『日本書紀』について
『日本書紀』は、『古事記』と並び称される、日本で最も古い書物の一つです。
けれども、やはり『古事記』と同様、実際に読んだことがある人は少ないでしょう。
もちろん、僕もこれまで読んだことはありませんでした。
ただ、小学生の頃、市民図書館で手に取ってみたことはあります。
初期の天皇が百何十歳まで生きたという記述を見て、「ウソをつけ」と突っ込んだ記憶があるので。
最初の方の神話の部分の内容は、『古事記』と重なっています。
旺文社の『古語辞典』には、「『古事記』に比べ諸説を列挙するなど考証的であり」とありますが、諸説を列挙しているのは最初の神話の部分だけです。
『日本書紀』には、神代から持統天皇までの歴史が記述されています。
文学色が強い『古事記』と比較して、歴史書ですので、出来事を羅列した、淡々とした記述です。
なので、歴史の教科書のようで、読んでいても面白くはありません。
僕は私立文系でしたが、高校時代は世界史も日本史も苦手で、第一志望が英語・国語・小論文で受験出来る大学だったので、早々と歴史の勉強を投げ出してしまいました。
今では大いに後悔していますが。
『日本書紀』は、『古事記』ほどではありませんが、人気があるようで、世の中には関連書もたくさん出ています。
しかし、高校の古文の教科書には、『日本書紀』は載っていません。
前回も書きましたが、僕が受験生の時に持っていた(使った訳ではありません)駿台の『古典文学読解演習』という参考書には、1問目から『古事記』と『日本書紀』の問題文が載っていて、驚いたことがあります。
先程も書いたように、『日本書紀』は歴史書ですので、『古事記』のように国文科で読むことはあまりないようです。
僕が在籍していた学部でも、当時のシラバスを見ると、国文科ではなく、東洋文化専修に『日本書紀』を読む演習のクラスがありました。
もっとも、僕は英文科だったので、この授業は受けていませんが。
『日本書紀』は、当然ながら、日本史の教科書にも出て来ます。
山川の『詳説日本史』を引いてみましょう。
天武天皇の時代に始められた国史編纂事業は、奈良時代に『古事記』『日本書紀』として完成した。(中略)720(養老4)年にできた『日本書紀』は、舎人親王が中心となって編纂したもので、中国の歴史書の体裁にならい漢文の編年体で書かれている。神話・伝承や「帝紀」「旧辞」などを含めて、神代から持統天皇に至るまでの歴史を天皇中心に記している。
なお、脚注には次のようにあります。
本文中には中国の古典や編纂時点の法令によって文章を作成した部分もあることから十分な検討が必要であるが、古代史の貴重な資料である。この『日本書紀』をはじめとして朝廷による歴史編纂は平安時代に引き継がれ、『続日本紀』『日本後紀』『続日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三大実録』と六つの漢文正史が編纂された。これらを「六国史」と総称する。
僕の手元にある高校生用の文学史のテキストにも、もちろん解説があるので、こちらも引いてみましょう。
日本書紀 三十巻。養老四(七二〇)年成立。舎人親王らの編。天武天皇の時代、『古事記』と前後して編集事業開始。巻一、二が神代。三以下は歴代天皇紀。持統天皇(六八六―六九七在位)までの歴史を歌謡を除いてほぼ純粋な漢文体で記す。官撰国史の最初。
テキストについて
それでは、実際に読むには、どのようなテキストがあるのでしょうか。
ここでは、現在の日本で流通している主な文庫版を取り上げたいと思います。
岩波文庫版(全5巻)
坂本太郎、家永三郎、井上光貞、大野晋・校注(各巻共通)。
本書は、『日本書紀』の訓み下し文に注を施してあり、中ほどには詳しい補注、更に、その後に原文が掲載されています。
