き下し文の下には、語注も付けてあります。
なお、原文は縦書きですが、ここでは、ブログの書式のため、横書きになりますが、ご了承下さい。
(1)

(訓読文)
(テキスト122ページ、1行目)
出雲国風土記

出雲国風土記(作品名)地誌。一巻。天平五年(七三三)成立。元明天皇和銅六年(七一三)の詔勅によって作られた。出雲国の国名の由来・地理の大略を記し、また国引き伝説・わに伝説など出雲系神話が数多く収められている。現存する五つの風土記のうち、唯一の完全なもの。「出雲風土記」とも。

(現代語訳)
出雲の国の風土記

(2)

国の大体は、震を首とし、坤を尾とす。

(くに)(名)行政上の一区域。
(格助)所属を表す。~のうちの
おほかた(名)全体のようす。大部分。
(係助)特に掲示する意を表す。(主語のように用いる)。~は。
ひむがし(名)「ひむかし」とも。ひがし。
(格助)動作の起点を示す。~を。~から。
はじめ(名)最初。はじまり。第一。
たり(助動タリ型)断定の意を表す。~だ。~である。
(自サ変)ある動作が起こる。ある状態となる。
(ひつじさる)(名)方角の名。「未」と「申」の間。南西。
をはり(名)末。果て。しまい。

国のおおよその地理は、東を起点として、西南を終点とする。

(3)

東と南とは山にして、西と北は海に属く。

(格助)いくつかの事柄を並列する。~と~と。
(みなみ)(名)「みんなみ」とも。方角の名。南方。
(係助)特にとりたてて区別する。~は。~の方は。
(やま)(名)山。山岳。
にして(断定の助動詞「なり」の連用形+接続助詞「して」)~であって。~で。
西(にし)(名)方角の名。日・月の沈む方向。
(きた)(名)方角の一つ。北。子(ね)の方角。
(格助)場所を表す。~に。~で。
つく(自カ四)触れる。接触する。くっつく。付着する。密着する。

東と南とは山地であって、西と北とは海に面している。

(4)

東西は、一百卅七里一十九歩、南北は一百八十二里一百九十三歩。

ひのたて 東。また、東西とも。⇔日の緯(よこ)
(いち)(名)数の名。ひとつ。
※距離の単位は、一里が約五三四・五メートル(三百歩が一里)。一歩が約一・七八メートル(六尺が一歩)。一百三十七里一十九歩は約七三・三キロメートル。
ひのよこ 西。また、南北とも。
※一百八十二里(さと)一百九十三歩(あし)…約九七・六キロメートル。

東西の距離は、百三十七里十九歩、南北の距離は百八十二里百九十三歩である。

(5)

(一百歩、七十三里卅二歩、得而難可誤)

※(一百歩、七十三里卅二歩、得而難可誤)…伝写の間に竄入した後世の注記と考えられる。

(百歩、七十三里三十二歩、得而難可誤)

(6)

老、枝葉を細しく思ひ、詞源を裁り定む。

おきな(名)男性の老人が自分をへりくだっていう語。わし。じじ。
こと(名)世の中に起こる事柄。現象。
すゑ(名)果て。しも。終わり。結末。
(格助)対象としてとりあげられたものを示す。~を。
くはし(形シク)つぶさである。細かい。
思ふ(おもふ)(他ハ四)考える。思案する。
こと(名)人のうわさ。評判。
もと(名)物事の起こるところ。はじまり。おこり。出どころ。原因。
ことわる(他ラ四)理非・道理を明らかにする。道理に基づいて判断する。
定む(さだむ)(他マ下二)決める。決定する。

この国の長老である私は、事柄のはしばしまで子細に思いめぐらし、言い伝えの本源を判断してまとめました。

(7)

亦、山野、濱浦の処、鳥獣の棲、魚貝、海菜の類、良に繁多にして、悉には陳べず。

(また)(副)同じく。同様に。やはり。また。
(はま)(名)海や湖に沿った平らな陸地。浜辺。
(うら)(名)海や湖が湾曲して陸地に入り込んだ所。入り江。
(格助)連体修飾語をつくる。
(ところ)(名)場所。
(とり)(名)鳥類の総称。
すみか(名)すまい。住居。
(うを)(名)魚類の総称。さかな。=魚(いを)
(かひ)(名)貝。また、貝殻。
(格助)(上代語)所属の意を表し、連体修飾語をつくる。~の。~にある。
もは(名)海藻。
(たぐひ)(名)種類。類。
まことに(副)本当に。まったく。
さは(に)(副)数多く。たくさん。
ことごと(名)事のすべて。全部。
には(格助詞「に」+係助詞「は」)~には。
陳ぶ(のぶ)(他バ下二)話す。言う。説明する。文章に書く。
(助動特殊型)打消の意を表す。~ない。