もっとも、原文は漢文なので、そのままでは到底読めませんが。
現在、文庫で『日本書紀』の原文・書き下し文が収録されているのは岩波版しかありません。
(一)には、神代から祟神天皇までを収録。初版は1994年。
(二)には、垂仁天皇から安康天皇までを収録。初版は1994年。
(三)には、雄略天皇から欽明天皇までを収録。初版は1995年。
(四)には、敏達天皇から斉明天皇までを収録。初版は1995年。
(五)には、天智天皇から持統天皇までを収録。
講談社学術文庫版(全2巻)
- 作者: 宇治谷孟
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1988/06/06
- メディア: 文庫
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訳は宇治谷孟(上・下巻共通)。
本書は、『日本書紀』の全文を初めて現代語訳したものです。
今でも、文庫で『日本書紀』の全現代語訳が読めるのは講談社学術文庫版のみです。
(上)には、神代から宣化天皇までを収録。
- 作者: 宇治谷孟
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1988/08/04
- メディア: 文庫
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(下)には、欽明天皇から持統天皇までを収録。
河出文庫版
- 作者: 福永武彦
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2005/10/05
- メディア: 文庫
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訳は福永武彦。
本書は、『日本書紀』全三十巻のうち、文学的と思われる箇所を選んで、現代口語に翻訳した抄訳です。
現在、新刊書店で流通している『日本書紀』の文庫版は以上の3種類しかありません。
原文読解
それでは、『日本書紀』本文の冒頭部分を読んでみましょう。
下に、「原文(書き下し文)」「現代語訳」を記しました。
書き下し文は岩波文庫版、現代語訳は講談社学術文庫版からの引用です。
また、書き下し文の下には、語注も付けてあります。
なお、原文は縦書きですが、ここでは、ブログの書式のため、横書きになりますが、ご了承下さい。
日本書紀 巻第一
日本書紀(作品名)歴史書。三十巻。舎人(とねり)親王ら撰(せん)。養老四年(七二〇)完成奏上。神代から持統(じとう)天皇に至る歴史を漢文編年体で記す。「古事記」と密接な関係を有するが、「古事記」に比べ諸説を列挙するなど考証的であり、また漢文風潤色が施されている。「日本紀(にほんぎ)」とも。「六国史(りくこくし)」の第一。
巻(くゎん)(接尾)書籍などを数える。
第一(だいいち)(名)いちばん初めであること。最初。
神代上
神代(かみよ)天地開闢(かいびゃく)から神武天皇の前までの神々が国を治めたという神話時代。
上(かみ)(名)はじめ。冒頭。
(1)
(訓み下し文)
(テキスト16ページ、3行目~)
古に天地未だ剖れず、陰陽分れざりしとき、渾沌れたること鶏子の如くして、溟涬にして牙を含めり。
古(いにしへ)(名)遠く過ぎ去った世。見たこともない遠い昔。古代。太古。
に(格助)時を示す。~(とき)に
天地(あめつち)天と地。乾坤(けんこん)。
未だ(いまだ)(副)(下に打消の表現を伴って)まだ。今でもまだ。
わかる(自ラ下二)分離する。一つのものが別々になる。「天地(あめつち)のわかれし時ゆ(=カラ)」
ず(助動特殊型)打消の意を表す。~ない。
め(名)(陰陽の)陰。「陰陽(を)分かれざりしとき」
を(名)(陰陽の)陽。「陰(め)陽分かれざりしとき」
き(助動特殊型)今より前(過去)に起こったことをいう。以前~た。~た。
とき(名)ころ。時分。折。場合。
まろかる(自ラ下二・四)「まろがる」とも。丸く固まる。固まって一つになる。
たり(助動ラ変型)動作・作用が継続・進行している意を表す。~ている。
とりのこ(名)卵。特に、鶏卵。
の(格助)「ごと(し)」「まにまに」「から」「むた」などの形式語を下に伴う。
如し(ごとし)(助動ク型)ある一つの事実と他の事実とが同類・類似のものである意を表す。~ようだ。~と同じ。
して(接助)連用修飾語に付いて状態を表す。~の状態で。~で。
ほのか(形動ナリ)(音・形・色・光などが)かすかだ。ぼんやり。
きざし(名)芽ばえ。「溟涬(ほのか)にしてきざしをふふめり」
含む(ふふむ)(外に現さず、まだ内にじっと秘めている意)(自マ四)花や葉がまだ開かない。
り(助動ラ変型)完了した動作・作用の結果が存続している意を表す。~ている。~てある。
(現代語訳)
天地開闢と神々
昔、天と地がまだ分かれず、陰陽の別もまだ生じなかったとき、鶏の卵の中身のように固まっていなかった中に、ほの暗くぼんやりと何かが芽生えを含んでいた。
(2)
其れ清陽なるものは、薄靡きて天と為り、重濁れるものは、淹滞ゐて地と為るに及びて、精妙なるが合へるは搏り易く、重濁れるが凝りたるは竭り難し。
それ(接)(漢文「夫」の訓読から)文のはじめに用いて、改まった感じで以下の事柄を述べたてる意を表す。そもそも。いったい。
澄む(すむ)(自マ四)くもりがなく明らかになる。濁りなく清らかになる。
明らか(あきらか)(形動ナリ)明るいさま。くもりがないさま。
もの(名)(形式名詞として)ある属性を有する実体や事柄を表す。
は(係助)特にとりたてて区別する。~は。~の方は。
たなびく(自カ四)雲や霞(かすみ)などが横に長く引く。雲や霞のように長く連なる。
て(接助)ある事が起こって、次に後の事が起こることを表す。~て、それから。そうして。
天(あめ)(名)天。天空。⇔地(つち)
と(格助)~の状態になる意を表す。変化の結果を示す。~と。
なる(自ラ四)(それまでと違った状態やものに)なる。成長する。変化する。
重し(おもし)(形ク)どっしりしている。落ち着いている。重々しい。
濁る(にごる)(自ラ四)(水・酒などが)不透明になる。にごる。
ツツヰ 積り、こもって止る意。
地(つち)(名)大地。地上。地面。⇔天(あめ)
に(格助)動作の帰着点を示す。~に。
及ぶ(およぶ)(自バ四)ある所にまで届く。達する。至る。
くはし(形シク)精妙でうつくしい。うるわしい。
妙(たえ)(形動ナリ)神々(こうごう)しいほどにすぐれている。何ともいえずすばらしい。霊妙だ。
が(格助)体言・活用語の連体形に付き、あとに述べる事態をもたらしたものを指示する。一般に主語を示すといわれるもの。~が。
合ふ(あふ)(自ハ四)離れていたものが一つになる。一緒になる。
易し(やすし)(形ク)(動詞の連用形に付いて)そうなる傾向がある。そうなりがちである。
凝る(こる)(自ラ四)寄り集まって固まる。凝結する。
かたまる(自ラ四)固くなる。
難し(-がたし)(接尾ク型)~するのが困難だ、~しにくい、の意を表す。
やがてその澄んで明らかなものは、のぼりたなびいて天となり、重く濁ったものは、下を覆い滞って大地となった。澄んで明らかなものは一つにまとまりやすかったが、重く濁ったものが固まるのには時間がかかった。
(3)
故、天先づ成りて地後に定る。
故(かれ)(接)それゆえに。だから。それで。そこで。さて。
先づ(まづ)(副)はじめに。さきに。
成る(なる)(自ラ四)(自分の力によるのではなく)成り立つ。実現する。できあがる。
後(のち)(名)あと。次。以後。