また、山、野、浜、浦などの様子、鳥獣の住んでいる様子、魚、貝、海菜の類など、ほんとうに多くて、すべてを数え上げることはできませんでした。

(8)

然はあれど止むことを獲ぬは、粗、梗概を挙げて、記の趣をなす。

(しか)(副)さように。そのように。そう。
あれど(ラ変動詞「あり」の已然形+接続助詞「ど」)(「~はあれど」の形で)~はともかくも。~はさておいて。
止む(やむ)(自マ四)続いたものが終わりになる。とまる。絶える。おさまる。
こと(名)わけ。事情。
(他ア下二)(用言の連体形に「を」「こと(を)」の付いた形に続いて)できる。可能である。
梗概 おおよそのところ
挙ぐ(あぐ)(他ガ下二)上げる。高くかかげる。
(接助)ある事が起こって、次に後の事が起こることを表す。~て、それから。そうして。
ふみ(名)文書。書物。
(おもむき)(名)心がそのほうに向いていること。意向。趣意。
なす(他サ四)あえて行う。行う。する。

そのようではありますが、やむを得ない事柄は、おおよそのところを列記して、報告の体裁を整えました。

(9)

八雲といふ所以は、八束水臣津野命、詔りたまひしく、「八雲立つ」と詔りたまひき。

八雲(やくも)(名)幾重にも重なっている雲。
(格助)言ったり、思ったりする内容を受けていう。引用の「と」。
いふ(自他ハ四)心に思っていることを他人に聞こえるようにことばに出す。言う。
ゆゑ(名)原因。理由。いわれ。事情。
八束水臣津野命 意宇郡の国引き神話に登場する神。古事記の系譜では大国主神の祖父神にあたる。
のる(他ラ四)言う。述べる。告げる。
たまふ(補動ハ四)動詞・助動詞受身の「る」「らる」、使役の「す」「さす」「しむ」の連用形に付いて、尊敬の意を表す。お~になる。お~なさる。
(助動特殊型)今より前(過去)に起こったことをいう。以前~た。~た。
-く(「あく」の「あ」が活用語の下に付いて音変化し、「く」だけが表示されているもの)活用語に付いて、その語を名詞化する。/連用修飾語として、下の会話文・引用文にかかる。~することに(は)。(四段・ラ変型活用の語にはア段の語尾、他の動詞型活用の語には連体形語尾「る」の「ら」となったもの、形容詞型活用の語には「~け」「~しけ」の形、助動詞「き」には「し」に付く。
八雲立つ(やくもたつ)(枕詞)雲が幾重にも立ちのぼる意から「出雲(いづも)」にかかる。

八雲といった理由は、八束水臣津野の命が、「八雲立つ」と、おっしゃった。

(10)

故、八雲立つ出雲と云ひき。

(かれ)(接)(上代語)(副詞「か」+ラ変動詞「あり」の已然形=「かあれ」の転。接続助詞「ば」を伴わずに順接の確定条件(原因・理由)を表す用法によるもの)それゆえに。だから。それで。そこで。さて。
出雲(いづも)(地名)旧国名。「山陰道(さんいんどう)」八か国の一つ。今の島根県東部。雲州(うんしゅう)。

だから、八雲立つ出雲と云った。

(11)

合せて神の社、三百九十九所。

合はす(あはす)(他サ下二)一つにする。いっしょにする。集める。合計する。
(かみ)(名)神話で、国土を創造し、支配した存在。神代に登場する神々。
(やしろ)(名)古代、その地を清め、壇を設けて神を迎え祭った所。神の降る所。
(ところ)(名)点。箇所。

合せて神の社は、三百九十九所である。

(12)

一百八十四所、神祇官に在り。

神祇官(かみつかさ)古代律令制において、神社の管轄を司った役所。
在り(あり)(自ラ変)(物が)ある。

百八十四所は、神祇官に登録されている。

(13)

二百一十五所、神祇官に在らず。

二百十五所は、神祇官に登録されていない。

(14)