定まる(さだまる)(自ラ四)(物事が)決まる。
だから天がまずでき上って、大地はその後でできた。
(4)
然して後に、神聖、其の中に生れます。
然して(しかうして)(接)「しかして」「しかうじて」とも。そうして。それから。
かみ(名)神話で、国土を創造し、支配した存在。神代に登場する神々。
其の(その)近い前に話題にのぼった事物であることを示す語。その。あの。
中(なか)(名)内部。うち。
に(格助)場所を示す。~に。~で。
生れます(あれます)(自サ四)「生(あ)る」の尊敬語。出現なさる。お生まれになる。
そして後から、その中に神がお生まれになった。
(5)
故曰はく、開闢くる初に、洲壌の浮れ漂へること、譬へば游魚の水上に浮けるが猶し。
曰く(いはく)言うこと。言うことには。言うよう。
ひらく(自カ四)あく。広がる。開く。
初め(はじめ)(名)最初。はじまり。第一。
くに(名)国土。国家。日本国。
の(格助)主語を示す。~が。
浮かる(うかる)(自ラ下二)自然に浮く。浮かぶ。
漂ふ(ただよふ)(自ハ四)浮かんで揺れ動く。
こと(名)ことのようす。さま。
たとへば(副)他の物にたとえて言えば。
あそぶ(自バ四)動きまわる。
魚(いを)(名)「うを」とも。さかな。
水(みづ)(名)飲み水や、川・海・湖・池などの水。
の(格助)連体修飾語をつくる。所有を表す。~が持っている。~のものである。
上(うへ)(名)上の位置。高い所。上のほう。⇔下(した)
浮く(うく)(自カ四)空中や水面などに、支えから離れて不安定な状態にある。浮かぶ。漂う。
が(格助)体言・連体形の下に付き、「ごと」「ごとし」「むた」「まにまに」「からに」などに続ける。
それで次のようにいわれる。天地が開けた始めに、国土が浮き漂っていることは、たとえていえば、泳ぐ魚が水の上の方に浮いているようなものであった。
(6)
時に、天地の中に一物生れり。
時(とき)(名)そのころ。当時。
一つ(ひとつ)(名)数の名。一。ひとつ。
物(もの)(名)ふつうのもの。一般の事物。
り(助動ラ変型)動作・作用の完了した意を表す。~た。
そんなとき天地の中に、ある物が生じた。
(7)
状葦牙の如し。便ち神と化為る。
かたち(名)物の形態。外形。姿。
葦芽(あしかび)(名)葦の若芽。=葦角(あしづの)
すなはち(副)すぐに。たちまち。ただちに。
形は葦の芽のようだったが、間もなくそれが神となった。
(8)
国常立尊と号す。
と(格助)言ったり、思ったりする内容を受けていう。引用の「と」。
まうす(他サ四)(人の呼び名などを格助詞「と」を介して受けて)「世間で~という」の意の謙譲語。~と申し上げる。
国常立尊と申しあげる。
(9)
至りて貴きをば尊と曰ふ。自余をば命と曰ふ。並に美挙等と訓ふ。
至りて(いたりて)(副)いたって。きわめて。非常に。
貴し(たふとし)(形ク)あがめ敬うべきである。崇高だ。尊い。
をば 動作・作用の対象を強く示す意を表す。
命・尊(みこと)(命)神や天皇また目上の人を敬っていう語。
いふ(自他ハ四)名付ける。呼ぶ。
これ(代)近接の指示代名詞。話し手に近い事物・場所などをさす。/事物をさす。このもの。このこと。
より(格助)一定の範囲を限定する意を表す。~以外。
余り(あまり)(名)あまったもの。残り。余分。
並びに(ならびに)(副)全部。すべて。ことごとく。両方ともに。
――大変貴いお方は「尊」といい、それ以外のお方は「命」といい、ともにミコトと訓む。
(10)
下皆此に効へ。
下(しも)(名)あとの部分。終わりのほう。
皆(名・副)すっかり。残らず。
に(格助)動作の対象を示す。~に。~に対して。
ならふ(他ハ四)学ぶ。習得する。体得する。
以下すべてこれに従う――
(11)
次(つぎ)(名)あとに続くこと。また、そのもの。
すべて(副)全部合わせて。全部ひっくるめて。
-はしら(接尾)神仏を敬って数える。
の(格助)連体修飾語をつくる。
ます(自サ四)「あり」「居(ゐ)る」の尊敬語。いらっしゃる。おいでになる。
(12)
乾道独化す。
乾道 坤道に対する言葉。乾は陽、坤は陰。したがって乾道は陽気を意味する。
独り(ひとり)(名)単独であること。また、その物だけであること。
なす(他サ四)つくる。こしらえる。
この三柱の神は陽気だけをうけて、ひとりでに生じられた。
(13)
所以に、此の純男を成せり。
ゆゑ(名)原因。理由。いわれ。事情。
に(格助)原因・理由を表す。~により。
この 話題となっているものを指示する語。この。
純男 純粋な男性
を(格助)対象としてとりあげたものを示す。~を。
だから純粋な男性神であった、と。
(14)
一書に曰はく、天地初めて判るるときに、一物虚中に在り。
ある(連体)人や物や所などを漠然とさす語。ある。
ふみ(名)文書。書物。
初めて(副)最初に。初めて。
そら(名)太陽・月・星・雲のある空間。天。天空。
の(格助)連体修飾語をつくる/所属を表す。~のうちの。
在り(あり)(自ラ変)存在する/(物が)ある。
ある書(第一)ではこういっている。天地が始めて分かれるとき、一つの物が空中にあった。
(15)
状貌言ひ難し。
かたち(名)ようす。ありさま。
言ふ(いふ)(自他ハ四)ことばで形容する。
そのありさまは形容しがたい。
(16)
其の中に自づからに化生づる神有す。
自ら(おのづから)(副)自然と。ひとりでに。
に(格助)場合・状況などを示す。~に。~の場合に。
なりいづ(自ダ下二)生まれ出る。生まれつく。
います(自サ四)「あり」「居(ゐ)る」の尊敬語。いらっしゃる。おありになる。
その中に自然に生まれ出た神がおられた。
(17)
国常立尊と号す。
国常立尊という。
(18)
亦は国底立尊と曰す。
亦(また)(副)もう一つ。別に。
別名を国底立尊ともいう。
(19)
(20)
次に豊国主尊。亦は豊組野尊と曰す。
次に豊国主尊、別名豊組野尊という。
(21)
亦は豊香節野尊と曰す。亦は浮経野豊買尊と曰す。亦は豊国野尊と曰す。亦は豊齧野尊と曰す。亦は葉木国野尊と曰す。亦は見野尊と曰す。
また豊香節野尊とも、また浮経野豊買尊とも、また豊国野尊とも、また豊齧野尊とも、また葉木国野尊とも、また見野尊ともいう。
(22)
一書に曰はく、古に国稚しく土稚しき時に、譬へば浮膏の猶くして漂蕩へり。
いし(形シク)語義未詳。ととのわない・幼いの意か。
浮かぶ(うかぶ)(自バ四)空中や水面などに、支えから離れて不安定な状態で存在する。「海(うなはら)の上に浮かべる雲の根」
あぶら(名)植物の種子などから絞りとった、水に溶けない液体、および動物の脂肪。
また一書(第二)ではこういっている。昔、国がまだ若く、大地も若かった時には、譬えていえば、水に浮かんだ脂のように漂っていた。
(23)
時に、国の中に物生れり。
生る(なる)(自ラ四)生まれる。生じる。
そんなとき、国の中にある物が生まれた。
(24)
状葦牙の抽け出でたるが如し。
ぬけいづ(自ダ下二)離れて出る。抜け出る。
形は葦の芽がつき出したようであった。
(25)
此に因りて化生づる神有す。
に(格助)動作のよりどころを示す。~に。
よる(自ラ四)(「~によりて」「~によって」の形で、接続助詞のように用いて)~のために。~ので。~から。
て(接助)原因・理由を表す。~のために。~ので。
これから生まれた神があった。
(26)
可美葦牙彦舅尊と号す。
可美葦芽彦舅尊という。
(27)
次に国常立尊。
次に国常立尊。
(28)
次に国狭槌尊。
次に国狭槌尊。
(29)
葉木国、此をば播挙矩爾と云ふ。
(30)