九つの郡。

九つ(ここのつ)(名)数の名。九。
(こほり)(名)令制で、国の下に属する地方行政区画。郷(ごう)・里・町・村などを含む。のちの郡(ぐん)にあたる。

九つの郡がある。

(15)

郷六十二、里一百八十一、余戸四、駅家六、神戸七、里一十一。

さと(名)上代の地方行政区画の一つ。人家五十戸を単位としたもの。=里(り)。
あまりべ(名)「あまるべ」とも。上代の令制で、五十戸未満であるため、里を編成できずに余った戸の一群。「九つの郡(こほり)、郷(さと)は六十二、余り戸は四」(出雲風土記
駅家(うまや)(名)令制で、中央政府と地方との連絡のために、街道にそって三十里(=約一六キロメートル)ごとに置かれた馬・人足・食糧などを備えた施設。宿駅。=駅(えき)。
神戸(かむべ)(名)伊勢神宮をはじめ、朝廷が崇敬している神社に属して、租調庸(そちょうよう)の税をその神社に納める、神社付近の民戸。

郷は六十二、里は百八十一、余戸は四、駅家は六、神戸は七、里は十一。

(16)

意宇郡、郷十一、里三十三、余戸一、駅家三、神戸三、里六。

意宇の郡。郷は十一、里は三十三、余戸は一、駅家は三、神戸は三、里は六。

(17)

島根郡、郷八、里二十五、余戸一、駅家一。

島根(しまね)(名)(「ね」は接尾語)島。

島根の郡。郷は八、里は二十五、余戸は一、駅家は一。

(18)

秋鹿郡、郷四、里一十二、神戸一里。

秋鹿の郡。郷は四、里は十二、神戸は一、里。

(19)

楯縫郡、郷四、里一十二、余戸一、神戸一、里。

楯縫の郡。郷は四、里は十二、余戸は一、神戸は一、里。

(20)

出雲郡、郷八、里二十三、神戸一、里二。

出雲の郡。郷は八、里は二十三、神戸は一、里は二。

(21)

神門郡、郷八、里二十二、余戸一、駅家二、神戸一、里。

神門の郡。郷は八、里は二十二、余戸は一、駅家は二、神戸は一、里。

(22)

飯石郡、郷七、里一十九。

飯石の郡。郷は七、里は十九。

(23)

仁多郡、郷四、里一十二。

仁多の郡。郷四、里は十二。

(24)

大原郡、郷八、里二十四。

大原(おおはら)(地名)

大原の郡。郷八、里は二十四。

(25)

右の件の郷の字は、霊亀元年の式に依りて、里を改めて郷となす。

右(みぎ)(名)右側。右の方。
件(くだり)(名)前に記した事項。前記の箇条。
字(じ)(名)文字。
年(ねん)(名)一年。十二か月の期間。
式(しき)(名)律令(りつりょう)および格(きゃく)の施行細則。
に(格助)動作のよりどころを示す。~に。
依る(よる)(自ラ四)もとづく。由来する。原因となる。
改む(あらたむ)(他マ下二)新しくする。変更する。
と(格助)~の状態になる意を表す。変化の結果を示す。~と。
なす(他サ四)変える。

右に挙げた件の郷の字は、霊亀元年の式に従って、里を改めて郷とした。

(26)

其の郷の名字は、神亀三年の民部省の口宣を被りて改む。

其の(その)(代名詞「そ」+格助詞「の」)近い前に話題にのぼった事物であることを示す語。その。あの。
まな(名)(「ま」は正式、「な」は字の意)「まんな」とも。仮名(かな)に対して、漢字。
(格助)時を示す。
民部省 地方行政や国家財政を司る
被る(かがふる)(他ラ四)(上代語)(命令などを)受ける。=被(かうぶ)る。

その郷の名を記す漢字は、神亀三年の民部省の口宣を受けて改めた。
(橋本雅之・訳)

【参考文献】
旺文社古語辞典 第10版 増補版』(旺文社)
駿台受験叢書 古典文学読解演習 古典とともに思索を』高橋正治・著(駿台文庫)
1995年度 二文.pdf - Google ドライブ
詳説日本史B 改訂版 [日B309] 文部科学省検定済教科書 【81山川/日B309】笹山晴生佐藤信五味文彦、高埜利彦・著(山川出版社
精選日本文学史』(明治書院