可美、此をば干麻時と云ふ。
可美――これをウマシという。
(31)
一書に曰はく、天地混れ成る時に、始めて神人有す。
まろかる(自ラ下二・四)「まろがる」とも。丸く固まる。固まって一つになる。
成る(なる)(補助ラ四)自然にそのような状態になる。
また一書(第三)ではこういっている。天地がぐるぐる回転して、かたちがまだ定まらないときに、はじめて神のような人があった。
(32)
可美葦牙彦舅尊と号す。
可美葦芽彦舅尊という。
(33)
次に国底立尊。
次に国底立尊。
(34)
彦舅、此をば比古尼と云ふ。
彦舅――これをヒコジという。
(35)
一書に曰はく、天地初めて判るるときに、始めて俱に生づる神有す。
ともに 一つになって。~といっしょに。
また一書(第四)ではこういっている。天地がはじめて分かれるときに、始めて一緒に生まれ出た神があった。
(36)
国常立尊と号す。
国常立尊という。
(37)
次に国狭槌尊。
次に国狭槌尊。
(38)
又(また)(副)同じく。同様に。やはり。また。
高天原(たかまのはら)(名)日本神話で、「天(あま)つ神」の住む天上の国。「葦原(あしはら)の中つ国」・「根の国」に対していう。
み-(接頭)(名詞に付いて)尊敬の意を表す。
名(な)(名)他と区別するために呼ぶことば。呼び名。名前。
(39)
次に高皇産霊尊。
次に高皇産霊尊。
(40)
次に神皇産霊尊。
次に神皇産霊尊。
(41)
皇産霊、此をば美武須毗と云ふ。
皇産霊――これをミムスヒという。
(42)
一書に曰はく、天地未だ生らざる時に、譬へば海上に浮べる雲の根係る所無きが猶し。其の中に一物生れり。
うなはら(名)広々とした海。広い池や湖についてもいう。
雲(くも)(名)空に出て、日や月を隠し、雨や雪を降らせるもととなるもの。雲。また、比喩(ひゆ)的に、雲のように一面にたなびいて見えるもの。桜や藤(ふじ)の花の遠景にいう。
根(ね)(名)物事のはじまり。起源。根源。
かかる(自ラ四)(雲・かすみなどが)おおう。かぶさる。
所(ところ)(名)場所。
無し(なし)(形ク)存在しない。ない。
また一書(第五)ではこういっている。天地がまだ固まらないとき、たとえば海上に浮かんだ雲の根がないように、漂っていた中に、一つの物が生まれた。
(43)
葦牙の初めて埿の中に生でたるが如し。
泥(ひぢ)(名)どろ。また、ぬかるみ。=泥土(うひぢ)
おひいづ(自ダ下二)(人が)生まれ出る。(植物などが)生え出る。
たり(助動ラ変型)動作・作用が完了した意を表す。~た。
葦の芽がはじめて泥の中から生え出したようである。
(44)
便ち人と化為る。
すなはち(接)そこで。その時に。そして。
それが人となった。
(45)
国常立尊と号す。
国常立尊という。
(46)
一書に曰はく、天地初めて判るるときに、物有り。葦牙の若くして、空の中に生れり。
また一書(第六)にこういっている。天地がはじめて分かれたときに、ある物があり、葦の芽のようで空の中に生まれた。
(47)
此に因りて化る神を、天常立尊と号す。
これから出られた神を天常立尊という。
(48)
次に可美葦牙彦舅尊。
次に可美葦芽彦舅尊。
(49)
又物有り。浮膏の若くして、空の中に生れり。
またある物があり、浮かんだ脂のようで空の中にできた。
(50)
此に因りて化る神を、国常立尊と号す。
【参考文献】
『旺文社古語辞典 第10版 増補版』(旺文社)
『駿台受験叢書 古典文学読解演習 古典とともに思索を』高橋正治・著(駿台文庫)
1995年度 二文.pdf - Google ドライブ
『詳説日本史B 改訂版 [日B309] 文部科学省検定済教科書 【81山川/日B309】』笹山晴生、佐藤信、五味文彦、高埜利彦・著(山川出版社)
『精選日本文学史』(明治書院)